第185話 優しい父

顧海と白洛因は一度家に帰って荷造りをすると、白漢旗の家へ向かった。夕方になり白漢旗がちょうど仕事から帰ってきた所で、邹叔母さんはキッチンで料理をしていて、孟通は庭で遊んでいて、その雰囲気は幸せな家族だった。

二人は黙ってドアに立ち寄った。

白洛因は長い間家族に会いに来ていなかったんだと感じた。

顧海は白洛因の悲しそうな顔を見ると、口を開かずには居られなかった。
「次にするか……?」

「いや、もう決めたから。」
白洛因は顧海の提案を断った。

家に入ろうとしていると、顧海に腕を掴まれた。

白洛因は顧海を見て、安心させるように言った。
「大丈夫。お前が俺を想い続けるって言ってくれたから決めたんだ。」

「それ心配してないけど」
顧海は白洛因の髪を撫でた。
「もしかしたらこれを聞いておじさんがお前を殴るかもしれない。もうこれ以上苦しむ必要なんてないだろ?」

白洛因は何も言わずに入ろうとしたが、再び顧海に捕まった。

「なんでそんなに引き止めるんだ?」
白洛因は急ぎたかった。

顧海は躊躇いながらも尋ねた。
「もしおじさんがお前を殴ったら、俺はおじさんを殴ってしまうかもしれない。それでもいいか?」

「いい!」

白洛因は顧海を睨みつけて、振り返らずに入っていった。

顧海は白洛因も緊張した面持ちで後ろを歩いていた。


「息子たち、来たのか?」

白漢旗はホースで花に水を撒きながら、顧海と白洛因の姿を見て、愛らしい笑みを零さずには居られなかった。

顧海はしばらく言葉を失って、白洛因を見ると躊躇っているような表情をしていた。決意するのは簡単だが、それを実行するのは難しい。白漢旗の笑顔を見た時、愛する人が大切な人に平手打ちをされるような姿は見たくなかった。

白漢旗は二人が何かを抱えていると気づいて、ホースを置いて踏み出した。

「どうした?」

白洛因が遂に勇気を振り絞って言おうとした時、邹叔母さんの呼ぶ声が聞こえた。
「ご飯出来たわよ!」

白漢旗は白洛因の肩に腕をまわし、もう片方の腕を顧海にまわして、嬉しそうにキッチンへ連れて行った。

「先に食べて、食べ終わったら話そう!」



その後、二人は顧威霆と昼飯を食べ、今は白漢旗と夕飯を食べていた。白洛因は食後までに覚悟を決めようと、野菜を飲み込んだ。

食べている間、白漢旗は二人の顔を見て、なにを言おうとしていたのか考えていた。

「もうお腹いっぱいだ。すこし話そうか。」

邹叔母さんは孟通を連れていき、白漢旗と顧海と白洛因の三人を残した。

「それで、どうしたんだ?」
白漢旗は白洛因を見た。

白洛因が白漢旗の目を見れなくなっていると、顧海がソファに置いていた腕を白洛因の肩にまわしたため、白洛因の覚悟が決まった。

白漢旗は白洛因の頭を撫でて言った。
「なんでそんなに深刻な顔してるんだ?そんなに言い難いことなのか?父さんは何でも受け止めるよ。だから、目を見て話せるか?」

白洛因は唇を噛み締めながら言った。
「本当に深刻だから、心の準備をして欲しい。」

白漢旗の顔色が変わった。
「彼女の腹でも大きくさせた?」

「それよりも深刻だ。」

白漢旗に冷たい汗が流れた。
「彼女の腹にできた子供を堕ろさせたのか?」

白洛因は黙った。

顧海は耳が聞こえないふりをして黙っていたが、白漢旗の推測を聞いて驚いた。

白洛因は歯を食いしばって足を踏みつけた。
「父さん。率直に言えば、俺は男が好きなんだ。」

白洛因の表情は緩み、ショックを受けていなそうだったが、あまりいい表情ではなかった。

しばらくして、顧海も口を開いた。

「彼が言った男とは、俺のことです。」


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家の中は静寂に包まれ、顧海と白洛因は裁判官の判決を震えて待つ囚人のようだった。

白漢旗はしばらく黙っていたが、口を開いた。
「因子、ついて来なさい。」

顧海はすぐに立ち上がった。
「おじさん……」

「お前には関係ないよ。」
白漢旗は憂鬱な顔つきで顧海を見た。
「ここで待ってなさい。」

白漢旗に初めて冷たい声で言われ、顧海の心は地の底に落ちた。白洛因の腕をしっかり握って離さず、白漢旗に大声で言った。
「おじさん、俺を怒ってください。先に俺が因子をストーカーのように誘ったんです。彼を怒らないで貰えますか?」

「怒らないよ。ただ話すだけだ。」
白漢旗の口調はかなり落ち着いていた。

顧海は白洛因の手を離さなかったが、白洛因が振り払い、手を置いた。

「大丈夫だから、待っててくれ。」

顧海はまだ手を伸ばしたが、白漢旗が白洛因を部屋に連れていき、顧海の目の前でドアが閉まった。顧海は頭をドアに預けながら、心が傷んでいた。

おじさん、あいつを殴らないでくれ!
あいつを叱りたくても、あなたの息子なんだからあまり叱らないでくれ!




この時、白洛因は怒られる前の子供の様に白漢旗の前に立っていた。白漢旗は何年前に白洛因のこの顔を見たのか思い出せないくらい、白洛因はいつだって胸を張って落ち着いた表情をしていたので、こんなに動揺した姿を見るのは滅多になかった。

「大丈夫だ。父さんはもう気づいてたよ。」

白洛因の顔が一瞬で変わった。
「いつ気づいたんだ?」

「最初はこんな関係があるのかと懐疑的だったよ。でもそんなことは無いと、たまたまだと私が考えているような関係ではないと願ってた。けれどお前に言われて、そんな考えは無くなったよ。」

白漢旗の顔は笑っていたが、白洛因の顔は不満げだった。

「父さん、俺に失望したか?」

「そんなわけないだろう!」
白漢旗の顔がいつも通りに戻った。
「父さんの中でお前はいつだって一番だ。」

顧海は中の様子を伺うためにドアに耳を当てて居たが、幸い話し声だけで、喧嘩の声は聞こえてこなかった。顧海は白漢旗が白洛因の口を覆って殴っていないことを祈って、顧海は自分のとんでもない考えに冷や汗をかいていた。

「因子、聞いてもいいか?父さんがお前を愛してやれなかったから顧海と一緒になったのか?」

白洛因は言葉を失った。
顧海の見た目はそんなに老いてるか?

白漢旗は白洛因がこの言葉の意味を誤解しているのを理解して、もっと率直に言った。
「父さんは知りたいだけなんだ。父さんが結婚したことをどう思ってる?これはお前にとって大きな事だったか?」

この言葉に心を傷めて、気持ちを隠すようなことは白洛因にとってなかった。

「結婚をしてすぐは、心にぽっかり穴が空いて、その穴を顧海が埋めてくれたんだ。父さんも知ってると思うけど、本当にあいつは優しくて、俺にはなにも求めなかった。あいつの飯を食えば、父さんも俺の気持ちがわかるはず。この世で、父さん以外に俺を愛してくれるのはあいつだけなんだ……」

「わかった。わかったよ。」
白漢旗は白洛因の頬を撫でながら、最後に一つ尋ねた。
「父さんがまた離婚したら、お前はまた戻ってきて、彼と友達になるのか?」

白洛因は突然自分がろくでなしに感じて、父にこんな顔を見せることが出来ないと思った。白漢旗の不本意そうな顔を見ると、白洛因の目から涙が流れてきて、地面に蹲り、必死に父さんと叫んだ。

白漢旗はすぐに理解して、全てを受け入れた。

「父さん、あいつなしでは生きていけない俺を、怒らないのか?」
白洛因は泣きながら白漢旗の脚に縋りついた。

白漢旗も目を赤くしながら、白洛因に目線を合わせて持ち上げて、頭を撫でた。

「息子よ、もう泣くな。父さんはお前を責めてなんかないよ。犠牲を払ってでもお前がしなくてはいけないことを理解してるさ。お前が元気であること以外求めないから、父さんのことを好きなら、自分を大切にしなさい……」



顧海はドアに耳をつけながら、白洛因の泣き声を聞いて心が傷んだ。ドアを何度叩いても、白洛因の泣き声が聞こえるだけで誰も反応しない。我慢ならなくなって、顧海はドアを蹴った。

この時、白漢旗は泣いている息子を抱きしめていた。

白洛因の流す涙を見て、顧海は心が傷んだ。

白漢旗は顧海が入ってくると、白洛因を顧海に押し付けた。

「おじさん……」

白漢旗は顧海の肩を撫でて、何も言わずに出て行った。



顧海は白洛因を抱きしめて、心配そうに尋ねた。
「殴られたのか?どこだ?痛いか?」

「殴られた方が、マシだった。」
白洛因はしゃくりあげながらこたえた。

顧海は強く抱きしめて、優しい声で言った。
「殴られなかったのに、どうして泣いてるんだ?」

「わかんねぇよ……。」
白洛因はより泣いた。

顧海は白洛因の涙を拭って、そっと囁いた。
「もう泣くな。俺がいるから、な?大丈夫だ。」