第14話 感傷的な夜

顧海の会社の目の前にカフェがあり、闫雅静と顧海はそのお店にいた。

「お母さんの状態はどうだ?」

闫雅静は痩せ細り、以前のような光は目の中に無かった。

「ダメみたい。広がってて、治療で治る希望はもう無いってお医者様が。患者の苦しみを軽減させる為に、生活の質を上げてあげなさいって。ここ最近ずっと母の側で暮らしてたんだけど、まるで夢見たいだってとっても幸せそうにしてるの。きっともう自分の状態が分かってるのに、悲しそうに絶対しないの……。」

「もういい。後悔しないようにもお母さんの側にいてあげろ。」

闫雅静は強がって笑って見せた。
「昨日お母さんがね、一生のうちにお前の夫には会えないのかって言ったの。」

「急いで会わせてやんないとな。」
顧海は軽く答えた。

闫雅静は顧海のそのハンサムな顔を見て、2人が共に歩いた数年間を思い出していた。最初は小さな会社が、現在の規模まで広がる中、彼女は求婚者が後を絶たない女性から、残り物の女性になっていた。瞬く間に3、4年経ち、彼女は両親の為にも、プライドを捨て、死ぬ前の願いを叶えようと決めた。

しかし顧海は、この言葉が意味するものが何かを理解していなかった。

たまに出てくる曖昧な言葉が意味することを。

「狄双が副社長ですって?しかも社長室で働かせてるらしいわね?」

闫雅静が静かに尋ねると、顧海は窓の外に向けていた視線を戻して、軽く答えた。

「あぁ。」

「あなた……。」
闫雅静は言いたいことがあったが、言うのを躊躇った。

顧海の視線が再び窓の外へと戻った。


白洛因は車のドアの前に立ち、誰かに電話をかけているようだった。顧海は自分の携帯が鳴ることを望んだが、ポケットの中に静かに収まっているだけだった。



しばらくして、狄双が会社から出てきた。

「今日はどうしたの?電話して直ぐに来れるなんて……。」
狄双は恥ずかしそうに襟に顔の半分を隠していた。白洛因は優しく弧を描いた目で軽く答えた。
「暇な訳じゃ無いんだが、同僚が数日後退院するからそのついでにな。」

「ご飯食べに行きましょう。」
狄双が言うと、白洛因は悲しそうにした。
「まだ仕事が残ってるから直ぐに帰らなきゃいけないんだ。」

狄双は手を擦り合わせた。
「でもここは寒すぎるわ。」

そう言うと顔を上げて目の前のカフェを見て、目を輝かせた。
「あそこで少しだけ話しましょう?」

実際、狄双は顧海が今朝そのカフェに行くと言う話を聞いていたので、意図的にその店を選んでいた。

白洛因は頷き、「行こう。」と答えた。



2人はただ座って、白洛因は時折隣に座っている闫雅静を見ていた。2人の目が合い、数秒間固まると、白洛因が先に手を振った。顧海は口角を上げた後、なんてことないように目を逸らして、テーブルで話しながら笑っていた。

闫雅静は少し驚いた表情で顧海を見た。
「狄双と一緒にいるのはあなたのお兄さんよね?」

顧海は冷静に頷いた。

狄双は突然カバンの中を探って、そこから手袋を取り出すと、白洛因に渡した。

「自分で編んだの。全然休みがないから編むのが大変だったわ!つけてみて、きっと似合うから!」

狄双は意図的にまるでわざと誰かに聞かせたいかのように、声を大きくしてそう言った。

白洛因は手袋を取り、誰かの痛い視線を受けながら、1つずつ手に着けた。手袋は少し小さく、とても厚いので片手につけてしまえば、もう片手着ける事は出来ない。長いこと頑張ったが、自力で着ける事が出来なかったので、着けて貰うために手を差し伸べた。

「ふふふ……」
狄双は頬を赤く染めながら微笑んだ。
「少し小さすぎたかしら?」

白洛因は寛大に微笑んだ。
「大丈夫だよ。そのうち馴染むさ。」

「ずーっと、着けてね!」

狄双は意図的に声を大きくして言ったが、白洛因は黙ったままだった。

狄双は白洛因が何も言わないのを見て、赤い顔を白くさせて彼の隣に座り、ささやいた。
「社長がいるから、うんって言って。」

「あいつの前だから?」
白洛因は疑問に思った。
ーなんでそんな指示をされなきゃいけないんだ?

狄双は近づいて、白洛因の耳元で言った。
「諦めて欲しいの。」

白洛因は顧海をちらっと見ると、氷の様な視線を感じて緊張が走った。狄双は顧海に何を諦めて欲しいのかと考えていると、狄双は言葉をつけたした。
「あなたの弟が私の事を好きみたいなの。」

この言葉は白洛因を驚かせた。
顧海が彼女を?

感情を落ち着かせて、その整った顔に笑顔を浮かべた。
「考えすぎだろ?あいつは彼女と座ってるんだろ?」

「誰!?」
狄双は声を荒らげた。
「あの人は本当に私にそう言う感情を抱いてるの!2人は会社でずっと一緒にいるけど、そんな噂聞いたことも無いわ!しかも2人は全く恋人同士みたいじゃないし、社員は誰も2人が恋人だと思って無いわよ。」

白洛因は突然何かに気づいて、頭を振ると、顧海が真っ直ぐこっちを見ていた。

闫雅静もこっちに顔を向けて、静かに微笑んだ。
「狄双が羨ましいわ。」

「あれが羨ましいって?」
顧海の顔は冷たい氷で覆われている様だった。

闫雅静は意味深に顧海の事を見つめた。
「あんなに大胆に好意を伝えられるなんて、私には出来ないもの。」

顧海は冷笑した。
「お前はあの子よりも幸せなんだから、羨む必要なんて無いだろ!あの子は他人に物を贈っただけだろ?それなら今日は俺がお前にプレゼントしてやるよ。」
そう言うと指から指輪を外した。
「これは9年間着け続けてたやつなんだ。でも今日、お前にやるよ。」

闫雅静は驚いて顧海を見た。

顧海は冗談を言うつもりは無く、真っ直ぐ手を伸ばし、闫雅静の指に指輪を着けた。

白洛因は心の中で戦闘機に乗っていた。45度から90度へと角度を急変して、地面に激突し、粉々になった。

彼は狄双に顔を向けたが、声を聞いて感情が消えた。

「ほら、もう羨む必要なんて無いだろ?」



夜に軍に戻っても、白洛因は研究を続けるつもりは無く、就寝前に各寮の視察へと向かった。現在入隊している新規兵は90人程で誰もが高学歴である。実家では甘やかされて育ち、軍は罰則を禁止した為、規則管理は以前よりも厳しくなった。真面目な新規兵も居るが、しかしここに来て日が浅く、慣れていないこともあり、白洛因は頭を悩ませていた。

遠くない所に2つの影を見つけたが、足音を聞いて瞬時に西へ逃げてしまった。

白洛因は急いで追いかけ、数秒後には腕を片手で拘束し、彼の職場へと連れて行った。

「どの寮の何班だ?」

2人が白洛因の冷たい目を見た時、怖くて足が震え、報告することも出来なかった。

「何をしてたんだ?」

そのうちの1人は怖がりながらタバコをポケットから取り出し、白洛因に差し出した。
「……隊長もタバコを吸われますか?」

白洛因はこのように罰則から逃げようと、自分の罪を認めない人間を最も軽蔑していた。実は見つけた瞬間、白洛因は彼らが何をしたのかは知っていたので、尋問は態度を見る為に過ぎなかった。

「なんで2人は隠れてタバコを吸ってたんだ?」

白洛因が再度尋ねると、この子供は同じように言い訳をして誤魔化そうとした。
「違います!これは貰った物で、ただポケットに入れていただけで吸ってません!」

白洛因が静かに立ち上がると、2人の怯える視線の下、タバコの吸殻を灰皿からコップに注ぎ、混ぜて2人の前に差し出した。

「飲み干せ。」

1人の兵士の目に恐怖が広がった。
「それは罰則ですよ!」

「好きに訴えろよ。」
白洛因の声は低く、沈んでいた。

恐怖に怯えた兵士が懇願し始めた。
「隊長、本当に吸ってないんです。部屋に居るのもつまらなくて、風に当たりながら話していただけです!本当にこれを飲んでもいいんですか?見てて罪悪感が生まれますよ!」

「それを飲むか、除隊されるか。自分で選べ。」

それ以来、2人は完全に禁煙した。



白洛因は朝2時まで働き続け、スマホを見てみるともう日付を越えていた。不眠症になったのか眠ることが出来ず、ベッドに身を投げても身体は休みたがっているのに、頭は休もうとしてくれない。

電話が鳴り、白洛因は習慣的にベッドから起き上がり、緊急の仕事かと思えば、電話をかけてきたのは顧海だと分かった。

突然心が沈んだが、まだ受け入れられる程度だった。

「白洛因、8年間俺の事を考えたことがあったか?」

白洛因は毛布を強く握り込んだ。夜は静か過ぎて嘘をつくことも出来なかった。

「………ずっと、考えてたよ。」

しばらくお互い何も言わなかったが、突然話した。
「8年前の今日、サンザシ飴で喧嘩したことを思い出して後悔したんだ。あれが最後の言葉になるなら、お前にあんなこと言わなかったのに……。」