第25話 一歩一歩
顧海はエレベーターから降りると、白洛因に向かって一歩一歩まっすぐ進んだ。
会社の前に集まっていた女性社員たちも、顧海の姿を見つけると、一瞬で家に帰るのを思い出したように四方八方へと散った。
白洛因は未だ車に寄っかかっており、その姿はかっこよくて目を細めなければ見ることが出来ない。
顧海は白洛因の前に立ち止まると、ほとんど顔がくっつくほど近かった。
「何してんだよ。」
顧海が尋ねると、白洛因は自然に彼の肩に手を置いた。
「何もしてねぇよ。ただ休んでタバコを吸ってただけ。」
「偶然だなぁ。」
顧海はわざとらしく笑って白洛因のことを見た。
「毎日毎日ここで休んでんのかよ。」
「綺麗な人がたくさんいるからな。」
白洛因はタバコに火を付けた。
顧海は白洛因の口からタバコを奪い、咥えると、白洛因の隣に並んで会社を眺めた。
「もうここに来んな。」
「公共の場所なのになんで来ちゃダメなんだ?それにお前のために来てる訳じゃない。独身だから結婚相手を探してるんだ。」
顧海の吐いた煙はまるで凍ったようだった。
結婚相手だ?
隣に俺がいるっていうのに何を言ってんだ?
「探したってお前に見合う相手はいねぇよ。全員プライドが高いし、しかも家事なんて出来ないし、それに……」
顧海はそのままどれほどここの女性社員がふさわしくないのかを語っていたが、白洛因の返事がないことに気づき振り返ると、誰のかも分からない少なく見積っても50はある名刺を見ていた。まるでドラフトのように一枚ずつ確認している。
顧海は名刺を全て奪うと、何も言わずにポケットの中へ仕舞った。
白洛因は楽しそうに笑って顧海を見た。
「顧社長、自分の社員の名刺を持ってどうするんだ?」
「うちの社員の誰が馬鹿なのかを確認するんだよ。」
白洛因は静かに煙を吐き出して、困ったような顔をした。
「うわ、なんでこんなに今日のタバコは不味いんだろ。」
顧海は白洛因を見て、楽しそうな顔を眺めた。
白洛因は車のドアを開けた。
「ほら、早く乗れ。飯。」
今日は飯も作らねぇし、家にも入れてやんねぇからな!
しかし白洛因は車に乗らず、向かいのファミレスへと歩いて行った。
「どこ行くんだ?」
「今日はここで食べる!」
白洛因の足がドアの前で止まった。
「そのカフェにお前の好きな料理はねぇぞ。」
白洛因は振り返り、口角を上げた。
「そりゃお前ん家に行けば好きな料理ばっかだけど毎回お前ん家で食べなくてもいいだろ?お前に会いに来てるんだけなんだから、たまには別のを食べよう。」
そう言うと、前を向いて行ってしまった。
顧海は歯を食いしばった。
白洛因、まだ俺に我慢をさせるのか!
白洛因が料理を注文していると、顧海が仕方なさそうに入ってきた。
「顧海は自分で作れるだろ。なのになんでここに?」
「うるせぇ!」
「すみません、お皿をもうひとつください。」
しかし、顧海は白洛因の隣には座らず、ひとつ開けて座った。
顧海、そんなに嫌なら来るなよ!俺と一緒にいなきゃいけないことないだろ!
あと2日で軍に戻らなきゃいけないって言うのに、まだそんな態度なのか?
ウェイターは白洛因の席に寄って、白洛因を見て、それから顧海を見た。
「えっと……いります?」
「あぁ、そこに置いてくれ。」
顧海とは真逆な場所に置かせて、まるでそこに誰かがいるかのようにした。
2人は別々のテーブルに座り、他には誰もおらずなにも話さなかった。顧海はここの料理が食べなれなかったが、もう置かれてしまったので仕方なしに食べた。
「ほら食え、これ美味しいぞ。」
白洛因の声が突然聞こえて、顧海は箸を止めて振り返った。
その光景を見て、顧海は穴という穴から血が吹き出しそうだった。
白洛因は1人で食べていて、反対側には誰もいないというのに反対側に置いた皿におかずを入れ続け、まるで重症の精神患者のように話しかけた。
「なんだ、魚の骨が取れないのか?いつも取れてるのに……俺がやってやるよ。美味しいか?こっちも美味しいぞ?……あーもう顎についてるじゃないか。拭いてやるよ。」
体が凍ったように周りが冷たくなり、周りの人々も可哀想な目で白洛因を見ていた。
「ねぇ、あんなにイケメンなのに精神病なのかしらね。」
「そうよ。きっと過去になにかがあったのよ。」
「その人は死にましたよって言ってあげたいわ……」
顧海は飲み込んでいなかったものが喉に詰まるほど動揺した。
すると、突然白洛因が話し出した。
「顧海、その料理美味いか?」
顧海の顔が真っ黒になるほど暗くなった。
白洛因、おじさんに言いつけてやろうか!?
俺は死んでねぇよ!!
顧海は耐えきれなくなって白洛因を車に連れて行ったが、それでもまだ見えない誰かに幸せそうに話しかけ続けた。
顧海は白洛因を後部座席に押し込むと、彼の腹を擽り続けた。
白洛因は擽りから逃げるように暴れ回って、助けを求めた。
「やめろ!ごめんって!それ以上やったら吐く!」
顧海が手を離すと、白洛因は座った。呼吸が整うと顧海を見ると、幽霊のような目で見つめられていた。
白洛因は笑わざるを得なかった。
顧海は大きな手で白洛因の頬を挟んで、口をアヒルのように尖らせた。それでも白洛因はまだ笑っていて、しわくちゃな口はニヤリと曲がり、頬は変にシワができていておかしな顔だった。
顧海は白洛因のソレに手を伸ばそうとしたが、白洛因が脚を閉じて守ってしまった。
顧海に口を塞がれた感覚がすると、突然頭を拗られ、その唇は耳に触れた。白洛因は震えて抵抗しようとしたが、顧海に脚を押さえられてしまっていて動けなかった。
やっと、8年ぶりに唇を重ねた。
勢い余って歯もぶつかってしまっていたが、それでも圧倒的な幸福感が身を包んだ。
少し目を開くと、通過していく車のライトがお互いの顔を照らしていた。柔らかな舌がお互いの唇を撫で、高まった興奮を抑えることはもう出来なかった。
白洛因の眉が少し歪んだ。
「胡麻の味がする。」
顧海の舌が白洛因の口の端を舐めると、また嬉しそうに言った。
「干しエビの味だ。」
白洛因が文句を言う前に唇を塞いで、舌を絡ませると、白洛因も従って絡ませ顧海の口の中に舌を押し込んだ。2人の呼吸が荒れ、顧海は白洛因の体を手で這い始めた。白洛因は涼しくなったのを感じていると、突然熱くて大きな手が触れた。
白洛因はその手を掴んで、からかうように言った。
「社長さんは会社の前でふしだらな行為を見せつけるのかよ。」
「社長だ?もう1回社長って言ってみろ!お前の舌を噛みちぎってやる!」
「待てって、本当にここでやんのか?」
白洛因は顧海が怒っているのを見て怯んだ。
顧海の手が強く白洛因の腰を掴んだ。
「嫌なら抵抗してみろよ。」
2人は車の中で騒いだが、十分なスペースがなく、顧海は騒ぐのをやめて白洛因を抱きしめた。白洛因の肩に顎を乗せて、彼の耳に熱を吹きかけた。
「一緒に帰ろう。」
顧海が言っても、白洛因は折れなかった。
「嫌だ!」
顧海は白洛因の耳を撫でながら優しく尋ねた。
「どうして来てくれないんだよ。2日間俺の後を追ってただろ?今だってお前から誘ってきただろ?」
「あれだよ!あの、ほら、軍人は決めた人とじゃないと!」
「俺が腕を広げて待ってたって、お前は来ないのか?」
白洛因はしばらく黙っていたが、少し経つと口を開いた。
「……嫌だ。だって、お前言うことあるだろ。」
顧海の心は折れ、歯を食いしばりながら言葉を投げた。
「好きだ。」
白洛因の深刻そうだった顔が途端に明るくなった。
「早くお前ん家に飲み行こう!」
顧海は心の中で微笑んだ。
もうお前が泣こうが喚こうがベッドに連れてくからな!