第16話 突然に

翌日、結婚することを顧威霆に伝えた。

顧威霆は顧海が報告もせず勝手に決めたとしても、幸せそうだった。そして相手の事についても何も聞かず、ただ頷いた。息子は背が高く顔もいいのに浮いた話も無かったので、いつ結婚するのかと心配していた。その女性が息子と結婚するのと決めたのなら、どんな女性であれ、顧威霆は喜んで受け入れた。

顧海は顧威霆の幸せそうな笑顔を久しぶりに見た。

白洛因が海外に行った訳ではなく、入隊したと知った時から、顧海は顧威霆にそれについて問いただそうとしていたが、聞くのをやめた。父は見た目には出ていないものの歳をとり、それは息子に対する態度へ反映されている。顧海はどれだけの間、顧威霆に怒鳴られていないのか思い出せないほどだった。
12月26日、顧威霆と姜圆は闫雅静の両親に会った。

闫雅静の母は相手の家族にいい印象を持ってもらう為、病院を出る前に化粧をした。しかし顔色の悪さまでは隠すことが出来なかった。
闫雅静の父親も山東省の高官であり、顧威霆に会ったことがあったが、それも数年前の話だったので、お互いに覚えていない。

お互いの家族は笑顔でテーブルを囲んだ。

顧海はまず、闫雅静の手を取り立ち上がって、顧威霆と姜圆を見て言った。
「俺の彼女の闫雅静です。」

闫雅静は丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。」

「驚いたわ。こんなに美人さんを捕まえたのね。」

姜圆が笑顔でそう言うと、闫雅静は少し恥ずかしがった。
「ありがとうございます。お義母様。」

顧威霆は将来娘になる闫雅静に親切なことを言おうとした。
「うちの息子は才能もなく、真っ直ぐすぎるので感情のコントロールが出来ないんだが、それはあなた次第だ。これから2人が共に生活する中で、喧嘩をしてしまうかもしれない。その時、あなたが寛大であることを願ってるよ。」

「顧さん、謙虚すぎますよ。うちの娘が小海と結婚できるだなんて、幸せすぎるくらいなんですから。」

闫雅静の父はそう言うと、闫雅静に目を向けた。

「この時代の子は1人でご飯も炊けない様な女性が沢山いますが、うちの子は小さい頃から家事に慣れてます。あなた方が娘を嫌がらない限り、私はただ祝うだけですよ。」

闫雅静の母はこれを聞いて笑顔で頷いた。

闫雅静も顧海を両親に紹介すると、顧海は身を乗り出して闫雅静の父にワインを注ぎ、軽く会話をした。闫雅静の父は義理の息子に満足した。軍人の息子にふさわしい身振りで、臆病でも傲慢でもなく、適切に話し落ち着いて行動する。そんな男に娘を託すのだから、なにも心配することは無かった。

ご飯を食べている時、姜圆は顧威霆に言った。
「ねぇあなた、見てよ。本当にお似合いよね?」

顧威霆は笑うだけでなにも言わなかった。

闫雅静の父は顧威霆に尋ねた。
「もう1人息子さんがいらっしゃるんですよね?」

「えぇ。うちの子は戦闘機のパイロットをしてるんです。今年26になるんですが、もう少佐なんですよ。」

顧威霆の代わりに姜圆が答えると、闫雅静の父は二人に嫉妬深い視線を投げた。

「その息子さんはもうご結婚を?」

「……してないんです。」
姜圆は躊躇いながらそう言って、再び微笑んだ。
「でもすぐですよ。もうすぐ。」

顧海の目から光が消えた。

闫雅静は冗談を言うように話した。
「結婚を急いでらっしゃるの?一気に2人もだなんて大変だわ。」

「急いでる訳では無いんです。息子は仕事が仕事ですし、生活も不安定だから後回しなんですよ。そんな事よりも小海の結婚の方が大切だわ!遅れてしまってはダメだものね。」

「えぇえぇ。私もこんな身体ですから、早く娘を送り出したいんです。」

「娘さんが結婚する幸せな姿を見たら、病気も治るかも知れませんものね!」

お互いの家族は笑顔で会話をしていたので、テーブルには幸せが溢れている。闫雅静が顧海のお皿に料理を乗せる幸せそうな夫婦の姿は、演技だなんて誰も疑わなかった。

顧威霆は久々にお酒を飲んだので、トイレに行くまで顧海に助けて貰った。

2人が手を洗っていると、顧威霆が突然息子の名を呼んだので、顧海は顔を向けた。

顧威霆の目にはいつもの鋭さは消え、口調は酔っ払いそのものだった。

「父さんはお前が8年間苦しんでたのを知ってるんだ……。」

顧海の手が止まり、止めるのを忘れた水は、まるで何年にも渡る永遠の悲しみと希望を流すようだった。

「父さん、飲み過ぎだよ。ほら行くぞ。」

「飲んでなんかないぞ。」

顧海は手を振って違うと繰り返す顧威霆を無理やり引っ張っただけで、今は何も言えなかった。



すぐに28日になった。

今朝早く、闫雅静は化粧室に連れて行かれ、長時間の準備を始めた。彼女が化粧室から出てきた時、周囲から歓声が上がった。その声の多くは招かれた女性社員からのもので、彼女はカメラを急いで用意して闫雅静を撮り続けた。撮影が終わると会話し、式場全体が賑やかになった。

10時を過ぎると、招待客が次々とやって来た。

顧海は入口の近くに立ち、幼なじみの友人や先輩などと挨拶を交わしていた。
彼はただ1人を待っていたが、待っている間は苦虫を噛み潰したような気持ちだった。なにを言えばいいのかも分からないのに、なぜ待っているのかも分からず、それでも頑固に待ち続けた。

馴染みの2人が顧海の視界に写った。

顧海の目は熱くなり、心の準備をしていたのに、白漢旗と邹叔母さんを見ると、呼吸もままならなくなった。白漢旗は明らかに老いていて、歩く時は背中が曲がっていたが、それでも笑顔は昔のままだった。邹叔母さんはいつもと変わらず、白漢旗の側に立ちながら、時折緊張した表情を見せていた。

遠くにいる顧海を見つけて、白漢旗の歩みが止まった。

昔は自分のことをおじさんと呼んでいたただの子供が、スーツと革の靴を見に纏い、彼の前に立っている。あっという間に八年が経ち、息子は彼の夢を追わせる為に入隊し、トンネルで飢えていた息子は、結婚式場に立つほどになった。

顧海は白漢旗の元まで歩いていったが、少し調子がおかしかった。

「おじさん、おばさん。来てくれたんですね。」

邹叔母さんは驚いて顧海の腕を掴み、呆然と見つめていると、振り返って白漢旗を見た。

「この……これが本当に大海なのかい?」

「何を言ってるんですか。誰の結婚式に来たのか思い出してください。」

それでも邹叔母さんは興奮して言った。
「あらまぁ、こんなに変わったのねぇ!全然分からないわ!あんたはまだ私の中じゃ毎朝朝食を買いに来る高校生だったのに、自分の会社を持つほど大きくなったものね!」

白漢旗は顧海の肩を撫でて、元気に言った。
「息子よ、おじさんは嬉しいぞ!」

顧海は八年前、白漢旗に告白した時、今と同じ様に肩を撫でてくれたのを覚えていた。しかしその時、彼はなにも言ってくれなかった。

顧海は彼の気持ちを受け止めて、2人を式場内へと連れて行った。

途中、顧海が何気なく尋ねた。
「孟通は来ないんですか?」

邹叔母さんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「高校でもうそろそろ期末試験の時期でしょう?追試を受けない為にも来させなかったの。」

顧海は目の皺を深くさせた。彼の中では今でも孟通は、一日中自分にくっついて回り、お兄ちゃんと呼ぶ小さな子供のままだった。

「そうですか。おじいちゃんとおばあちゃんは元気ですか?」

顧海が尋ねると、白漢旗は軽く答えた。
「一昨年に一人、去年一人亡くなったよ。」

顧海の心は沈み、尋ねるのをやめた。

彼はいつも覚えている。白おじいちゃんは馬に乗るのが好きで、いつも手巻きタバコを咥えて、少しずつ煙を吐き出していた。彼の前を歩いた時、タバコを一本くれたが、一口吸ってみるとすごく辛かった。白おじいちゃんは顧海が何か言うと、欠けた歯を見せて笑っていた。



白洛因は顔を洗うと、軍服に着替え、鏡の前に立ち気合を入れた。

車が彼の為に用意され、運転手が外で待っている。白洛因はさりげなくテーブルの招待状を手に取って、静かに"顧海"の2文字を見ると、重い足取りでドアへと向かった。

外は骨が凍るほど寒かった。

白洛因が車に乗り込むと、突然知っている2人が慌てているのを見つけた。

そのうちの一人を捕まえた。
「そんなに急いでどうしたんだ?」

「緊急任務だよ。聞いてないのか?」

白洛因が答える前に、2人は去ってしまった。

「ちょっと待っててください。」

白洛因は財布を運転手に投げて、2人の後を追った。

「現在、敵機が我が空域に不法侵入している。それらを迎撃する為に2つの戦闘機を送り込まねばならない。しかし敵機の飛行速度と性能に正確な情報が一時的に入手不可能になっている為、とても危険な任務となる。これは己を試す時だ。他には何も言わん。遺書を書け!」

彼らの顔は突然色を変えた。彼らは毎日訓練を行っており、戦闘演習も豊富に行ってきたが、実際に死を前にして頷くことが出来なかった。

「命令に違反するのか?」
参謀長の顔が急に沈んだ。

彼らの心はそれ以上に深い谷底へ沈んだ。

すると突然、後ろから声がした。

「私に行かせてください。」

参謀長は目を細め探すと、それほど遠くないところに白洛因が立っていた。

白洛因の顔は異常な程に穏やかだった。

「私に行かせてください。そうすれば遺書を書く必要もありません。」