第11話 結婚への道

姜圆は顧威霆と七年間共に軍事施設に住んでいる。そのうち白洛因がこの家に訪れたのは数えられるほどしか無い。時々姜圆は息子を恋しく思い、夫の権力を使って白洛因のいる基地に行き、訓練を受ける息子の姿を見ていたので、ここ何年間かは姜圆の方が白漢旗よりも多く白洛因と会っていた。

春節が近づくと、一定期間は休暇を受けることが出来るので、姜圆はいても立っても居られなかった。



白洛因は最近おかしくなるほど働いていた。毎日の体力訓練と能力訓練に加えて、定期視察を行い、残りの時間は研究室で過ごす日々。特別任務があれば、時間を割いて向かった。一日五時間も眠れず、食べながら眠ってしまう程疲れていた。



姜圆が白洛因に会いに行った時、白洛因は莫大な資料と睨めっこしていた。

「小白、母さんが来てるぞ。」
部屋に入ってきたばかりのエンジニアが笑顔で白洛因に言った。

白洛因は眠そうな目でドアを見ると、彼の隣に立つ助手に怠そうに言った。
「俺はとても忙しいから帰ってくれと伝えてくれ。」

しばらくして助手が戻ってきた。
「隊長、ご報告します。とても大事な話があるから十分だけでもと言ってお母様は去っていきました。」

白洛因はちょうど仕事も区切りのいい所だった為、立ち上がって外に出た。

車の中で座っていた姜圆は、歩いてくる白洛因の姿を見て降りようとすると、白洛因に降りるなとジェスチャーをされたので、大人しく車の中で話すことにした。

「ちょっと、なんて酷い顔色なの!そんなに忙しいの?」

白洛因はタバコに火をつけて軽く言った。
「何年も前の仕事が今手元に溜まってるんだ。正月中も軍で過ごすからもう会いに来るなよ。」

姜圆は苦しそうに白洛因を見た。
「お母さん、あなたがろくに食べれてないんだろうと思ってサプリを沢山持ってきたの。トランクに入れてあるから忘れず持って帰りなさいね。」

白洛因は姜圆を睨みつけた。
「サプリを渡すためだけに来たのか?」

「そんな訳ないじゃない。」
姜圆は白洛因の手を取り、それを自分の手のひらに重ねた。
「二日前に同級生に会ってね、張阿って覚えてるかしら?張阿に娘が生まれたらしくて、国際ビジネス経済大学の大学院生なんですって。卒業してたった二年で月給は十万円越えらしいの……」

白洛因はこれを聞いて気分が沈んだ。
「何が言いたいんだ?」

「あなたももう二十六なんだからいつまでも独身な訳にいかないでしょう?後から焦ったって、もう女の子はあなたに見向きもしなくなるわよ!もう軍に八年もいるんだし、色々安定してきたでしょう。そしたら結婚を考えるべきじゃない?」

白洛因は姜圆の手を撫でた。
「俺は本当に忙しいんだ!」

姜圆は白洛因が降りようとしているのを必死に引き止めて、掴んだ手を話さなかった。

「因子、本当にいい子なの。とっても綺麗だったわ。彼女のお父さんもあと二年で定年だけど公務員だし、中学校の校長先生なのよ!こんなにいい条件ないじゃない!」

白洛因は不機嫌な顔を見せた。
「校長の娘だろうが興味はない!」

「じゃあいつまで待てばいいの?」
姜圆も急いでいる。
「あなたはもう二十六だし、小海も彼女が出来たって言うのに、いつまで待たせるの?周りはどんどん結婚していくのに、あなたはただ見ているだけだなんて……お見合いはそんなに恥ずかしいこと?」

姜圆が顧海の名前を出したのは、八年間でこれが初めてだった。白洛因の前では出さないようにしていた名前だったが、彼女も焦って出てしまった。

「何が恥ずかしいって?」
白洛因は冷たく感じるほどの笑顔を見せた。
「どうせ十七、十八の綺麗な女性だって歳を取れば皺だらけになって醜くなるんだ。そんなのの前で一日中過ごす趣味は俺には無いんだ。」

「あなた……!!」
姜圆は息子の言葉に怒りを覚えた。

「十分だ。」
白洛因はそう冷たく言い捨てて車から降りた。



研究室に戻ると、ちょうど助手がカバンを待って出かけようとしている所だった。

「どこ行くんだ?」

白洛因が尋ねると、助手は敬礼した後に、真面目な顔で答えた。
「契約書に署名をして頂くために北京海因科学会社へ行くところです。」

「そうか、分かった。俺が変わりに行く。」

白洛因はカバンを取ろうと手を差し伸べたが、助手は不安そうにカバンを強く握り締めた。

「そんな!隊長、自分に行かせてください。お忙しいのにこんな些細なことで煩わせたく無いんです。」

白洛因はこの子供がなにか隠していると気づいた。どのエンジニアが参加しているのかは知らないが、軍隊での資格が欲しいからと簡単に署名したのだろう。自分はこのプロジェクトの責任者であり、彼が向かおうとしているのは大切な取引先なのだ。

「いや、俺に行かせてくれ。どうせ刘冲の病院に行く予定だったからその次いでだ。お前はパソコンに入ってるデータを統合してくれ。少し厄介だから頭のいいお前に任せたいんだ。」

助手は何も答えなかった。

白洛因は軽く咳をして、語気を強めた。
「何か異論はあるか?」

助手はすぐに姿勢を正した。
「いえ!何もありません!」

「そうか、じゃあよろしくな!」
白洛因は微笑み、覚えた様子の助手の頭を撫でた。



闫雅静は家で問題が発生し、一週間の休暇を取っていた為、顧海の仕事はいつも以上に忙しかった。先日までは感じなかったが、ここ最近は毎日残業していて、顧海は闫雅静の偉大さを感じていた。

午後の会議が終わると、闫雅静から顧海に電話があった。

「顧社長、もうそろそろ戻ります。」

顧海はやっと帰ってくると、密かに安堵のため息をついた。

「近くに居るから、少し会えない?」

顧海は闫雅静の口調がいつもと違うように感じて、僅かに眉を上げた。

「何かあったのか?」

その言葉を聞いて、突然闫雅静の声が詰まった。

「顧海、降りてこれる?会社のドアにいるんだけど入れないの。あなたと少し話したら、またすぐ青島に戻るから。」

「分かった。待ってろ。すぐ降りる。」

顧海が走ってドアまで行くと、闫雅静が赤い目で立っているのを見つけた。ほんの数日で別人の様になった闫雅静を見て、なにかが起こったのだと悟った。

「どうしたんだ?」

闫雅静は顧海に抱きついて、顧海の胸に頭を押し付けると、涙が零れ落ちた。

「お母さんが肺がんになったの……もう後半年しか生きられないってお医者さんが……うぅっ……」

顧海の表情が固くなった。
「大丈夫だ。治療の為にお母さんを海外に送らなくても、何人か海外の内科医専門の医者を知ってる。すぐに連絡してやるから。」

闫雅静は返事を返さずに泣き続けた。



白洛因の車が会社に着き、車から降りると、遠く離れた場所で抱き合っている二人の姿を見つけた。白洛因は心が苦しくなった。長い間こうなるべきだと望んでいたとしても、想像することと、実際見ることでは全くの別物だった。

顧海は闫雅静の肩を優しく叩いていると、後ろから当然声が聞こえた。

「会社の前で何をしてるんだ?社長だと言うのにまるで注意を払ってないんだな。」

顧海の腕が固まり、後ろを振り向くと、白洛因は腕を組んで車のドアに寄りかかり、面白そうに二人の姿を眺めていた。
「何しに来たんだ?」
顧海は闫雅静から離れ、白洛因のに向かって歩き、尋ねた。

白洛因は契約書を顧海に渡した。
「署名を。」

「それなら後でお前の職場まで行くから、その時ゆっくり話そう。」

「今ここで書けよ。話す暇なんてお互い無いだろ。」
そう言うと、顧海にペンを渡した。

闫雅静がいなければ、顧海は白洛因について行ったが、今は隣で泣いてる人がいる為、顧海は断ることが出来なかった。

署名後、白洛因に契約書を渡すと、車の窓に手を置いて静かに尋ねた。
「俺たちを見て嫉妬したか?」

「なにに嫉妬するんだ?」

顧海は悪意を含ませながら口角を上げた。
「教えてやるよ。この美しいうちの女性社員はな、俺の兄がいつまでもいつまでも独身でいるのを哀れんで泣いてるんだ!弟としても我慢ならないよ!」

白洛因は顧海に殺意を向けたが、顧海が挑発して自分を怒らせたいだけだと分かっていた為、反撃しなかった。



帰り道、白洛因は契約書に署名されている顧海の文字を見た。自分と全く同じ字体のその文字はまるで自分が書いたかの様だった。

なにに努力してんだよ!



白洛因は助手に契約書を渡すと、電話をかけた。

「どうしたの?」

姜圆の声が聞こえると、白洛因は深呼吸した。
「女の子の連絡先を教えろ!」

姜圆は憂鬱そうな声だったが、これを聞いた途端、気分が上がった。

「本当に?彼女に会うの?良かったわ!!すぐに送るわね。もし連絡するのが恥ずかしければ、いつでもお母さんが仲介人になるからね!」

電話を切ると、姜圆は興奮して顧威霆を呼び出した。

「顧さん、洛因の上司に連絡して、あの子に一日休暇をあげてちょうだい!」

顧威霆は少し不機嫌そうな顔をした。
「軍だって暇じゃないんだぞ?報告書を死ぬほど書かなきゃいけないんだ。理解出来ないなら首を突っ込むな。」

姜圆の情熱は覚めなかった。
「洛因がやっとお見合いをするって言ったの!!」

しばらく黙っていたが、顧威霆が先に折れた。
「……手配しておくから、気にするな。」

電話を切った後も、姜圆は嬉しくて口が塞がらなかった。