第166話 杨猛の足
白洛因の厳格な監督の下、顧海は自ら彼女のアカウントをブロックし、彼女の電話番号を消去し、プライベートで彼女の部屋に出入りせず、暇であっても彼女と連絡を取り合わないことを約束した。
翌朝、白洛因の5000mのレースが始まろうとしていた。白洛因の登録から入場まで、顧海の気分は下がっていた。顧海はスタンドの一番高い所に立っていたため、白洛因は顧海を見つけやすく、そして近く無いため心理的な圧力をかけることは無かった。
尤其はやり投げの為に立っていると、元々人気のない競技だったこともあり、尤其の入場は大好評だった。尤其を狙った100台以上のカメラも格段ストレスになることはなく、しかもここからは5000mのレースを見ることが出来た。
杨猛は5000mの舞台に立っており、尤其はそれが見たくて仕方なかった。杨猛が完走できるようにと祈る中、注目は白洛因に集まっていた。
銃声が鳴ると一目散に走っていく人の中、白洛因は速くも遅くもなく余裕そうに中央を走っていた。杨猛は白洛因の後を追っていて、すこし急いでいたが、最後尾では無かった。
最初の方を走っている人が近づいて来ると、尤其は叫んだ。
「因子頑張れ!」
白洛因は尤其を見て笑った。
杨猛は逃げて行った。
尤其は再び「おい!杨猛!棄権しろよ!」と叫んだ。
杨猛は尤其を睨みつけた。選手がクラスメートの前を通り過ぎると叫び声と歓声が上がったが、杨猛が通り過ぎても誰も声を上げず、その細い体は悲しそうに見えた。
実際、杨猛は何とも思ってい無かった。杨猛は競技前にクラスメートに対して「僕が前を通っても何も言わず、絶対に応援しないで」と伝えていた。
振り返ると後ろには十人程がある程度の距離、後ろにいるほど、ここまでは順調だった。
五週目に入ったとき、その差は明らかになり、トップを走るのは四人だけになっていた。白洛因もその中に入っており、他の三人も同じクラスメートだった。
三人も最初は白洛因について行っていたが、途中何度か抵抗したことがあった。三人は白洛因にどうやったら勝てるかを考えていて、白洛因のリズムを崩そうとしたり、邪魔をしたり、白洛因を後ろに引っ張ろうとしたりした。
多くの生徒がこの光景を見ていて、何人かの生徒はこれに対して怒っていたが、顧海は眉をひそめ、しばらく見つめていた。あの三人が少しでも動いたり、白洛因のリズムが乱れたりするのを見ると、顧海の顔はより険しくなった。
先生がいつ顧海の隣に経ったのか顧海は分からなかった。
「絶対に校庭に降りないで。競技中にはよくある事なの。」
顧海は聞く耳を立てず、校庭へ一歩一歩進んで行った。
先生は顧海の腕をつかみ言った。
「今、私のクラスが一位なんだから別にいいでしょう。白洛因を信じているなら、我慢してここで一緒に競技を見て、応援しなさい。」
先生は誰よりも先に叫んだ。
「白洛因、頑張れ!」
クラスメートも一緒に叫んだ。
「白洛因頑張れ!白洛因頑張れ!」
白洛因はその声を聞いてスタンドに目を向けると、笑顔を作ろうとしたが、ちょうどその時担任が顧海の腕を掴んでいるところを見てしまい、一瞬意識が飛び、よろけてしまった。
今回ばかりは顧海も我慢ならず、先生の手を振りほどき、校庭へ向かって行った。
杨猛はまだゆっくりと走っていて、一番前の人との距離は相当離れていたが、白洛因と顧海と練習したあの日から比べれば格段に進歩していた。白洛因のスピードだったらもうそろそろ杨猛を追い越していい頃なのに、なぜまだ白洛因の姿が見られないのか疑問に思っていた。
杨猛が振り返ると、白洛因は思っていたよりも近くにいて、二人の男に挟まれていた。彼らの目的はトップを走る人を守ることだった。
くそ!
杨猛はイライラした。
因子待ってて!今僕が助けに行くから!
白洛因は杨猛が振り返って微笑んでくるのを見ると、突然力がみなぎってきて、並んでいた二人を振り払った。
二人は白洛因に追い抜かれると急いで追いかけたが、まったく邪魔にはならなかった。杨猛はまるで酔ってるかのように走っていた。あの二人はどこかへ行った。
杨猛はとてつもなく疲れを感じていた。杨猛が二人を止めるためには今の四倍の速度を出さねばいけない。杨猛はもう今が何周目なのかなんて事は忘れて、白洛因が邪魔をされないように時間を稼ぐことしか考えていなかった。
尤其がやり投げの会場に立っていると、杨猛が二人を相手にしているのを見て、えも言われぬ感情が心を支配した。
おそらく聞こえたのは杨猛の呻き声で、そのしつこさと粘り強さを感じた。
杨猛が最後尾を走ることを恥ずかしく感じているのはきっと誰も知らない…。
尤其だけに漏らされた本音を、尤其はいつも笑い飛ばすが、杨猛が友人のためにこれだけ必死になっているのを見ると、笑うことなんて出来なかった。
杨猛の肺は今すぐにでも壊れそうで、脚は震えていた。白洛因はもう半周も差をつけていて、杨猛はリタイアを選択することが出来たが、もし自分が離脱した後に白洛因がまた挟まれたらと思うと歯を食いしばって耐えた。
強さが限られているはずの杨猛の小さな体は限界を突破していたし、二人の呼吸はまばらになってきていた。
杨猛はちらっと二人を見て皮肉を言った。
「お前らの力はそんなものなの?」
突然二人は杨猛を押して来て、もう本当に喋れる余裕なんてなかった。
「尤其…尤其…?」
スピーカーは尤其の名前を呼び始めた。
尤其の方を見るとスタンドから叫び声が出た。
「お前の番だぞ!!たった一回だけの!」
尤其が槍をもち、スタートラインに立ち、槍を投げた瞬間、杨猛が芝生に倒れるのを目撃した。
「危ない!」
尤其の怒鳴り声と共に、投げた槍はトラックの方へ放物線を描きながらまっすぐと二人の男に向かって行った。
「わぁあああ!何!?」
息を切らしながら悲鳴を上げた。
「なんでこっちに投げたんだよ!」
もうどうしようも無くなって杨猛は足を抱えながら転げ回ると、つま先に槍が刺さっていた。
尤其は密かに嬉しかった。
…初めて槍がちゃんと地面に刺さった!
やり投げ付近のスタンドからは叫び声と笑い声が上がった。尤其は審判の前に立ち言った。
「ごめんなさい。間違えてしまったんだ。」
「次は気をつけて。絶対にこのような事がないように。」
「はいはいはい…」
尤其は謝ったあと、杨猛の元に駆け寄ったが後ろには誰もいなかった。
「行くぞ。俺も一緒に走る。」
杨猛は息が切れるほど疲れきっていた。
「なんで…いっしょに…はしる…の…?」
「俺はもう失格だから。」
尤其はリラックスしていた。
杨猛は微笑んで、もう一度立ち上がった。
なん他進んだあと、杨猛は尋ねた。
「僕が最後?」
尤其は真実を伝えた。
「違うよ。お前はあの二人を置いてったんだ。」
「よかったぁ」
杨猛は汗を拭きながら、重い足を動かした。