第13話 エスカレートする争い

顧海は会社から出て、駐車場へ向かおうとしていると、白洛因の車を見つけた。

あいつ……

顧海は少し嬉しかったが、それを顔に出すことなく、笑顔を見せない社長のイメージを保とうとして、その顔のまま、白洛因を探しに歩いた。

しかし、その光景を見て顧海の顔が麻痺した。

会社の前は厳しい警備をしているにも関わらず、女性社員は楽しげに男と話していた。しかし重要なのはそこではなく、この男が白洛因であることだ。しかもその女性は最近恋をしていると噂の社員だった。

顧海が一歩一歩近づいてくると、2人の会話が止まった。

狄双は振り返って顧海を見たが、パニックになること無く、むしろ興奮して話しかけた。
「顧社長!私の彼氏の白洛因です。紹介せずとも知ってますよね?最近協力したプロジェクトの責任者です。私と彼が恋に落ちても、これは規則違反ではないですよね?」

顧海は終始白洛因を見ていたが、その視線はオフィスビルの地面まで破壊するほどだった。

「本当なのか?」

「お前は何を言ってるんだ?」
白洛因の暗い目が顧海をちらりと見た。
「俺がお前に嘘をついたことがあるか?」

顧海は突然一歩踏み出して、白洛因の目の前に立つと、鋭い視線が白洛因の顔をナイフのように刺した。喉の奥から無理やり言葉が押し出された。

「お前……死にたいのか……?」

白洛因は顧海の肩を掴んで距離を保つと、悪い笑顔を見せた。

「お前の為なんだぞ?だからもう兄の心配を1日中する必要は無い。安心して仕事に集中出来るだろ?お前が羨ましいよ。社長であるお前以外みんな美しい女性なんだから、選び放題じゃないか。」

そう言うと顧海の目の前で、狄双の手を引いた。
「お前の義姉になるんだ。会社でも面倒を見てやってくれよ。」

狄双は恥ずかしそうに顧海を見た。
「社長、すみません……。」

顧海は2人の手を無理やり引き離したので、狄双は痛みで顔を歪ませた。その姿を見て、白洛因の表情が突然変わった。

「顧海、自分が言ったことぐらい責任を持てよ!」

顧海は暗いままの顔で、一文一文区切って話した。
「なんの責任があるんだか知らねぇが、心の痛みは分かるよ!」

白洛因は苦笑いした。
「心の痛み?そんなものがあるのか?顧社長、おかしくなっちゃったんですか?振り返って自分がどこに立ってるのか見てみろ!お前は権力があるが、誰かの夫なのか!?誰かの父親なのか!?そうじゃなきゃそんなこと言う資格なんてねぇよ!!」

顧海は怒り、車の屋根に白洛因の頭を押し付けた。

「白洛因、お前はクソ野郎だな!!心も捨てたのか!!」

白洛因は激しく抵抗したが、再び顧海に押されたので怒鳴った。
「あぁクソ野郎だよ。お前が8年で俺をクソ野郎にしたんだ!何を言われたって傷つかねぇよ!」

2人は会社の前で口論をし、女性はただそこに立っているだけだった。片方は彼氏で、片方は片思いしていた社長。しかし、狄双は前者を迷いなく選んだ。しかし力が弱すぎて立っていることも出来ず、3メートル離れた場所に投げ飛ばされてしまった。

狄双の泣き声を聞いて、白洛因は喧嘩を止めて狄双の元に行くと、そのまま車に乗せた。それから顧海の視線を受けたまま、去って行った。

心の痛みは、タイヤが回る度に強くなっていく。



次の日、狄双は会社に着くとそのまま社長室へと向かった。

女性社員は全員、鼻で笑うためにその姿を眺めている。

「顧社長。」

顧海は顔を上げ、狄双をちらりと見ると、その目はいつも通りに戻っていた。

「どうした?」

狄双は顧海に退職届を提出した。
「私がもうここにいれないことは分かってます。社長に言われるよりも、自分から離れたいんです。社長、2年間もお世話になりました。この会社でたくさんの事を学べました。でも規則に縛られるのはもう嫌なんです。」

「誰がやめろと言ったんだ?」

顧海は退職届から瞼を持ち上げると、狄双は驚いていた。
「……だって昨日あんなに怒ってたのに、認めてくださるんですか?」

「もう俺はあなたの義理の姉なんだ。認めない理由がないだろ!」
顧海は語気を強めることなく、静かに話した。
「これはこれ、それはそれだ。仕事と私情は混ぜてはいけないだろ。2年間君の仕事を見てきたが、悪い点は何一つ無かった。今副社長の実家で問題が起こってしばらく戻って来れないんだ。彼女の仕事を引き継いで貰えるか?」

狄双は顧海の寛大さに心を打たれた。
私が片思いしていた男は、やっぱりただの男じゃなかったのね!

「よし、じゃあ荷物をまとめて持ってきなさい。」

狄双は嬉しそうに顧海を見た。
「荷物を?……どこに置けばいいんですか?」

「副社長室にはもし早く帰ってきたら片付けるのが面倒だし、ここに持ってきなさい。ここは広いし、ディスクは持ってこさせるから、向かいのオフィスでいいか?」

狄双は驚いて、開いた口が塞がらなかった。
「本当に?……そしたら私は……。」

女性社員の敵になっちゃうんじゃ?

「なんだ、不満か?」
顧海は冷笑した。
「不満なら仮眠室も君のものにしていいぞ。」

「そんなそんな!……とっても満足してますから!」

狄双は社長室から出ると、優越感を感じていた。
幸運過ぎない?
まず無敵の社長を味方につけて、しかも高待遇もしてもらって、周りの女性は全員自分に嫉妬している。

この話は直ぐに社内で急速に広まり、1番反応が遅かったのは当然小陶だった。

他の男と会ってた癖に、次は社長と?
あなたはただ虐められるのを待つだけよ!

翌日、狄双は好奇の目に晒されながら社長室に足を踏み入れると、晴れやかな気分だった。誰もが彼女が仕事を辞めることを期待していたのに、実際は前例がない程の高待遇を受けているのだ。しばらくの間、彼女の噂で持ち切りだった。

最近、顧海はずっと狄双を観察していた。

まず自分の仕事場で彼女が働くように手配し、隣に座って会議を行う。まるで秘書のようにどこにでも彼女を連れ出した。遂にはご飯を食べる時も、休憩時間も彼女を側に置いた。2人は朝も一緒に出社し、夜は一緒に会社を出て、次の日には顧海の運転手が狄双を職場まで送り届けた。



「ねぇ……狄双の何がいいの?なんで選ばれたの?」

「私が知ってる訳ないでしょ。しかももう恋愛辞めたのかと思ってあの子に聞いたら、まだ付き合ってるんだって。」

「本当に?一気に2人の男を?」

「私、こういう女が一番嫌いなの。」

「最低……」

狄双は無数の嫉妬と憎悪の目を向けられながら社長室へと入った。

ほぼ2週間達ち、最初の2日で虚栄心が満足して、それからはただ苦しいだけの日々だった。周りの評価は気にしてなかったが、1番辛かったのは常に監視された状態での莫大な仕事だった。顧海に監視されているせいで休むことも出来ず、彼の視線の下ひたすら働いていたので、勤務中に白洛因に連絡を取ることも出来なかった。

仕事が増えるにつれて、彼女の休息時間はますます少なくなった。毎晩家に帰ると眠くて仕方なく、白洛因に連絡を取りたいのに結局ベッドで眠ってしまう。



その後、遂に我慢が出来なくなった狄双は、トイレの個室で白洛因に助けを求めた。


その夜、顧海に説教の電話がかかってきた。

「義姉に休みをやれ!!」

白洛因がそう言うと、顧海は淡々と答えた。
「義理の姉だからといって休みを与えることは出来ない。お前があの日言ったことが深く心に刺さったんだ。感情的にならず、公私を分けなければならない。お前のおかげで目を覚ましたよ!」

電話を切ると、白洛因は血が出るほど唇を噛み締めた。


顧海はバスルームに向かって、冷たいシャワーを浴びた。



翌朝、狄双は昨日まで苦しんでいたのが嘘のように鮮やかな姿で出社し、満面の笑みで社長室へ足を踏み入れた。まるで "幸せ" と顔に書かれているかのように。

顧海は顔を上げて、狄双の首元に光るネックレスを見た。

ネックレスのデザインを見て、顧海は誰が贈ったものかがすぐに分かった。何年間も白洛因の趣味は変わっていない。

狄双は顧海がネックレスを見つめているのに気づき、頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。
「社長のお兄様から頂いたんです。」

顧海が鼻を鳴らした。
「いつあいつに会ったんだ?」

「会ってません。彼は私の気分が落ちているのを聞いて、昨夜郵便受けにこのネックレスを入れてくれたんです。今朝それを見つけた時は飛び上がるほど喜びましたよ。軍人はロマンスも理解してるんですね……」

狄双はそう言うと先程よりも頬を赤らめた。言葉にならない幸せが溢れ出てしまっている。
……顧海の顔が突然狄双の視界に入った。

「もうすぐ年末になるし、今まで以上に忙しくなる。俺は既にここに2泊してるんだが、仕事が多すぎて終わらないんだ。だから、君も今日からここに泊まって仕事を手伝ってくれないか?」

狄双の顔が突然変わり、顧海の目に緊張が浮かんだ。この言葉を聞いて、彼女は遂に理解した。

「顧社長、あなたの事が好きだったことは認めます。でもそれはもう過去のことです。今、私は心の底から彼のことだけを愛してるんです。ことわざがあるでしょう?兄弟の妻を虐めてはいけないって。顧社長、あなたの気持ちは理解できます。でもごめんなさい……もう私の心はただ一人に奪われてるんです……。」

狄双の斜め上を行く思考回路に、顧海は絶句した。