第168話 戻ってくる

高三の一学期、大学入試のためにクラスの何人かが転校したり、留学をした。話の話題は大学入試のことばかりだった。

 

白洛因は数日前に全国高校物理学試験に参加し、明日は生物学試験に参加する。これらの試験でいい順位に入れれば、大学入試が有利になる。白洛因は当然人気のある候補者の一人だった。

 

冬になり、また寒くなってきた。

 

顧海は下着姿で部屋を歩き回り、白洛因はベッドに座って本を読んでいて、何度か顔を上げると目の前には顧海の腹筋が誇らしげに下腹部で輝いていた。 夫婦だから白洛因は顧海の裸に慣れていたが、今日はいつもより輝いて見えていた。 

 

「ちゃんと全部揃ってるか確認したか?」


顧海は白洛因にカバンを渡した。

白洛因は二度カバンを叩いて、面倒くさそうな顔をした。

 

「やだ。」

 

白洛因の手に持っていた本を奪って、真面目な顔でカバンをもう一度差し出した。

 

「確認しろ」

 

「なにをだ?」
白洛因はせっかちだった。


「ただ試験を受けるだけだろ?入場許可証はもったか?ペンは持ったか?他に何が必要だ?」

 

顧海は靴を脱いで白洛因の前に胡座をかいて、彼の不思議そうな顔を見た。

 

「お前は一日中俺に構うけど、それが迷惑だとは思わないのか。俺に構う度に何度も叩かれてるけど気持ちいいのか?」

 

白洛因は眉間に皺を寄せながら、唇を噛んで顧海の顔を見ると、幸せそうな顔をしていた。

 

「大したことじゃないだろ?今まで家の人に見てもらってたんだろうし。」

顧海の足の筋肉はライオンのように硬直していた。

 

この意味の無い口論を早くおらせるために、白洛因は渋々カバンを手に持って中身をひとつずつベッドの上に置いて、必要のあるものないものを口に出していくと鋭い目を顧海に向けた。

「これでいいか?」

 

顧海はしばらく白洛因を見つめて、頷いた。
「よし、じゃあ明日送ってくために早く寝ないとな。」

 

白洛因は嫌だと言おうとしていた所で、顧海の電話が鳴った。

 

「もしもし」

顧海はしばらく黙っていたが、白洛因を見て部屋の外に行ってしまった。

 

白洛因は本を手に取って外を眺めながら、誰からの電話かを考えていた。顧海はいつも、予期せぬ事態が起こらない限り白洛因に背を向けて立ち去ることはなかった。

 

 


五分後、顧海は深刻そうな顔をしながら寝室に帰ってきた。

 

白洛因はベッドの上の物をサイドテーブルに置き何気なく聞いた。
「誰からだった?」

 

顧海はベッドにスマホを投げて、「兄さん」と鋭く言った。

 

白洛因はベッドに座り直し、もう一度「どうしたんだ」と尋ねた。

 

「兄さんになんかあったらしくて、俺もあっちに行かなきゃいけないかもしれない」

 

白洛因は顧海の顔を見て、重大な問題が発生したんだと理解した。

「お前に電話してきたってことは相当大変なんだろ。早く行かないと。」

顧海は黙っていた。

 

白洛因はもう一度「チケットは予約したか?」と聞いた。

 

「誰かが明日の朝の便を予約してくれたみたいだ。」

 

白洛因は話すまでに時間がかかったが、「ずいぶん急だな」と答えた。

 

「俺は明日試験に立ち会わなきゃ行けないから明後日の朝にしてくれって言ったんだけど…」

 

白洛因は顧海を叩いた。
「今更変えるのも大変だろ!早く行かないと心配だろ?俺は他の人に付き添ってもらうから、お前は明日の朝出発するために荷物を詰めろ。」

 

顧海は白洛因が荷物を詰めているのを見ていた。

「俺にいなくなって欲しいのか?」

 

白洛因は荷物を詰めるので忙しかったが、これを聞いて顧海の顔を見た。

「あぁ。」

 

顧海はこれを聞いた途端、白洛因の腰を掴み、白洛因の尻に自分のモノを押し付けた。

 

「なにやってるんだ。」
白洛因は怒って立ち上がった。


「行って欲しくないって言えば良かったのか?お前は行かなきゃいけないだろ。」

これを聞いた顧海は正気に戻った。

 

寝る前に電気を消して、顧海が白洛因を抱きしめると、耳元で囁いた。
「一日だけ一緒にいてくれないか」

 

白洛因は顧海をちらっと見た。
「一日一緒に入れないだけでおまえは死ぬのか?もしかして、明後日行こうとしてるだろ。どっちの方が重大かなんて分かりきってることだろ?」

 

「お前が一番大切だよ」

顧海は本当のことを言った。

 

白洛因は顧海を抱きしめて、月光で照らされるそのハンサムな顔の輪郭を見つめた。

「寝よう。明日早く起きなくちゃ。」

 

本当は、顧海は白洛因を抱きたかったが、一度抱いてしまえば制御は効かず、しかしそれが明日の試験に障ることを分かっていたため、諦めた。たまには何もせずこうやって寝るのもいいかと思ったが、今後何日間かは白洛因を食べることが出来ないと考えると、静かに抱くなら大丈夫かなと考え始めていた。

 

二人は全く眠れていなかったが、お互いにもう寝ていると思っていた。

 

 

午前二時、白洛因はトイレに向かった。

 

ベッドに戻ると、顧海の方を向くように隣に横になった。

 

白洛因が彼を静かに見つめると、部屋には時計の針の音だけが鳴っていて、突然胸が苦しくなった。眠っている顧海の顔は冷酷さも傲慢さも無く、まるで小さな子供のようだったが、白洛因は彼の心に隠れている何かを見つけたくなった。しかし、それを知ってしまった時に何かが怒るんじゃないかと思うと怖くて聞くことが出来なかった。

 

白洛因は顧海が問題を解決して、早く帰って来てくれるように祈った。

 

顧海が時間を計算していると、突然首に温もりを感じて目を開くと、白洛因の顔が近くにあった。顧海は寝たフリが出来なくなって、白洛因の体が離れていこうとした瞬間に抱きしめて引き止めた。

 

「…どのくらいあっちにいるんだ?」

久しぶりに喉から声を出した。

 

「少なくとも二週間はかかる」

顧海はこれを言った瞬間苦しくなった。

 

この一年、白洛因と離れていたのは春休みの間と少し気まずかった時だけで、それ以外の時はずっと白洛因のそばにいた。二週間も離れ離れだったことは今までなく、それは二人を殺すも同然だった。

 

「一人でいるのは心配だから、お前は実家に帰れ。」

白洛因は何も言わずに、顧海の腕の中で眠った。

 

 

 

翌日朝早く、六時の便で出立するため、顧海は朝早くに出発した。白洛因の試験は九時からで、起こさないように「朝飯を買ってある。レンジでチンして食え。」とのメモ書きだけを残した。

 

白洛因が起きた時には既に顧海は数百キロ離れた場所にいた。

 

試験が終わると顧海の言うことを聞かずに、二人の家へ帰った。

 

顧海の料理の腕前は以前よりも上達しており、簡単なおかずや少し難しい肉料理を作り白洛因の胃袋を満たせる程の腕前にまでなっていた。白洛因は顧海が昨夜作っていた角煮を取り出して、浮いている脂をスプーンで掬い、鍋で煮直した。

 

麺の味は悪くなかったが、茹でる時間が短かったため、あまり美味しくなかった。

一人で食べていたくなくて、二杯だけ食べてやめた。

 

白洛因は昼寝をして、起きたら一人で遊びに行き、一人で走り、一人でお風呂に入り、雑誌を読んだり音楽を聞いたりした。いつものうるさい声は無く、白洛因の心を暗くした。白洛因は一人で寝るために電気を消して目を閉じると、突然顧海に会いたくなった。

 

 

 

翌日、顧海から短いメッセージが届いていた。白洛因が一人で二人の家にいることを伝えても、返信はなかった。白洛因は、顧海は問題を解決するのに忙しいんだなと推測した。

 

 

 

放課後になり、白洛因が帰ろうとしていると尤其と杨猛を見つけた。

 

「なにしてたんだ?」
白洛因は尤其に尋ねた。

 

尤其は歩きながら「寮に住むのは不便だから、実家に帰るんだ」と答えた。

 

白洛因は隣を歩く二人を見ると、一人は背が高く、一人は背が低く、一人はハンサムで、一人は美しい顔をしてるからとてもお似合いの二人だと感じた。白洛因はこの間のスポーツ大会の写真を思い出していた。それが本当の事じゃないと分かっていても、二人の姿を見るとちょっかいをかけたくなった。

 

「こいつの家に引っ越すのか?」
白洛因は杨猛を指さした。

 

尤其は一瞬固まったものの嬉しそうに答えた。

「あぁ、同棲するんだ。」

尤其は白洛因に深く微笑みかけた。

 

杨猛は白洛因の笑顔を見て、困惑した。

 

「因子、なんでアレルギー起こさないの?」

 

「アレルギー?」

白洛因はびっくりした。

 

「お前のその笑顔で何人もの男子生徒が盲目になってお前に触ろうとしたけど、変態って罵ってたじゃないか。なのに今日は罵らないだけじゃなくて、冗談まで言ってんじゃん!すごいよ!」

 

白洛因は軽く咳をして、真面目な顔で「元々俺は社交性があるよ」と言った。

 

尤其は口角を上げて「顧海はどこ?」と聞いた。

 

「海外に行ったよ」

 

「海外に?」
杨猛は驚いた。


「うちのクラスからも何人か行ったけど、なんでみんな海外に行くの?」

 

白洛因は軽く「あいつは帰ってくるよ」と答えた。