第170話 夜を駆ける

「因子?因子?」

 

尤其が白洛因を何度か呼んでも白洛因は反応しなかった。尤其はトイレに行く前に白洛因に声をかけてから行こうとしていたが、もう眠ってしまっていた。

 

白洛因を送っていくべきか?

それとも白洛因の父さんを呼んで、近くまで迎えに来てもらうか?

 

尤其が時計を見るともう十時になっていて、全てが面倒になってここで寝かしてしまっていた。そう思って尤其は白漢旗に連絡して、白洛因がここで寝ていることを知らせた。

 

毛布は一つだけだから、二人でひとつの毛布を使わなければならない。

 

尤其は酔っ払っていて、靴を脱ぐと今すぐにでも眠ってしまいたかったが、白洛因をひっくり返してTシャツとズボンを脱がせ、下着姿にした。意図的なのか無意識なのかは分からないが、白洛因はそのまま下着も脱いでしまった。

 

尤其はその時まだ白洛因に毛布をかけていなかったため、白洛因は裸でベッドに横たわっていた。

 

尤其はそれを見て驚いて目が覚め、衝撃的な光景にベッドのそばから動けなくなってしまった。

 

おい!何が起きてるんだ!?

今まで長い間一緒にいたが、そんな姿見たことないぞ!?

 

尤其はめまいを起こしそうな額を叩き、波打つ胸を数回殴り、急いで電気を消してベッドに潜り込んだ。初めは目を閉じていたが、途中で尤其は白洛因のことをちらっと見て、魅力的で男前な顔のキリッとした眉や一本に引かれた唇を見つめていた。

 

尤其は白洛因の顔に触れて、チクチクとくすぐったいその無精髭を撫でた。

 

白洛因が小さく唸ると、尤其は急いで手を引いた。

 

白洛因は寝返りを打って、尤其の方に体を向けた。

 

尤其はそのまま白洛因の体を見下ろすことは出来なかった。

 

しばらくして、白洛因の呼吸は一定になり、尤其も徐々にアルコールが回り始めたのか意識が朦朧になってきた為、すぐに眠りに落ちた。

 

夜中、尤其は隣が騒いでいるのを聞いて目が覚めた。

 

尤其は最後にワインまで飲んでしまっていたので、隣で誰か寝ているのを見て驚いた。段々意識が戻ってきて、白洛因がいるのかと理解した。

 

尤其の足に白洛因の足が絡められている事に気づいて、尤其の呼吸は不規則になった。白洛因は寝心地のいい場所を探しているのか足を動かしていたが、見つからないようだった。

 

この時、尤其は自分のことを蹴られるんじゃないかと思って心配になった。

 

白洛因が満足するまでこのままにしておくべきか?

 

考えていると、突然白洛因が脇の下に触ってきた。

 

尤其は白洛因の手が冷たすぎて鳥肌が立った。尤其が起き上がってみると、毛布はほとんど自分の方に固まっており、白洛因の背中はほとんどかかっていなかった。だからそんなに冷たいのか?

 

尤其がもう一度横になると、白洛因また無意識に尤其の脇の下に触れてきた。

 

お前は暖かいかもしれないけど、俺はくすぐったいよ!

 

尤其は自分より大きな白洛因の手を取って握った。

 

手が暖かくなってくると、白洛因のつま先はベッドに沿って這い始め、暖かいところを求めてベッドの中心で落ち着いた。

 

なんでこんなことになってるんだ?

 

尤其は悪態をつきながら、白洛因が自分の足の筋肉をつま先で抓ってくると鼻血が出そうになった。なんで寝るときはこんなに意地悪なんだ?

 

尤其は次は何をされるのかと思うと大きなため息をついた。

 

白洛因の手足は暖まり、やっとぐっすり眠り出した。尤其が横向きに寝返ると、白洛因の酒臭い息が香っていた。白洛因は平日老人なのかと思うぐらいずっと寝ていたが、こんなにぐっすり眠っているのを見るのは初めてだった。浅い眠りとは全く違い、眉を伸ばして、口角は僅かに上がり、時々もぐもぐと動く、まるで大きな子供のようだった。

 

尤其はそのまま白洛因を見ていると、突然白洛因が穏やかな顔になった。

 

「顧海…」
白洛因は泣いていた。

 

尤其は白洛因が目を覚ましたんじゃないかと思って驚いた。

 

白洛因が突然、尤其の鼻を叩いてきて、涙が出るくらい痛かった。

 

「水飲みたい」

白洛因は呟いた。

 

尤其は叩かれた鼻を撫でながら、なんで水を汲むよう頼むだけで鼻を殴るんだ?と心の中で文句を言った。近くの電気を付けて、ベッドサイドに置いてある水を見つけた。

 

白洛因は相当喉が乾いていたらしく、尤其がコップを手に取る前に、ボトルそのままに飲んでしまった。

 

飲んだ後、尤其はコップを手に取って自分で飲んだ。

 

きっと白洛因は起きていなくて、完全に本能で動いていた。

 

尤其は白洛因に乗られていて、苦しかった。

なんでお前服きてないんだ!?

頭は肩に寄っ掛かり、上半身は完全に預けており、一番最悪なのは足の間にある柔らかいものが、衣服を纏うことなく尤其の腹に当たっていたことだった。

 

これはなんだ?

 

尤其は自分の煩悩を消すように、少しずつ白洛因の体を離していき、これは間違っていると自分の心に警告した。白洛因は俺を顧海だと勘違いしているだけで、俺だとはわかってない!

 

結局、尤其は夜明け頃になってやっと眠ることが出来た。

 

 

 

朝になり目覚まし時計が鳴ると、白洛因が目を覚ました。

 

尤其は昨夜疲れきっていて、なにも聞こえていない。

 

白洛因は目覚まし時計を手に取って、その後隣で眠っている人のことを見た。

 

なんで誰かいるんだ?

 

白洛因はもう一度寝るために、隣が誰かなんて気にせず、アラームを止めた。

 

しかし、アラームはどれだけ押しても止まらず、白洛因は目を擦りながら数学の問題が掲示されていた。音が鳴り止む前に直すのは無理か?白洛因が試すと、正しい答えを入力してくださいと表示されて、一秒だけ止まったが、またすぐに問題が表示された。

 

白洛因が全ての問題を解き終わる頃には完全に目が覚めていた。

 

こんなのはダメだ!

白洛因は心の中でもっといいものを買おうと決めた。

 

目覚まし時計を置いた後、白洛因は部屋の中を見回して尤其の姿を見つけた。昨夜は少し飲みすぎていたが、しっかり記憶はあり、無いのは眠ったあとの事だった。尤其の家はそこまでいい家ではなかったが、自分たちが借りている家よりは悪く、顧海が以前借りている家よりは断然良かった。

 

白洛因はベッドから降りようと毛布を取ると驚いた。

 

おい、なんで裸なんだ?

 

尤其を振り返って、俺に下着をぬがしてなにをしたんだ?と思ったが、すぐにその考えをやめた。家ではほとんど裸で寝ているから、寝ている間に脱いでしまったんだ。

 

幸いな事に尤其は男だから、誤解は生まれなかった。

 

白洛因は急いで服を着てベッドから降りるとシャワーを浴びた。戻ってくると尤其が起きていた。

 

尤其は眠そうな顔で白洛因を見て、「何時?」と聞いた。

 

白洛因は靴を履きながら顔を上げずに「もう昼だ」と答えた。

 

尤其は諦めてもう一度枕に頭を押し付けて寝ることに決めた。

 

白洛因は尤其に近寄って、冷たく叱った。
「早く起きて着替えろ!」

 

尤其は昨夜白洛因に押しつぶされていた肋骨がベッドに当たって少し痛かった。尤其は白洛因のことをちらっと見て、こいつは元気だな…と思った。

 

俺の隣で寝てた男と今この男は別人か?

 

 

 


顧海が鏡を見ると、明らかに五キロは痩せていた。

 

瞳は黒く、唇は紫で、頬は窪み、髭は生えっぱなし…典型的な恋煩いだった。

 

白洛因が居ないなら顔を洗う必要も、服を着替える必要もなく、顧洋を見ても疲れただけだった。

 

「おい、忙しいのは分かるがそのままだと死ぬぞ。」

顧洋は顧海にコーヒーを差し出して、顧海の顔を見て「俺はお前を虐待したか?一日三食出したし、毎日八時間は寝かせてる。こんなに良い生活ないぞ?」

 

顧海は顧洋をちらっと見て、掠れた声で言った。

「飯が無かろうが、寝かせなかろうが、電話をさせてくれりゃなんでもいい。」

 

顧洋は微笑んだ。

「誰にだ?」

 

顧海は黙っていた。

顧洋は「あのお兄ちゃんにか?」と言った。

 

「誰に電話しようと良いが、言うなよ?」

 

「あぁ。」

顧海は背を向けて歩き出した。

 

「外に出れば公衆電話がある。」