第163話 仲の悪い相棒


「はっはっはっは……」


憂鬱で恐ろしい笑い声が、憂鬱な書斎の部屋の前で響いていた。笑っている本人は悪くて、厳しい表情をしているのに、どこが悲しげな狂気も抱えていた。


「5000mと400mハードルはお前みたいなのじゃ無理だ。」
そう言うとまた息を飲むような笑い声が部屋中にひびいた。
「あいつはどうだ?どこまで走ってっても大丈夫そうだけど!」
杨猛は尤其に「なんで怒ってんの?」と聞いた。


尤其はただ笑うだけで、杨猛は肩身を狭くしたが、意を決して頬を殴り、弱々しい弁護士のように笑った。


杨猛は逃げた。


尤其は杨猛を引き止めて「怒るなって、俺はお前を慰めてるんだよ。」と言った。


「慰めてるって?僕を落ち込ませることを言ってるだけな気がするけど」


「違う違う。」

尤其は顔を手で覆って自分を落ち着かせようとした。

「僕は女装までしてあげたのに…。考えてみて?僕は君といるとため息しか出ないんだ。笑って冗談で済ませてあげるから、ね?僕が予選を受けて、ダメだったら落ちる。ただそれだけの事だよ。」


「予選に出る必要ない。敵なんて居ないだろ。」
杨猛は悲しそうだった。


尤其は誤魔化すように咳をして、「頑張っても決勝まで進めないだろ。」と言った。


「なんだと!?」杨猛は怒鳴った。
「5000m走ったことがないところで、お前が直接決勝に行けば勝てるだろ!5000m!どうしよう!僕はもう歩けない。だから、お前が出ればいいじゃないか。」


「おいビッチ。前立腺が肥大化して可哀想だな。トイレするのも大変だろ!」


尤其は倫理観に欠けながら笑った。


杨猛は最悪そうな顔をして尤其を睨みつけ

「今の映像を撮っておくべきだったよ!君のその姿を全校生徒に見せるべきだ!」と叫んだ。


尤其は首を伸ばして窓の外にある時計を見て「チャイムが鳴りそうだ」と言って逃げていった。


杨猛は走りながら心の中で自分自身を罵った。
「あいつに文句を言うべきだった?あいつを追わなくてもいいのか?僕はまた汚水に飛び込んでしまってるんじゃ!僕は馬鹿なんだか馬鹿じゃないんだかどっちなんだ?なんであいつが不快なんだ?あいつの方が悲しんでる?…はぁ!?」


階段を歩いてると尤其は嬉しそうに杨猛に「幸せにな!」と言った。


杨猛は尤其が去った方向の草に唾を吐いた。馬鹿!もう会うことはねぇよ!

 


尤其が楽しそうにドアを開け、楽しそうに教室に入り、楽しそうに自分の席へ座ると、後ろから誰かが自分の頭を叩くのを感じた。


「因子、どうしたんだ?」


白洛因はコピーした選手表を尤其に渡し「二つ空いてたんだが、お前の代わりに名前を書いておいたよ」と言った。


尤其の顔は微かに不安になった。「なんの?」


「スポーツ大会の!」


尤其は一瞬焦り、急いでその紙を奪い、また数秒唖然とした。


「…なぁ、まだこれって変更できるよな?」


白洛因は尤其に「無理だよ。もう先生に渡しちゃった。」と言った。


尤其は雷に打たれたようだった。なぜならスポーツは尤其の最大の弱点だった。

もう一度紙を見ると、また雷が落ちてくるようだった。

400mハードル…?たしか杨猛もこれだったよな?なんてことだ!これは復讐か?


授業前の時間に尤其は顧海に抗議することにした。


「誰か他にいないのか?クラスポイント的にも俺以外の方がいいだろ。」


尤其は顧海に掛け合ったが、その顔は冷たかった。


顧海は冷酷に、尤其のハンサムな顔をチラリとみると、強い声で言った。

「他の奴に変えろって?うちの学校でお前のこと知らねぇやついねぇだろ。試合の最初で8ポイント、記録更新すれば20ポイント。変える理由がねぇだろ。」


尤其は何も言えず10秒黙ったが口を開こうとすると、授業開始のチャイムが鳴った。


放課後、尤其は白洛因に助けを求めた。


「顧海に掛け合って他の奴に変えてもらえないか?そいつのは俺がやるから。」


白洛因は尤其の方を叩いて「お前なら出来るだろ」と言った。


尤其はびっくりした。


「体力もある、運動不足なだけで練習すれば可能性はあるだろ。しかもお前は太ってるからダイエットにちょうどいい。」


白洛因の選択はいつも的確だし、他の人がどう思おうが尤其は彼の顔が好きだった。
白洛因が俺を太ってると言えば体重計が示す数字がなんだろうがそれは太っている。


放課後、杨猛は重い足取りだった。


5000…5000… 杨猛の肺はこの数字を考えるだけで震え上がった。


休憩できるところはあるのかな…?頭おかしくならないかな…?


「持ってて。」


いつも聞く声が聞こえて振り返ると、いつもの二人がいた。


白洛因は荷物を顧海に渡して、トラックに向かった。


「お前も?」


杨猛の声を聞いて、白洛因は杨猛の存在に気づいた。


「うん。5000だよ。」

白洛因はリラックスした顔で言った。


白洛因がどれだけの能力を持っているか知ってる杨猛は悲しそうな顔をした。他の選手が完走しているのに自分だけ息もたえだえに倒れる姿を想像した。


「お前はなにしてるの?クラスメート待ってんの?」


白洛因の何気なく放った一言は、杨猛が5000mの選手だとは思っていない様な素振りだった。


杨猛は首を横に振ったあとに頷いて、また横に振った。


顧海はこのままだと白洛因が杨猛に構ってしまうと思ってつまんなそうに「早く走れよ」と白洛因を急かした。


白洛因は頷いてトラックに向かい、顧海も後ろに続いた。


「一緒に走らないか?じっとしてるのもつまらないだろ」


二人が走っていくのを見て、杨猛も後を追って行った。


「僕もここでじっとしてちゃつまんないから、一緒に走ってもいい?」


白洛因は頷いて、顧海は嫌そうな顔をしたが、三人で走り出した。


白洛因と同じスピードで十周走れたら、僕の勝ちだ!


杨猛の勝ちの基準は恥ずかしいものではなかった。


白洛因と顧海は軽く走り、二人はクラスメートについて会話する程だった。杨猛はその会話に時折混ざりながら達成感を抱いていた。
見て!僕、元長距離チャンピオンと軍部長官の息子と走ってる!追いついてるだけじゃなくて、会話だって出来てる!


四週目に入った時、杨猛は話すのがしんどくなっていて、会話をする度に呼吸が苦しくなり、喘ぐように息を吸っていた。
五週目まで入った時、もう杨猛は話すことは出来ずに、白洛因と顧海の話を黙って聞いていることしか出来なかった。


六週目に入ると顧海は白洛因の肩を叩いて「よし、本気出すか」と言ったが、それを聞いて杨猛は絶句した。


この時、杨猛にとってこの言葉がどれほど絶望的だったかも知らず、目の前の四本の足はすっきりと走り出した。杨猛はその馬のように早い足をただ見ているしか無かった。


杨猛の走るスピードはどんどん遅くなっていった。


「ダメだ…呼吸が早くなってる…三歩に一回だ…三歩に一回…」


知ってる声が聞こえてきて、杨猛は突然驚かされた。


前を走る二人の姿を見ると白洛因は余裕そうに笑っていた。
なんでまだ元気なの?なんでそんなに楽しそうに早く走ってるの?
白洛因の隣にいる顧海は白洛因よりも余裕そうで、二つのカバンを持ち、それを白洛因にパスしたりして遊んでいた。


あんなのと比べちゃダメだ…。僕は僕…。自分の敵は自分だ…。今日十周走れば、僕は勝てる…。
杨猛は自分自身に言い聞かせた。


まだあと四周もあるが、逆にあと四周だけだと考えて拳を握りしめた。


後ろから「あともう一周走ったら短距離だ!」という声が聞こえた。


ヤンモンはこの声にとても驚かされた。
あと一周?もう二人は走り終わるの?なんでできるの!!最後に一緒に走ったのは六周目だったが、それにしても早すぎる。しかも、顧海は白洛因にたった数周しか走ってないって言ってなかったか?今まで顧海はどうしてた?荷物を持ってなかったっけ?


二人は明らかにおかしい!!


二人は突然スピードアップして、それが意図的だったのかはわからないが、顧海が杨猛を追い抜かす時に、顧海が持っていたカバンが杨猛にぶつかった。杨猛はバランスを保とうとしたが、もう足は使い物にならず、地面にぶつかってしまった。


白洛因は振り返ることなく、最後まで全力疾走で走りきった。


「気分はどうだ?」と顧海が聞く。


白洛因は少し呼吸を整えて「いいよ」と答えた。


顧海が白洛因の汗をふこうと手を差し伸べると、白洛因は逃げていってしまった。


「いらない。帰って風呂に入る。」


二人は並んで学校を出て行った。

 


尤其が校庭に向かった時、もう空は暗くなっていて人の姿は見当たらなかった。生徒はみんな夜に勉強するからこんな時間まで走ってる人がいるわけが無い。


尤其は身体を伸ばして柔軟を始めた。


尤其が走ろうとした時どこかで叫び声が聞こえて、声を頼りに探していると鳴き声はどんどん大きくなっていく。


「うー…神様…もう僕の身体は震えて走れないよ…でもあと二周走らないと帰れない…うー…二人が三周走った時、僕は一周しか走れなかった…しかも誰かが僕にぶつかってきて躓いたんだ…」


尤其が軽く咳をすると隣の泣き声は途端に静かになった。