第194話 姜圆の後悔

午後、顧威霆の車が停まると、局長は急いで会いに行った。

「顧長官!どうして事前に教えて下さらなかったのですか?言ってくだされば迎えを寄越しましたよ!」

顧威霆は無表情で歩き、局長は部下に顧威霆にお茶を出すように伝えたが、顧威霆は手を振って拒否した。そしてすぐに尋ねた。

「こないだ頼んだことはどうなってる?」

「常に取り掛かっております。今記録を持ってきますね。」

しばらく経つと、局長は慎重に編集された資料を顧威霆に渡した。

これは白漢旗の最近の通話履歴であり、これが顧威霆が白漢旗に嫌がらせをしない理由だった。

「通信頻度が高い順に並べられており、通話頻度の高い電話番号は全て北京のものです。他の場所への通話記録はありません。そしてその殆どの通話時間は10秒未満で、私は間違えだと思ったのですが。」

顧威霆は上から下まで全て見ていると、鋭い目は5番目の電話番号に焦点を当てている。

「この電話番号の場所は?」
顧威霆が聞き、局長は見て答えた。
「これは山東省青島からです。北京以外で唯一、通話頻度が高いです。」

顧威霆は目を細め、恐ろしい光が目の奥に暗く光った。


顧洋が顧威霆に呼ばれた。

「最近は忙しいか?」
顧威霆の態度はかなり穏やかだった。

顧洋は静かに答えた。
「プロジェクトの問題を手伝ってくれているので、あとは資料をまとめるだけです。」

「叔父さんは少し困ってるんだが、その様子じゃ頼めそうにないな。」

「ハハ……叔父さん、俺に対して礼儀正し過ぎないですか?」

顧威霆は笑った。
「もうお前は大人の男だから、私も大人としてもてなしてるんだ。その上もうお前は働いているし、時間をかけて親戚を頼むなんて出来ないだろう!」

「大丈夫ですよ、忙しくないので話してください。」

顧威霆の顔は変わり、深く複雑な目をしている。

「顧海と連絡を取ってるか?」

顧洋は真っ直ぐに答えた。
「取ってません。」

顧威霆は頷いた。
「そうか。忙しくないのなら、顧海を連れ戻すのを手伝って欲しい。私の力であいつを追い詰めたくないし、あまり組織に伝えるのは避けたいんだ。」

「どこにいるかはもう分かってるんですか?俺は今あいつと連絡を取ってないので、見つけることは山から針を見つけるようなものですよ。」

山東省青島にいるという手がかりを見つけてる。」

顧洋は驚きを隠して、何も知らないかのように尋ねた。
「どうやって青島にいると分かったんですか?」

「調べたんだ。」

顧洋は何も言えず黙った。

「追跡を続ければ、住所まで分かるだろうが、自分ではやりたくないんだ。理由は聞かないで欲しいんだが、お前を信頼しているし、頼まれて欲しい。」

顧威霆の暗い顔を見て、顧洋はもう成すすべがない。

「あんなことをされたと言うのに、まだ息子を探すんですか?」

「そうするしかないだろう。」

顧洋は言葉の意味を考えていたが、意味を理解する前に顧威霆が部屋を出た。


「長官!」

顧威霆の前には華雲輝が立っていて、彼もまた、顧威霆の部下のひとりだった。顧威霆は孫警備兵が忙しい場合のみ、彼に頼んでいた。

「お前に仕事を与える。」

華雲輝は真っ直ぐ立っている。
「なんでしょうか。」

「肩の力を抜け。」
顧威霆は華雲輝の肩に大きな手を乗せた。
「家事を頼みたいだけで、そんなに深刻そうな顔をする必要はない。」

「家事ですか?」
華雲輝は好奇心に負けた。
「長官はいつもそういったことは孫警備兵に頼んでいませんでしたか?」

「あいつは最近忙しいんだ。」

本当のことを言えば顧威霆は孫警備兵へ不信感を抱いていた。

「ある人を24時間、どんな方法を使ってでも、監視して欲しいんだ。」

華雲輝はその言葉を聞いた瞬間緊張を顕にした。
「誰ですか?」

「甥の顧洋だ。」


孫警備兵は顧威霆が帰ってくるのを見て、話しかけた。
「長官、どこに行ってたんですか?」

顧威霆は孫警備兵をちらりと見た。
「どうしたんだ?」

「夫人があなたに会いに来ました。」

「姜圆が?」
顧威霆は僅かに眉をひそめた。
「いつ来たんだ?」

「あなたが去った後来たので、彼女に部屋で待つように言ったのですが、長官が居ないと分かったらすぐに帰ってしまいましたよ。長官、このような事が起これば、誰もが不安定になります。しかも彼女は女性ですから、精神的不安も大きいでしょう。さっき会った時、彼女の精神状態は凄く悪かったですよ。」

顧威霆は何も言わずに仕事を続け、運転手に遠回りをして帰るように言った。

姜圆は眠っておらず、リビングで1人座っていた。

ドアの音が聞こえた瞬間、姜圆は顔を上げた。

顧威霆が間接照明だけの少し暗い部屋へ入り、姜圆の姿を見ると、彼女の顔は青ざめている。姜圆はいつもの生き生きとした表情とはかけ離れた表情で立ち上がり、顧威霆の元へゆっくりと歩いた。

「ご飯は食べました?私はまだなんだけど。」

姜圆が振り返ろうとすると、顧威霆に止められた。
「帰るのが遅れたから、もう食べてしまったよ。」

姜圆は、何も言ってないですよ。と言った。

前までなら、姜圆は顧威霆が帰ってくるのを、まるで皇帝の帰りを願う宮廷のように楽しみにしていた。ベッドで一人横になり、誰かが隣に入ってきて目を覚ますのが幸せだったくらいに。しかし今日は、顧威霆が隣に座っても、彼女の心は空っぽだった。

「寝てないのか?」
顧威霆が聞くと、姜圆は少し微笑んだ。
「寝れないんです。」

顧威霆の中での姜圆の印象は、常に生き生きとしていて、率直に話し、不快に感じても歯を食いしばって耐え、幸せな時は踊り、時々激しく、時々魅力的な人だった……だから、彼女がこんなに静かになるのはとても珍しい。

顧威霆は姜圆の手を掴んで尋ねた。
「どうして眠れないんだ?」

「息子の事を考えるんです。」
姜圆は正直に答えた。

顧威霆はそっと目を閉じて、心を落ち着かせようとした。数日前に怒鳴りすぎて、突然こうしてコミュニケーションを取るのが嫌になっているのだ。

「白漢旗が見つからないか?」

姜圆は首を横に振った。

顧威霆は少し驚いていた。姜圆の気性で彼は今まで白家をひっくり返したはず。

「じゃあなんで行かないんだ?」

姜圆は軽く答えた。
「白漢旗が最近言っていたことを考えていたの。彼は洛因が男性に対してそういう感情を持っていると言っていたけど、私が母親として失格だから、女性を拒絶するのかしら。」

「そんなわけないだろう!」
顧威霆は冷たく鼻を鳴らした。
「本当にそう思ってるのか?原因は一つだけだ!あいつらがろくでなしだから!ただそれだけだ!」

姜圆は黙っていた。

顧威霆はタバコに火をつけ、ゆっくりと吸っていると、姜圆は突然すすり泣き始めた。

顧威霆は眉を少し上げて、ちらりと見た。

「なんで泣くんだ?もう大人なんだから、ほら来い、泣くな……」
顧威霆は姜圆の涙を拭くためにティッシュを取った。

姜圆はすすり泣きながら言った。
「あの子がちゃんとしてた時、可哀想だなんて感じなかったのに、突然息子が可哀想だと感じたの。あの子が突然こんなことになってしまって、本当にどうしたらいいのかしら。毎晩あの子が1人で外で飢えている夢を見るの。もうあの子は18歳よ。けど18歳でも、まだ両親の腕の中で、食事を取ったりしなくちゃいけないの。私の息子が、たった18歳で外を彷徨い、家に帰れないなんて……」

顧威霆の心は震えたが、しかし、口調はさっきと同じぐらい硬い。

「それはあいつらが考えることだ。お前が気に病んでも仕方ないだろう?」

姜圆の涙で濡れた顔が、顧威霆を見た。
「ねぇ顧さん。私たちが結婚したから、息子がこうなってしまったと考えたことはある?」

「何を言いたいんだ?」
顧威霆の目の色は徐々に暗くなっていった。
「もう結婚したんだ。そんなこと考えてなんの意味がある?」

「後悔はしてないけど、考えてしまうの。小海がどうして洛因を好きになったのか、洛因がどうして小海を好きになったのかって。ずっと考えてて、1つの可能性を感じたの。2人の子供は母親の愛情を受けてないって。小海のお母さんは亡くなっていて、洛因が小さい頃から、私はそばにいなかった。だからあの子たちに少し同情してしまうの。」

「母親の愛情を受けてない子供が沢山いれば、全員があぁなるのか?」

姜圆はクッションを拾って抱きしめて、くぼんだ目をしていた。

「顧さん、どうして顧海のあなたに対する態度が突然変わったか知ってる?」

このことについて、顧威霆は常に困惑していた。聞きたかったが、それを知っているのは息子だけであるから、聞く必要が無く感じて言及しないでいた。

「洛因は顧海の母親の死の真相を伝えたの。」

顧威霆の体は震えた、まるで突然なにかが割れたかのように姜圆の顔を見つめた。

「なんて言った?」

姜圆の声が詰まった。
「孫警備兵があなたには伝えるなって。彼はあなたが傷つくのを恐れているの。あなたが彼女の事を考えるようで私からは言いたくないわ。けれど、今は息子が傷つく方が余程怖いの。世界中で、あの子だけが私の生きる糧なの。」