第169話 拉致してはいけない

飛行機で十二時間苦しめられたあと、顧海はサンフランシスコに到着した。

 

空港には顧洋の運転手が待っており、彼は顧海の荷物を受け取ると、顧海を車に乗せた。運転中、顧海は彼に尋ねずには居られなかった。


「兄さんはどこだ?」

 

「彼はやらねばならない事が沢山あってここには来れていません。」

 

「どんな状況だ。」

運転手は心配そうに「言えません。」と答えた。

 

顧海はそれ以上何も聞かず、車は顧洋の家へとたどり着いた。ドアを開いたのは若い乳母で、彼女は過去に白洛因のことを顧洋の家へ招いていた。

 

顧海が部屋に入った時、顧洋はソファにもたれかかっていて、その顔はとても憔悴していた。顧海が来たことを知ると顧洋は顧海の顔を見て、隣に座るように手招きした。

 

顧海が座ると顧洋はすぐさま「もうほぼ終わった」と言った。

 

顧海は叫んだ。

「じゃあなんで俺を呼んだんだ!?」

 

顧洋は目を開け、一年以上会っていない顧海を見て、背が高くなったな、顔つきがはっきりしたな、目が鋭くなったな、もう大人になったなと感じていた。

 

「雑用が多すぎて、誰かにやってもらいたいんだ」

 

「アシスタントはいないのか?俺は何で呼ばれたんだ?俺の時間は無駄だったのか?俺が来ないとでも思ってたのか!」

 

顧洋は顧海の首に手を添えて、その怒った顔を記憶した。

「なにをするんだ?授業か?宿題か?命が関わらないとお前に会うことも出来ない。アシスタントは沢山いるが、あまり使いたくないんだ。裏切られるよりはマシだと思って全員家へ帰らしたよ。」

 

顧海は深刻そうな顔をして顧洋に尋ねた。


「叔父さんはこれを知ってるのか?」

 

「言ってない。老人は気性が荒いから、父が来ようとしたら止めてくれ。」

 

「なにをすればいい。」

 

「大したことでもないが小さなことでもない」

 

顧海は顔を引きしめ、「汚職が大したことじゃないって?中国じゃ有り得ねぇ!」と怒鳴った。

 

顧洋は顧海の腕を掴んで黙らせたが、それはここにカメラが隠されているためだった。

「率直に言って、誰かは俺を罰したかったんだよ。俺は一セントも取らなかった。彼らは俺を罰するための完全な証拠を見つけてしまった。追っ手を避けるために中国に戻って対処してくれる人を探すよ。」

 

「戻る?どんくらい?」


顧海は聞いた。

 

顧洋はしばらく黙っていたが、淡々と答えた。

「具体的には言えないが、長時間になるだろうな。」

 

「一年半ぐらい居れば叔父さんは感づくか?」

 

「いや、できるかぎり早く終わらせて休みたいが、もし時間がかかるようであれば支店がプロジェクトを引き継いだと嘘をついて国内で進めていく。」

 

「俺はまだ学生で、兄さんは社会人であることを忘れんなよ。」

顧洋はため息をついた。


「学生はなんでも言うのが簡単かもしれないが、鍵は支店にあるんだ。本当に頭が痛いよ。」

 

顧海はスマホを弄りながら尋ねた。
「それで、なんで俺を呼んだんだ?」

 

顧洋は机の上に散らばる書類を指さしたが、あまり意味が分からなかった。

 

「家に帰るために全ての手続きをしなければいけない。支部ではまだ未処理の手続きもあるが、契約は予定通りに進めなければならない。契約は既に調印されていて、その損害賠償はお前の人生にかかる金額とおなじだ。しかも他にも沢山問題があり、こんな時期にヘルプを見つけることはできない。」

 

顧海は頷いたが、なによりもそれがどれほどの時間かかるかの方が問題だった。

 

「もちろん早い方がいい。」
顧洋はどうしようもなく唇を丸めた。
「1時間以上滞在するのは危険だ。しかし問題を片付けなくてはいけない。わずかでも問題が残れば、すぐにでも解決しなくてはならない。」

 

「わかった。はやくなにをするのか教えろ。」
顧海は顧洋よりも不安だった。

 

顧洋は顧海のスマホを手に取り、目の前で壊した。顧海は顧洋がこんなことをするとは思っていなかったため、なにも防ぐことが出来ていなかった。

 

「おい!なにするんだ!」
顧海は激怒した。

 

顧洋は平静と言った。
「すべての通信機器をできるだけ制御したい。お前のスマホの盗聴防止システムは弱すぎるし、専用のスマホは一台しかない。必要な時以外は絶対に触るな。お前の安全を守るためにはスマホを犠牲にしなくてはいけないんだ。」

 

顧海は怒りを込めて顧洋の胸ぐらを掴み引き寄せた。

「俺には犠牲にできない!!」

 

スマホなしじゃ生きられないのか。」
顧洋は顧海の顔を眺めていると、ここを離れなければならない時間になった。


「俺のために必要以外の連絡は取るな」

 

顧海の視線は一本の釘のように顧洋のことを突き刺した。

 

「もちろん、お前は帰ることもできるし、それを俺は止めない。」

 

顧海が書類を拾った瞬間、思いがけず顧洋が怒っているのを感じた。

 

 


可愛くて、哀れな、愛しい彼の嫁は、夫が帰ってこなくなってから二日間ずっと家にひきこもって夫からの連絡を待っていた。中国との時差は五時間ほどあり、夜中に突然顧海から電話がかかってくれば、眠っている家族の邪魔になるだろうと思って実家には帰らなかった。白洛因はこの二日間、起きればスマホを開いて連絡がないのを見ると不安定になった。

 

スマホを長いこと見つめていると、顧洋の電話番号が表示されていて、白洛因は驚いた。

 

どうして知ってるんだ?

 

白洛因は戸惑ったが、電話をかけてしまった。

 

サンフランシスコは深夜だから迷惑になるだろうと思って今すぐにでも切りたかった。その電話は顧洋に繋がり、その声は少し元気そうだった。

 

「顧海はここにいるから安心しろ。」

 

白洛因はしばらく黙っていたが、口を開いた。
「なんで顧海と連絡が取れないんですか?」

 

「ここで何が起こったのか話されないようにスマホを使わせないようにしたんだ。」

白洛因は顧洋の言葉の意味を理解した。

 

「俺は彼に電話をしないので、何が起こったのか教えて貰えますか?もう覚悟はできているので。」

 

「そうか?」
顧洋の声が僅かに和らいだ。


「顧海はもう寝たが、起こして少し話すか?」

 

白洛因の口は震えた。
「まだ言いますか?俺は何が起こったんですか?と聞いたんです。」

電話を切ると急いで荷物を詰めた。

 

家に帰る!

 

もうここには居たくない!

 

 

 


この期間は白洛因にとってこの一年で最も自由だった。夜遅くまで勉強して、遅刻して、学校に着いたら寝て、後ろの席は誰もいない…一番自由に感じたのは誰かに監視されずに気軽に会話出来ることだった。

 

そんな日々は退屈だったが、そうやって適当に過ごしていれば気づけば時間は経っていた。

 

 

 

 

放課後、白洛因は尤其の肩を叩いた。

「一緒に行こう。」

 

尤其は驚いたが、すぐに「あぁ」と答えた。

 

二人が校門まで歩くと、白洛因の足は止まったが、尤其は歩き続けた。

 

「杨猛を待たないか?」
白洛因は尋ねた。

 

尤其は無理やり口角を上げて言った。
「お前まだ俺たちが出来てるとでも思ってるのか?」

 

「前に会った時、一緒にいたろ。」 

 

「あれは偶然だよ」

尤其がそう言い終わると、杨猛の叫び声が聞こえた。

 

「因子!」

 

白洛因は尤其の方を見て笑った。
「本当に偶然だな」

 

尤其が黙っていたが、本当に偶然だった所に白洛因が居合わせていた。

 

杨猛!お前時間合わせてきてるだろ!

 

三人で帰っている途中、様々な話題について話した。白洛因は元々お喋りではなかったが、最近より寂しさが爆発して、一言二言喋るだけになってしまっていた。通りを過ぎると、白洛因は言った。


「今日は家に帰らないでご飯食べないか?」

 

杨猛と尤其はお互いを見合って笑った。

たまにはいいんじゃないか?

 

三人はお店に入ってたくさんの料理を注文し、たくさんのお酒を飲んでいると気づけば九時になっていた。

 

尤其が時計を見ると、もう帰らなければ行けない時間だった。

 

白洛因は空瓶を見つめるだけで何を考えているのか分からないし、杨猛はもう眠っていた。

 

尤其が杨猛の写真を二枚とっても、杨猛は何も反応しなかった。

 

白洛因は「送るためにタクシーに乗ろう」と提案した。

 

「お父さんに叱られないか?」
尤其は心配すると、白洛因は答えた。
「大丈夫だ。杨猛の父さんはお前に会いたがってるから、送れば喜ぶ」

 

尤其は白洛因の提案の後、外に出て車を停めると、杨猛を乗せて、白洛因に「来たぞ」と伝えた。

 

白洛因は首を横に振って「俺は歩いてく」と言った。

 

「なんで歩いてくんだ?」
尤其は疑問に思った。
「お前ん家と杨猛の家って隣だろ?」

 

白洛因は尤其を無視して東に向かって歩いていった。

 

尤其はそれを見て、運転手にお金を払い杨猛の家の住所を伝えてそこに行くように言った。それから車から降りて白洛因の後を追った。

 

白洛因は三人の中で一番飲んでいて、足取りが不安定だった。

 

尤其が白洛因の隣に並んだ時、白洛因は尤其の肩に腕を伸ばして歩きやすいように体重の半分を尤其にかけた。

 

尤其はそのまま白洛因を支えて歩いると、白洛因が口を開いた。

「お前の今住んでんのはこっから遠いか?」

 

「お前の家の近くだよ。一緒に帰ろう。」

 

白洛因はしゃくりあげながら首を横に振って「またな」と元気に言った。

 

「家に帰らないのか?もう9時だぞ?」

白洛因の顔は少し鈍って、頭を振った。

 

「帰らない!心配すんな!」