第5話 激突する2人

顧海は白洛因が軍服を着て自分の隣に経つ姿を見た。顧海の心の中に8年間隠されていたものが解放され、全ての神経と内蔵を貪られているようだった。

白洛因は顧海のその視線で火傷し、顔の半分は麻痺していた。自分が軍服を何故着ているのか、冗談だと、嘘だと言われるのを待っているようだったが、言葉が出なかった。2人が見つめ合い、沈黙していると、後ろから部下が入ってきた。
「隊長、何してるんですか?」
その一言は、白洛因を奈落の底に突き落とした。

白洛因は機械的に、その幸せそうな顔をしている部下の方へ顔を向けて、静かに話した。
「先に行ってろ。俺も直ぐに戻る。」

「早くしてくださいよ?皆待ってるんですから。」
部下はそう最後に促してから去って行った。

白洛因は自分のことを落ち着かせて、なんてことない顔で顧海を見た。
「偶然だな、お前もいたのか?」

顧海は話題を変えようとする雰囲気を容赦なく切り捨てた。
「なんで入隊したって言わなかったんだ?なんで俺の事を騙したんだ?死んだと聞いて、俺は死よりも辛い2年間を過ごしたんだ。その後は海外に行ったと聞かされて、世界中探し回ったよ。探してるうち、何度希望を失ったか……俺を苦しめるのはそんなに楽しいか?」

白洛因は心の痛みを覆い隠して、冷たい目で言った。
「俺はお前を騙したことなんてない。周りの奴が勝手に言ってるだけだ。俺がそう言えなんて言ったことは一度もない。ただ俺の人生を生きてただけだ。」

「お前の人生を?」
顧海は冷笑した。
「そんな人生終わってるな。お前のメンタルの強さと戦略能力を褒めてやりたいよ。」

「あぁ、俺は強くなったんだ。」
白洛因の目が冷たく、鋭くなった。
「お前が俺を貶したって、俺は笑うだけだ。お前が不快に思うだけだぞ。」

「そうか?」
顧海はその目に怯まなかった。
「じゃあ教えてくれよ。なんで入隊したんだ?海外に逃げた方がマシなのに、なんでそんな罰を与えられてるんだ?」

「俺の自由だろ。海外に行くのが幸せだとは限らない。それがお前になんの関係があるんだ?」

「白隊長、俺のせいで入隊したとは言わないのか?」

顧海は冷静に尋ねながらも、白洛因の心を強く抉った。

「なんでお前のために入隊する必要がある?自意識過剰じゃないか?」

「なんで俺のせいにしないんだ?あの時父さんは俺を入隊させたがってたが俺は嫌がった。けどお前が入隊すれば、父さんだって諦める。お前が入隊すれば俺たちは完全に引き離すことが出来るし、俺が入隊する必要も無くなる。俺の言ってることは間違ってるか?」

白洛因はタバコに火をつけて、低い声で言った。
「考えすぎだ。」

顧海は白洛因の手からタバコを奪い、そして咥えた。
「考えすぎなのか、お前の演技が上手いのかどっちだ?」

「俺が演技する必要なんてあるか?外に出て俺がパイロットかどうか聞いてこいよ。お前が長官の息子だからって、なんで俺が入隊するんだ?お前の父さんには力がある。入隊しなくとも俺たちを引き離すのは簡単だろ!お前が求めているような理由じゃないだろ?」

「お前は本当に天才だな!」
顧海の目が赤くなった。
「忘れるなよ。お前も顧威霆の息子だ。お前が入隊すれば、あいつの部下に息子が加わるんだ。そうなれば俺を制限する必要もなくなる。お前と俺が変わるべきだったんだ!」

「変わったところで意味ないだろ。権力を盾にするな。」

「お前……!!」
顧海は白洛因に近づいた。
「入隊するにしても、なんでコソコソ隠れる必要があった?なんで最高経営責任者なんて言った?なぜ副司令官だと言わなかったんだ?」

白洛因は拳を握り締めた。その目には全てを救うための冷酷な力が含まれている。
「俺が入隊することがお前になんの関係があるんだ?入隊すれば家だって助かるだろ?父さんは幸せそうだよ!!」

「そんなに困ってるのか?」
顧海の瞳が突然暗くなり、怒りと悲しみの混じった色になった。
「白洛因、何度だって言ってやるよ!!もう俺にはお前しか居ないんだ!!」

「俺しか居ないって?」
白洛因は怒りを抑えようとした。
「お前の周りには俺よりいい人が死ぬほどいるだろ!」

顧海の心が苦しくなり、なにも言えなくなった。8年間、痛みを麻痺させて生きてきたが、これほどの痛みを感じたのは初めてだった。
ーやっと会えたと思ったのに、お前はまた俺を苦しめるのか!!

白洛因は興奮していて目の前がぼやけていたので、顧海が近づいて来たのに気づいていなかった。しかし、白洛因に向かって手が伸びた瞬間、払われた。

「顧社長、俺は今、白隊長なんだ。お前は強いが、俺の対戦相手になれる程じゃない。辱めを受けるのは嫌だろ?」

「本当か?」
顧海は冷たく睨みつけた。
「あの時泣いて良がっていたお前が、今どんだけ強くなったのか見してみろよ!!」

顧海がそう言い返した瞬間、白洛因の手から血が流れる程強く殴りかかった。喧嘩が始まった直後、トイレは騒がしかった。水の流れる音、ドアにぶつかる音、殴った音、骨がミシミシ鳴る音……しばらく荒れた音が続き、2人がいた会場から人が集まり、トイレに人が溢れかえった。説得をする者、観客、野次馬、怖がる者……人生の色んな瞬間を混ぜ合わせた様だった。

美女は全員驚きの表情をしていた。3、4年会社に務めていた女性社員でも、顧海が殴った所も、叫んでいるところも見たことが無かった。
ー……どうしてこんなに荒れたの?
顧海を心配しながらも、恐怖を抱いていた。副社長の地位を求めていたが、当分は噂話をする平社員の方がいい。


その場にいた兵士たちも信じられないものを見るような表情をしていた。

白隊長が暴言を?
しかも人前で殴り合い?
この男はどうやって白隊長を挑発したんだ?
いつも平然としているパイロットの感情を荒らすなんてどうやって?

刘冲は兵士とホテルスタッフを呼んで、白洛因と顧海を引き離した。引き離した後でも、2人の目は未だ激しく睨み合っていた。

「白隊長、なかなかお強いんですね。」
顧海は口元の血を拭いながら笑った。
「最近は飛ばして無いのか?」

顧海の下品な冗談に、白洛因は恥ずかしさを感じた。ここにはたくさんの女性が居るし、自分を慕ってくれている部下もいる。そんな大勢の前で屈辱を受け、ここから逃げ出すことも許されない。

だが、白洛因はそんな冗談に振り回されることなく、微笑んで女性社員を見た。

「社長を喜ばせたいんだったらそんな濃いメイクじゃだめだ。この社長の性癖は狂ってるから、ちょっとやそっとじゃ満足しないぞ。今から言うことを覚えろよ?赤い花柄のジャケットと緑のズボンを用意するんだ。その格好で社長って呼んでやればこいつは死ぬほど喜ぶ。」

そう言うと、白洛因は闫雅静を見て、顧海の視線を浴びながら気軽に話しかけた。

「妹、あなたは知らないかもしれないが、俺の弟は肉棒味のチキンが好きなんだ。スーパーに行ったら腐るほど買ってやれ。」

闫雅静はその場で硬直し、顧海も固まった。

白洛因は微かに微笑み、部下に向かって叫んだ。
「行くぞ!」

エレベーターの入口辺りで足音が消えた……



顧海が会社に戻った後、細かい仕事を処理して、説明もせず香港へ飛んだ。

香港での顧洋の企業は近年順調に進んでおり、それを誇りに思っていると、弟がドアをノックする音が聞こえた。

顧海は幹部達の前で座っている顧洋を、突然会議室から連れ出した。

「なんで急に来たんだ?」
顧洋の顔が不機嫌に歪んだ。
「数年前に消えたと思えば、急に出てきてまた問題を起こす気か?」

「8年前の交通事故で何が起こったんだ?詳しく話せ!8年間、兄弟を信じていた。ブレーキが壊れたって怪我を負ったのは俺だったから気にしなかった。なんで白洛因の入隊について教えなかったんだ。なんで8年前あいつが死んだと俺に嘘をついたんだ!」

それを聞いて、顧洋の顔が曇った。

「大したことじゃないだろ。事故の方が大事だ。顧海、よく考えろ。そんな些細な事に足元を掬われる気か?そんなんで俺の弟として恥ずかしくないのか!?」

「お前の弟だなんて思ったことも無かった。お前を人とすら思ってねぇよ!お前がやったことは畜生と一緒だ!」