第190話 脱出

白洛因はそんなことは聞かずに話を続けた。

「あいつの死ぬ前の顔は青く、古い樹木の様に唇は乾き、喉が渇いたと言って指を噛んで血を飲んでた。……兄さん、腹が空いたよ。腹の中は土から掘った根と虫でいっぱいなんだ。……兄さん、寒いよ。つま先は割れて、血が出てるよ……」

白洛因は泣きながら言ったが、顧洋は冷静だった。
「俺は顧海じゃない。そんなに簡単に騙されないぞ。」

「うるさい!!!」

白洛因は警告無しに突然叫び、顧洋の瞳孔は開いた。

「俺は大海を見たんだ……本当に大海を見たんだ……ベッドの下にいる…」

そう言うと、突然体をベッドの下に下ろし、ベッドには足だけが残っていた。頭から床に落ち、声にはならないほどの興奮があった。

「大海……なんでも欲しいものを言え。俺が聞いてやるから。」

顧洋は飛び起きて、白洛因を蹴りたい衝動を耐えた。

白洛因はずっとベッドの下の空気と、本当に何が聞こえたかのように話し続けた。センセーショナルな言葉は全て顧洋に向かって言われたが、顧洋は聞かないようにしていた。白洛因はまるで壊れた機械かのように、同じ言葉を何度も何度も繰り返した。

終始、顧洋は白洛因に悩まされ、彼のベルトを引っ張って、ベッドに引き戻そうとした。しかしベルトは解かれ、重力がベッドの足を奪いベッドの下に転げ落ちた。顧洋の手元にはベルトだけが残っている。

「……大海、ずっと一緒にいるぞ。」
白洛因はさりげなく呟いた。

顧洋はベッドから降りて、白洛因を引き上げようとしたが、その体が硬いことに気づいた。顧洋は急いで灯りを付けると、白洛因の顔は血の気が引いていて、目は開いたまま、唇は震え、もう何も言えなくなっていた。顧洋はベッドに白洛因を寝かせ、医者に電話をかけたが、電話がきれる頃には白洛因は意識が無かった。

「くそっ……俺の負けだ。お前は今までこんな方法を使って顧海を縛ってたのか?」

顧洋は無言でベッドのそばに立ち、白洛因が助けを求めた瞬間に助けると決めた。理不尽な願いはただの悪だが、まず白洛因をからかい、次に彼に帰ってもらい、安らかに眠った翌日、軍に行く。

結局、こうなることを望んでたのか!!




早朝、顧威霆は顧洋からの電話をとった。

「叔父さん、今基地にいます?」

顧威霆はすぐに危険を察知した。
「あぁいるが、どうした。」

「叔父さんに助けて貰いたいんです。内容的にも外で話した方がいいと思うのですが、基地に行った方がいいですか?」

「家に来なさい。」

顧洋からの電話を切って間もなく、孫警備兵がドアをノックしてきて、顧威霆は会議に出席する予定があったのを思い出し、準備が出来るとすぐに向かった。

「あぁ、今日は会議の予定が……」
顧威霆は机を指で叩いた。
「忘れていたよ。」

作業を進めながら、手でこめかみを擦り続けている姿は、精神状態があまり良くないように映った。孫警備兵はドアの前で立ちながら、部屋の中央を真っ直ぐ見つめていたが、顧威霆が顔を上げると、孫警備兵は真っ直ぐ前を向いて、平然を装った。

この二日間、孫警備兵は緊急事態が起こらない限り、滅多に顧威霆の部屋に入らなかった。入ってきても、二言だけ言うぐらいで、顧海についてはなにも話さなかった。

顧威霆が部屋から出ていこうとすると、顧洋から再び電話がかかってきた。

「叔父さん、今ドアの前に着きました。」

「すまんが、今から会議だから応接室で待っていなさい。」

電話を置くと、顧威霆は危険を感じていた。ドアの前に立っている二人に向かって言った。
「あいつを自由に立ち入りさせてもいいが、誰も連れてこさせない様に。二人は家を守り、なにか問題が発生したら電話しなさい。」

「はい!!」
二人は一緒に返事をした。




顧洋は黒のスーツにサングラスをして、冷たい顔で高級車から降りた。遠くにいた四人の警備兵は大ヒット作の主人公かと思っていた。

IDを見せると警備兵は道を譲り、嫉妬深い目が顧洋を中へ入れた。

「見たか?長官の甥だぞ。すごいイケメンなんだな。」

「あの人の甥?息子じゃなかったのか!」
その場からため息が漏れた。
「本当に似てるよな」

「息子さんはまだ勉強してるらしいが、最近姿を見ないな?」

「俺もだ。」


部屋に入ると、顧洋は何も言わずに、この服装が気に食わなかったため、鏡の前に向かった。

着替えた後、顧洋は全ての部屋を回った。やっとリビングの床に隙間を見つけると、一旦止まり、深呼吸をした後、真っ直ぐに向かった。

顧海の顔は泥と同じ色になっており、顧洋は顧海の顔で躓きそうになった。

「顧海……」
顧洋は悲鳴を上げそうになった。
「お前か?」

顧海は瞼を上げ、しばらく見つめると、目の前の人が誰なのかがやっと分かった。

「どうやってきたんだ?」

声は喉を殴られた様になっており、顧洋は彼がどれほど間違った場所にいたのかを理解した。

「もう何も言うな。一緒に行くぞ。」

顧海はほぼ5日間空腹でも、まだ顧洋を押し返す力があった。
「どっかに行けよ……降伏するより死ぬほうがマシだ。」

顧洋は顧海の頬を力いっぱい叩いた。
「白洛因が俺に来るように頼んだんだぞ。」


泥まみれの顧洋はトンネルから出てきて、その服はもはや元がなんなのかも分からないようになっていて、その顔は黒くてなにも見えない。その時の顧海は災害によって何日も閉じ込められ、やっと井戸から運び出されるような悲惨な状態だった。

「水」
顧海は顧洋に手を伸ばした。

顧洋はすぐにコップ一杯の水を持って行って、顧海を腕に乗せて座らせ、数口与えた。

水を飲んだあと、顧海はまた横になっていた。血走った目、口の上に生えた髭は、衝撃的な見た目だった。やっと落ち着くと、顧洋に手を伸ばして尋ねた。
「因子は?どうしてるんだ?」

顧洋は顧海の襟を掴んで、真っ赤な目で睨みつけて怒った。

「お前はそんなになっても他の人の心配をするのか?」

顧海は変わらずに尋ねた。
「因子は連絡しろって言ってたか?」

顧洋は怒りながら、顧海の頭を掴んで、無理やり床に押し付けた。
「お前の頭壊れたのか?お前だけが満足すればいいのか?問題を起こすなと警告しなかったか?聞いてなかったのか?なんで……」

顧海の頭は既に出血しており、顧洋は押さえつけるのをやめると、顧海をしっかりと抱きしめた。今までにない恐怖と心の痛みが、顧洋の顔に表れていた。

「兄さん、言うのが遅いよ。」
顧海は静かに話した。
「俺が転校する前にそれを言わないと。」

顧洋は顧海が一時的に空腹を満たすために食べ物を見つけ、その後顧海をバスルームに連れて行った。シャワー後、顧海は手足を痙攣させながら、服を着て笑った。

「急げ、もたもたするな。」
顧洋は促した。

顧海は文句を言った。
「俺だって急ぎたいけど、手足が言うことを聞かないんだ!」

顧洋は冷たい顔で、顧海に会う前に来ていた服を着せるのを手伝った。顧海の方が強そうな見た目をしていたが、この数日間で何キロも痩せ細っていたので、スーツがピッタリだった。顧洋は帽子とサングラスを顧海に渡すと、顧海は躊躇った。

「これも?要らない。」

顧洋は無理やり顧海に帽子を被せた。
安い婦人服なんて着せられるか!
俺が恥ずかしくないようにお前のために選んだんだぞ!

顧海が着替え終わると、サングラスをかけ鏡を見た。来た時の顧洋と瓜二つだ。

「行くか?」
顧海は聞くと、顧洋は頷いた。

顧海がドアを開けようとすると、突然顧洋が止めた。

「歩く時は歩数を安定させろ。これは車の鍵だ。近くの龍路に停車させてある。」

顧海はしばらく黙っていたが、突然尋ねた。
「俺が行ったら、兄さんはどうするんだ?父さんが聞いてきたら?」

ーお前はまだ他人の心配をするのか。

「お前はお前のことを考えろ。俺のやり方があるんだからほっとけ。」

顧海は感謝の表情で顧洋を見て、ドアを押して外に出た。

顧洋はしばらくドアの前に立ち、外の動きを聞いていた。

彼が期待していた通り、顧海が出たあと、あの四人は全く反応しなかった。あまりにも似ているから、多少の違いがあっても、サングラスさえあればカバーできる。あの圧倒的な見た目も相まって、疑うのを難しくしていた。

顧海は顧洋の車を運転し、スムーズに脱出した。



顧洋は顧威霆に連絡した。
「叔父さん、用事が出来てしまったので、また時間が出来たら来ます。」

その後、顧海の服を着て、長い間家の中を探していると、遂にロープを見つけた。犯罪が解決したあと、彼は水の入ったペットボトルとロープをトンネルへ投げ捨てた。