第21話 与えられ続ける危険
2人はその硬い地面で3日間過ごし、その間、捜索用の2機のヘリコプターが飛んだが、低空で飛ぶだけで見つけてはくれなかった。リュックの中の食料も尽き、白洛因はここから離れることを決めた。多少のリスクはあるが、ここで座ったまま野垂れ死ぬよりはマシだ。
最初に沼を通ろうとした時、問題が生じたが幸いにも2人なので、なにかが起こったとしてもお互いを助けることが出来る。最も危険な場所を通過したので、状況は比較的マシになった。進むスピードは遅いが、基本的には上手くことが進み、それ以上辛くなることは無かった。
2人は引きずりあって、顧海は足を片足ずつ出した。
それから3日後、顧海の車が停まっていた場所に辿り着いた。しかし、タイヤの跡はあるのに車はない。
顧海は唇を噛み締めて、終わったと思った。これではあと2日はかかってしまう。
食料も底をつき、この2日は水だけで過ごした。運が良ければ動物も捕まえられたが、乾いた木が無いので殆ど生で食べていた。それ以外は雑草を食べて過ごしている。
「もう嫌だ。腹が減りすぎて胃が痛い。」
白洛因は振り向こうとしていたが、顧海が彼を掴んだ。
「戻っても周りには沼しかないだろ。危険な状況になったらどうするんだ?もうお前のことを助けらんねぇぞ。」
「お前の目の前に居るよりかは沼に埋まった方がマシだ。」
顧海は歯を見せて笑った。
「じゃあ俺が骨を拾ってやるよ。」
白洛因は姿を消した。
顧海が待っていると、5分にもならない時にそう遠くない場所から白洛因の助けを求める声を聞いた。
何かあったのか!?
顧海は走って声の聞こえた場所へ走った。周りを見ないで走ったので何度か沼に落ちそうになりながら、白洛因の方へ何度も叫んだ。
「焦るな!横なって沼に接する面積を増やせ!」
やっと白洛因の近くに辿り着くと、彼は悲しそうな顔で地面にしゃがんでいただけだった。
「どうしたんだ?」
顧海が額の汗を拭きながら聞くと、白洛因は顔を伏せて答えた。
「……出ないんだ。」
顧海はなにも言えなくなるほど笑った。
ただの便秘でこんなに悲しそうな顔をするのかよ。
「そりゃ3日間雑草と樹皮しか食べてないんだから出てくるわけねぇだろ。」
そう言うとしゃがんでいる白洛因の側へ寄った。
「手を離せ!」
「な、何をするんだ?」
顧海は胃のあたりに置いていた白洛因の手を離して、そこに自分の手を置いた。腸のあたりを強く揉みながら声をかけた。
「お前本当に上に立つ人間なのかよ!部下に自分の隊長がどれだけ弱虫なのか見してやれよ!」
白洛因は眉をひそめながら、突然顧海のことを押した。
「来る!はやくどっか行け!」
利用価値の無くなった顧海はすぐに離れた場所へ行かされた。
顧海は地面に座りながら白洛因を待っていると、突然空から音が聞こえて、瞼を開いて見上げると、ヘリコプターだった。ヘリコプターのパイロットが目に入ると、顧海の頭上から離れ、10メートル先へと着陸した。
顧洋はヘリコプターから降りると、顧海の元へ走った。
「どうやって来たんだ?」
顧洋の表情は穏やかだった。
「事故があったんだろ。」
白洛因は満足そうな顔で2本の木を通り過ぎると、そう遠くない場所に2人の姿を見た。幸せになるのもつかの間、1人の顔を見て上がりかけていた口角が途端に下がった。
顧洋は白洛因の顔を見た瞬間、目が凍った。
白洛因は2人のそばに寄り、じっと立っていたが急に口を開いた。
「……行こう!」
そう言うとヘリコプターに向かって歩き出した。
なぜだか分からないが、顧洋は白洛因が冷たい顔で隣を通り過ぎるのを見て、その顔が嫌そうで無いことにがっかりしていた。
白洛因はヘリコプターに乗ると、まずパイロットに尋ねた。
「どれくらい飛んでたんだ?」
「ほぼ一晩中は飛んでましたね……。」
パイロットがあくびを噛み殺しながらそう言うと、白洛因ら彼の肩を叩いた。
「じゃあ俺と変われ。」
そう言うと直ぐに操縦席へと座った。
顧海と顧洋がヘリコプターに辿り着くと、白洛因とパイロットの場所が変わっていた。もちろん2人は後ろに座っている。
誰もが黙り込んでいたが、突然白洛因が尋ねた。
「タバコあるか?」
顧洋はポケットからタバコを出すと、何も言わずに白洛因に渡すと、直ぐに1本とって口に咥えた。
ボッ!っとライターの音が鳴った。
白洛因は顔を向けて、顧洋の手首を掴み、彼の持つライターでタバコに火をつけた。
「ありがとう。」
白洛因は煙を吐き出しながら、窮屈そうに笑った。
突然の笑顔に顧洋の心は震えた。心を落ち着かせている間に、白洛因は前を向いた。白洛因の吐き出した煙が首にまとわりつき、機内全体に煙が充満した。
白洛因はヘリコプターを軍には戻さ無かったが、平らな地面へと着陸した。
隣のパイロットは驚いて白洛因を見た。
「どうしました?ヘリになにか問題が!?」
「そうじゃない。」
白洛因は軽く答えた。
「俺はここで降りる!」
「えっ……。」
当然パイロットは混乱した。
「あな、あなたは軍に報告をしに行かないんですか?」
白洛因は冷たい視線をパイロットに向けた。
「俺は今休暇期間中なんだ。なにを軍に報告するんだ?」
「そんな……す、少なくとも上官に安全を報告すべき……ですよ………。」
パイロットの声がどんどんと小さくなっていった。
「お喋りが好きみたいだな?」
白洛因の冷たく低い声を聞けば、訓練されたパイロットは反論が出来ない。
顧洋は顧海に視線を向けた。
「こっちを見るなよ。俺は軍の人間じゃないんだ。」
顧海がそう答えると、顧洋は不機嫌そうな視線を外した。
パイロットは顧洋に目を向けて助けを求めたが、顧洋は何も答えず出て行った。
パイロットは目を見開いた。
なんで出ていったんだ?
俺は捜索を依頼されたんだよな?
……人だよな?
隣の空っぽになった操縦席を見て、足と胸を叩いた。
俺は何をやってるんだ!
2人を持ち帰って三等に昇格しなきゃならいのに、ただ座ってくつろいでただけじゃないか!
くそっ、こんなんじゃ昇格どころか降格だ!!
2人は肩を並べながら歩いていると、白洛因は何かがおかしいと感じた。
「……なんでついてくるんだ?」
顧海は冷たく鼻を鳴らした。
「俺がついて行ってるって?こっちに用があるだけだ。」
「へぇ……どこに行くんだ?」
「お前の家。」
白洛因が黙り込むのを見て、顧海は急いで説明した。
「お前の今の家じゃなくて、前の家だよ!」
白洛因の顔色が変わった。
「前の家に行ったって誰もいないぞ?誰かに会うのか?」
「違う、見に行くだけだ。」
道を曲がる時、白洛因は躊躇って足を止めた。
「俺も一緒に行く。」
「お前は家に帰って安全を報告しないとダメだろ?」
「いい。どうせ父さんは何が起こったのか知らない。大きな任務がある事を軍は家族に隠すんだ。俺が本当に行方不明になっても半月は報告が行かない。」
顧海はそれを知っていたが、白漢旗はきっと気づいていると思っていた。
2人は一緒に家に帰ると、庭のナツメグの木は切られ、枯れた草だけが残っていた。窓とドアは鍵がかかっていて、木の柱は腐り、タイルは欠けていて、なぜだか悲しくなった。顧海はまだ初めてここに来た時のことを覚えたいた。あの日は白洛因が白漢旗とパンツの事で喧嘩した日だった。
顧海は白洛因の寝室のドアを開けて、全てが懐かしく感じた。床に掘った穴すらも恋しく感じる。無理やりくっつけた変なダブルベッドも、かつて彼の足に落ちた時計すらも……
白洛因は祖父母の部屋のドアを開けた。
小さな正方形のテーブルに置いてある漬物の皿、隅に置いてある松葉杖、2人が肩を寄せあって座っている姿……
顧海はドアの外に立ちながら、白洛因の真っ直ぐな背中が寂しく見えていた。白洛因が跪いて祖父の足を洗い、その後口を拭く姿は決して忘れることは無い。貧しくも暖かい心を持つ少年の姿を忘れられるわけが無い。
「2人の墓参りをしよう。」
顧海がそう言って白洛因が振り向くと、その顔は悲しげだった。
「いい。お前の家族じゃないだろ?俺の、おじいちゃんと俺の、おばあちゃんの墓参りだ。」
顧海は微笑んだ。
「俺はおばあちゃんの翻訳者を1年もしてただろ!」
白洛因は顧海に視線を向けて、そばに寄ると口角を上げた。きっと過去に起きたたくさんの事を思い出していた。
2人が外に向かって歩いていると、突然の白洛因の足が止まった。
顧海も足を止めると、ドアの隣に置かれていた杏の木は切り取られていないことに気づいた。
「なんでこの木は切られなかったんだ?」
顧海が尋ねると、白洛因は軽く言った。
「アランの木だ。」
「いつ死んだんだ?どうして?」
「何年前にな。原因は老死だよ。俺が戻って来た時には埋められてた。」
白洛因の声は悲しさに満ちていた。
顧海は安心させるように声をかけた。
「何年間もこいつは俺よりもお前とキスしてたんだ。十分生きたよ。」
白洛因は引いたように外へ出て行った。
2人は墓地に着くと、それぞれの花束を持って祖父母の墓石の前に置いた。
白洛因は顔を暗くしながら話した。それが顧海に向かってなのか、自分自身になのかはわからない。
「おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなった時、俺はそばに居てやれなかった。」
「それで良かったんだよ。家族が死ぬのを目の前で見たら一生忘れられないからな。」
白洛因は祖父母の墓の前に立っている間、常に心は重かったが、顧海が隣にいたからなのかそれほど痛くは無かった。
顧海は隣にいる白洛因に向かって声をかけた。
「じいさん、ばあさんごめんな。俺が2人の前からこいつを離したんだ。孫の顔がもっと見たかったよな……」
「おじいちゃんとおばあちゃんの前で何を言ってるんだ?」
白洛因は心配になって言葉を遮った。
「止めるなよ!まだ言い終わってないだろ!」
顧海はまた顔を向けた。
「墓の下で安心に過ごせないなら、孫を傷つけた俺を恨んでくれ。けど、どれだけ恨もうが俺はこいつと生きていく!」