第30話 汚い小さな

午後の間、白洛因は唾を飲む暇もないほど新しい戦闘機の修理をしていた。帰ろうと外へ出ると、来た時に昇っていた太陽は姿を隠し、真っ暗になっている。体の疲れを感じながらも、プロジェクトの進行状況を確認するために研究室へ向かった。

寮に戻り白洛因がスマホを開くと、8件ほど不在着信が入っていた。

あぁ、もう8時だから夕飯が届くのか!

白洛因が急いで門まで出ると、知った顔が立っていた。その男の肩を叩けばすぐに振り向き、両耳は寒さで赤く染まっている。

「ずっと待ってたのか?」

顧海に雇われている配達業者の黄順は、顧海が忙しくて来れない時に代わりに来ている。

「いえ、30分だけですよ。顧さんは今日も残業で作るのが遅れたみたいです。」

そう言うと車のドアを開けて、弁当を取り出し白洛因に渡した。

白洛因の顔には嬉しさが溢れている。
「こんなの頼んで悪いな。」

「そんな!これが仕事ですから。」

「話はつけておくから、俺の部屋で休まないか?」

「いえ。」
黄順は手を振って断った。
「私も家に帰ってご飯を食べなきゃいけないので。」

白洛因は財布からお札を数枚出すと、黄順のポケットに入れた。
「待たせてしまったからな。」

黄順は急いで白洛因の手を押した。
「ダメですダメです!……こんなに貰えませんよ!既に顧さんからお金は頂いてますから……」

「貰ってくれ!」

白洛因は無理やりお金を黄順のポケットに押し込むと、振り返って去ってしまった。

黄順は追いかけたかったが白洛因の足の速さに追いつけず、諦めてお金を受け取り軍を後にした。



白洛因が研究室へ弁当を持っていくと、ドアを開けただけで数人のエンジニアが話をやめて駆け寄ってきた。白洛因は自分のいた場所へ戻り、弁当を食べながら資料を確認した。

顧海の弁当を食べている時間が、白洛因の中で1番リラックスしている時間だった。弁当を開ける瞬間が毎日楽しみで仕方がない。顧海が用意した弁当は、ここ2週間具が同じだったことは1度もなく、毎日違う美味しいものばかりだった。しかもその殆どは、白洛因の食べたことの無い顧海の新しいレパートリーだった。

食べながら働けることは、白洛因にとってこれ程楽しい瞬間はない。

白洛因と1番仲の良いエンジニアである甘佛強は白洛因が弁当を食べている姿を毎日見ていた。しかも1番近くに座っているため、美味しそうなご飯の香りは狂ってしまいそうだった。

「んんっ!……小白!」

甘佛強は声をかけずにはいられず話しかけると、白洛因が顔を向けた。

「なんだ?」

「それどこで買ってるんだ?なんでそんなに美味しそうなんだよぉ……」

甘佛強が首を伸ばして覗き込むと、白洛因は口角を上げて得意げに話した。

「中国で俺しか食べれないんだ。お前には一生買えねぇよ。」

甘佛強が白洛因の人間味のある嬉しそうな顔を見るのはこれが初めてだった。そして気づいた、白洛因は食通であると。いつもであれば何にでも無関心な彼が弁当1つでこんなにも嬉しそうに笑い、しかも話しかけても無視しない。

「1口だけでいいからくれよ!」

甘佛強が身を乗り出せば、白洛因は背を向けて明らかに拒否を示した。

「白隊長ケチすぎるだろ!なにも全部くれって言ってないんだ!な?1口だけだから!」

「やだ!」
白洛因の表情にも態度にも冗談を言っている様子はない。

「なぁ小白、じゃあさ金渡すから明日買ってきてくれよ。それでどうだ?」

「中国でこれを食えるのは俺だけって言っただろ!」

「小白ぃ……奥さんは何も言わないのか?」

この言葉が出た途端、研究室全体で白洛因の噂を話し出した。どんな女性が白洛因を手玉に取っているのか気にならない訳が無い。きっと白洛因が必死に守っている弁当で、白洛因の心も胃袋も奪ったんだろう。



軍には新しい指揮官が加わり、軍事規律が以前よりも厳しくなった。10時になり白洛因が研究室を出ると、兵舎を視察し、しっかり寝ているか確認し、なにかを見つけなければ罰則をしなければならない。

白洛因の顔は余程のことがない限り顧海によってしか変わることがないため、まだ兵士達には威厳があった。寝る前に白洛因に話しかけようとする兵士の殆どは、白洛因がしつけていない新規兵だった。

白洛因は安定したペースでライトひとつを持ち、兵舎の隅々まで歩いた。


「……ぁん……やめて……深すぎる……」

「なに?……まだ全部入ってないぞ……」

「あっ……もういっぱいだから……お願い……」

「お願い?……抜いて欲しいのか?それとも入れて欲しいのか?」

白洛因の足音が止まり、手元のライトが消えると辺りは真っ暗になり、2人の声だけがハッキリとした。白洛因ははっきりとした2人の男の声を聞き、しかもそれは喘ぎ声だったので白洛因の耳が赤くなる。
こんな所で?

軍の規律によって外であれば何も言わないが、寮で見つけてしまえば罰さなければならない。

白洛因がライトをつけて振ると、感情的な声が瞬時に止まった。

白洛因が進み、右で動いているのを感じライトを向けると、軍服を着た2人の男が恐怖に染った目でこっちを見つめていた。

「隊長……わた…私たちは……」

冷たい顔で歩いてくる白洛因だったが、途中で目が見開かれた。2人はしっかりと服を着ていた上に、ただしゃがみこんでいただけで、なにも淫らな行為をしていたとは思えない。

間違えたか?
白洛因は周囲をライトで照らしたが、ここにいるのは2人だけで他には誰もいない。

「何をしてたんだ?」
白洛因は2人に厳しい視線を送った。

2人は目を合わせると、死ぬよりはマシだと真実を話すことに決めた。

「ここに2匹のコオロギがいまして、2匹に向かって…その……アフレコを……」

白洛因は頭上に雷が打たれたような感覚だった。

2人は頭を伏せて白洛因の前に立ち、まるで凍っているかのように一言も話さなかった。恐怖で両足は震えてしまっている。白洛因は10分間2人を見つめると、突然頭に浮かんだ。

もし8年前に俺たちが同じ状況だったら、馬鹿みたいなことやってなかったか?

そう思うと、白洛因は突然この2人が赤ちゃんのように可愛く見えてきた。

「行け、戻って早く寝ろ!」

2人は白洛因に怒られると思っていたので、驚いて動くことすら出来なかった。あの震えていた時間は、この優しい言葉を聞くためだったのだろうか。これが冷たく規則に逆らわない白洛因だとは、2人は信じられない。
ー今日はどうしてこんなに優しいんだ?

「何してるんだ。早く行け。罰せられたいのか?」

2人はこれを聞いて急いで逃げた。

白洛因は疲れた体を寮へ引きずり込んだ。シャワーを浴びたが疲れ果ててしまったので、濡れた髪のままベッドへ落ちた。ドライヤーはすぐそこの引き出しにあり、白洛因もベッドに横になる前に乾かしたかったが、ベッドから下りて取りに行こうとは思えなかった。

スマホを手に取り、顧海に電話をかけた。

顧海はベッドに横になり、白洛因に電話をかけるか迷っていたら、先にかかってきた。

「もしもし……」

顧海は白洛因の声を聞くだけで、それがこれほどだるそうな声だとしても心が温まった。

「今日なんで来なかったんだ?」

白洛因が尋ねると、顧海は柔らかい声で答えた。

「残業が長引いてしまったし、帰ってきたら荷造りしなきゃならなかったんだ。1週間出張だからな。」

「出張?どこに?」

「深圳。」

白洛因は大きなベッドで快適なはずなのに、どこか居心地が悪かった。

「……明日は来るのか?」

「あぁ、明日の昼に最後の飯を持ってくよ。」

顧海の優しい声を聞いても、白洛因の心は少し暗いままだ。

「飯はいらないから明日早く来てそばにいろよ。」

「ははっ……そんなに会いたいのか?」

「もういい。来るな。」

「いや、行くよ。だって俺の服抱きしめて泣いちゃうもんな?」

白洛因が文句を言い放っていると、顧海は白洛因がどんな顔で話しているのか気になった。

「因子、ビデオにしよう。お前の顔が見たい。」

白洛因はビデオに切り替えようとしたが、たまたま髪に触れて自分の髪が濡れていることを思い出した。

「あぁ……電気消したから!」

「またつければいいだろ。」

「……服を脱いじゃったから、もうベッドから出たくないんだ。」

「忘れたのか?枕元にランプがあるだろ。それをつければいい話だ。」

海の声が優しくなればなるほど、白洛因は電話が冷たく感じた。

なんで俺はこんなに怯えてるんだ?
俺は軍人なんだから、あいつに従う必要なんてないだろ?

白洛因は心の中で吠え続けた。

髪を乾かさなかったからってなんだよ。
あぁ、だけど明日で会えるのが最後だし喧嘩するのもな……

白洛因が迷っている間、ずっと沈黙が流れ続けていたため、顧海は困らせてやりたくなった。

「何が嫌なんだよ。お前の顔を見たいだけだろ?」

白洛因はこっそり牙を向いていると、突然あることを思いついた。

「そうだ!今日な、巡回してたら面白いのを見つけたんだよ……」

2人の兵士がコオロギにアフレコしていたことを顧海に話すと、顧海も白洛因と同じように面白がった。

「ちょっと想像しにくいからどんなんだったかやって見せてくれよ。」

「自分で考えろよ!」

「やってくれりゃあビデオに切り替えなくてもいいんだけどなぁ。」

白洛因は誘惑に耐えることが出来ず、ベッドに潜り持ちうる限りの色気を吐き出した。

顧海は興奮し始めると、突然警報が鳴り響いた。

「すまん!集合だ!」

白洛因はすぐにベッドから下り、パンツを履くとなにかにつっかえたが、急いで身支度を整え外へ向かった。

第29話 庶民から皇帝に

白洛因は軍の仕事が再開する前日に顧海と共に一度寮に戻った。顧海が二度ここへ来た時と今の2人の関係は全く変わっている。
顧海は寮に入ると白洛因の顔を見ずに部屋から追い出した。

顧海は悪意があった訳ではなく、こんな汚い部屋に白洛因を住まわせる訳にはいかなかったのだ。

顧海は整然とした兵士のように部屋の中を片付け始めたので、白洛因も手伝いたかったが叱られてしまった。
「外にでも出てろ!ちゃんと片付けとくから。」

顧海がたくさんの宝物たちを捨てていくのを、白洛因はただ黙って睨みつけることしか出来ない。

「おい!それは昔、部下に買ってもらった加湿器だから!」

それを言わなかったら捨てなかったものの、これを聞いた途端顧海は床に投げつけて捨てた。

「灰皿も捨てるのか?」

白洛因が悲しそうな顔でそれを床から拾うと、ドアによっかかっている顧海は不機嫌そうに見つめていた。

「俺が新しいの買ってやるから!」

ーそんな宝物みたいに持ちやがって……この8年間どうやって生きてきたんだ?


白洛因は寮の外に立ち、将校と兵士が通り過ぎるのを眺めていた。何人かは白洛因に部屋へ入るように言ったが、白洛因はただ困ったように笑うだけだ。
数百人を束ねる副大隊の隊長が、部屋が汚くて軍外部の誰かに叱られて外に出されているとは口が裂けても言えない。


部屋の掃除が殆ど終わった頃、白洛因が帰ってるくると顧海は毛布を抱えていた。

「毛布も捨てるのかよぉ。」

「お前それ本気で言ってんのか?」
顧海が不機嫌そうに白洛因を振り返った。
「触ってて汚いとは思わないのか?これ使っててシラミがついたら嫌だろ?」

白洛因がそれに触れると、確かに汚れていた。
ーなんで今までわかんなかったんだ?

「マットも捨てるのか?」

白洛因は顧海がベッドのマットを取り外しているのを眺めながら声をかければ、顧海の手が止まり、白洛因の事を睨みつけた。

「マットだって?ベッドごとだよ馬鹿!」

「これは軍の提供物だから捨てらんねぇよ。」

しかし、白洛因は自分の男の前では隊長などという権限は持っていないため、顧海は聞く耳を持たず顔色を変えずに白洛因の額に指を突き当てた。

「いいか、今すぐ部下を誰か連れてこい。このベッドを訓練所に持ってって上官がカビの生えたベッドで寝てるところを見せてやれよ。」

「カビ?どこに?」

白洛因は身を乗り出した。

顧海は話すのも面倒になって何も言わずに、枕を取ると後ろのゴミ箱へ投げ捨てた。

途端、白洛因がそれを急いで拾い上げた。

「枕はダメだ!」

顧海は動きを止めて、白洛因に手を伸ばした。

「それを渡しなさい。」

白洛因は枕を背中に隠して断固として渡そうとしなかった。

「何年もこれで寝てたから、もうこの枕じゃないと寝れないんだ。」

顧海は汚れて黒くなった枕を見て、白洛因に申し訳なくなった。
ー洗うのもダメなのか?そんな汚い枕カバー、公衆トイレの雑巾で十分だろ。

「渡せ!」

しかし顧海の態度が変わる訳ではなく、白洛因の眉もどんどんと吊りあがっていった。

「顧海、なんでそんなすぐに怒るんだよ!」

「たった今お前が怒らせたんだよ!」

そう言うと、白洛因は背中から脇に枕を固定して、枕のために顧海と戦おうとした。顧海は元々白洛因の寮の状況に腹を立てていたため、親切に片付けをしてやったというのにこの男は態度を改めるどころか、赤ちゃんのように汚い枕を抱きしめて離さない。

顧海は白洛因が枕を守っているのを見て、1歩下がった。

「わかった。じゃあそれは捨てないでやるからせめてカバーだけでも洗わせてくれ。」

「カバー取れない!」

「ほんっとにこのバカは……!」

不機嫌に一歩踏み出すと、顧海は枕カバーを掴んで尋ねた。

「枕になんかエロいもんでも隠してんのか?今確かめてやるよ。」

「枕にエロいもん隠してるわけねぇだろ?」

白洛因の顔は未だに心配そうだ。

顧海は隠されているものこそ暴きたい。ただ枕が床に置いてあれば興味は無かったかもしれないが、白洛因が頑固に隠せば隠すほど、見たくなる。
2人が枕カバーを引っ張っていると、遂に破れてしまい、中から服が落ちた。

顧海は服を拾うと、何も言えなかった。

「枕の高さが足りなかったから服を入れたんだよ。」

白洛因が平然を装ってそう言えば、服を掴んだままの顧海が複雑そうな顔で白洛因の元へと歩いた。

近づいてくる顧海から目をそらすために外へ視線を向けていた。

「外なんか見ても誰もいねぇよ。」

そう言うと突然顧海は白洛因の胸を殴った。声には隠しきれない怒りが溢れている。

「まだ教えてくれないのか?なんで俺の服を抱きしめて眠ってたほど俺を想ってたのに、連絡はしてくれなかったんだ?なんでそうやってすぐ一人で抱え込むんだよ……そんなに俺たちは何年も苦しまなきゃいけなかったか?」

白洛因は顧海の拳を強く握りしめると、暗い声で話した。
「お前も俺を想ってくれてるかなんて分からないだろ?」

顧海は歯を食いしばって頷いた。
「あぁ、そうだな。お前の母親は冷たいもんな。一人で俺を愛して、全部隠すことが美徳だとでも思ってたのかよ!」

「顧海、なんでそんなこと言うんだよ!!」

その後、2人はゴミ箱の周りでドアの軋む音が鳴るまで殴り合いを続けた。

刘冲は松葉杖をついてドアに立ち、彼の絶対的な隊長が取引先の社長を押し倒していた。彼の目は驚きで見開かれ、まるで眼球が零れ落ちてしまいそうだ。

白洛因は顧海を押しのけると、隊長としての威厳を取り戻そうとした。

「なんでノックしなかったんだ?」

刘冲の目が驚きから緊張に変わった。
「わ、私はノックしました!聞こえなかっただけですよ!」

「返事がなくても入っていいのか!」

白洛因が冷たい顔でそう吠えると、刘冲は狼狽えたように頭をかいた。
「以前返事がなくても勝手に入っていいと仰ったじゃないですか……わ、私は間違ってますか?」

白洛因の周りは冷たく凍り、彼は目を細めて話した。

「俺が、そう言ったのか?」

刘冲は体を強ばらせると、急いで軍式の敬礼をした。

「いえ!隊長は仰っていませんでした!」

白洛因は袖で汚れを拭くと、満足そうに言った。
「よし、中に入れ。座って話そう。」

刘冲が中へ入ると、椅子は1つしかない。
ーどこに座れって言うんだ?

顧海は刘冲を監視していると、椅子が1つしかなくドアの前で立ち尽くしていた。しばらくすると恐る恐る中へ入ると、彼は顧海と白洛因の間へ座り、丁寧に手を差し伸べ挨拶をした。

「お久しぶりです!」

顧海は心の中で刘冲を褒めた。
ー白洛因に訓練されたいい兵士じゃないか!

白洛因は水を汲んだコップを持ってきて、働いてくれた顧海に渡そうとしたが、手を伸ばしてきたのは刘冲だった。

「隊長、ありがとうございます!」

白洛因の表情が一瞬で険しくなる。

「よくここに来るのか?」
顧海は嬉しそうに刘冲に尋ねた。

刘冲は白洛因を見て微笑んでから、顧海の質問に慎重に答えた。

「はい!この時間は大体来てます。隊長は親しみやすく、自由に家に出入りさせて下さるだけでなく、食べ物まで与えてくださるんです!今年は実家に帰らなかったのですが、隊長は自分に家まで美味しい食べ物を3日間で2回も送ってくださったんです!本当に感動しましたよ!」

顧海が鼻を鳴らした。
「俺もすごい感動したよ!」

刘冲は顧海が信じてないと思い、続けて白洛因のいい所を話し続けた。
「隊長の性格は言うまでもなく、自分の命すらも預けられるほど信頼できます!こうと決めればそれを突き通しますし、会社としても共に働くことを絶対に後悔しませんよ!」

顧海はこっそり歯を食いしばった。
ーお前の隊長様は昨日の夜、俺のベッドで寝てたんだぞ?

白洛因は2人の話すのを止めて、なにか違う話を振らなければも必死に考えていた。

「そうだ刘冲、お前なにしに来たんだ?」

白洛因が尋ねると、刘冲は水を一口飲んでから元気に答えた。
「なぜって、隊長に会いに来たんですよ!」

隊長に会いに……会いに……

「掃除してたのが分からないのか?」

それを聞いて刘冲は慌てて立ち上がった。
「隊長!私も手伝います!」

白洛因は刘冲を同情の目で見た。
「いい、戻って休め。」

刘冲は心の底から微笑んだ。
「そうですか……じゃあ戻りますね。隊長!足が治ったら一緒に飛びましょうね!」

白洛因はそれを聞いて窒息しそうだった。

顧海の顔はホラー映画のポスターのようになっている。

「そうだな。"飛行訓練"で、"空に"飛ぼうな!」

白洛因はそう顧海に説明するように話すとドアを開けて帰らそうとしたが、痛みを訴える声が聞こえた。刘冲の怪我だとすぐに分かり、白洛因は急いで駆け寄った。

刘冲は床から立ち上がると、恥ずかしそうに白洛因に話した。
「大丈夫です!……転んだだけなので。」


顧海は白洛因の寮で一日中働き回り、全てが済んだのは夕方だった。見てみればまるで別の部屋のように見える。大きな家具は全て新しいものに変えられ、ふわふわで柔らかい羽毛布団は、前の湿った重たい毛布に比べて天地の差だった。テーブルも新しいものに変えられ、上はハンドウォーマー付き、下にも暖房がついており、引き出しにはドライヤーが入れられている。隣のコーヒーテーブルには新鮮な果物と皮が剥かれた栗が置いてある……

白洛因の部屋は庶民の部屋から皇帝の部屋へと変わったようだった。

家を出る前、顧海は必要に白洛因に話した。
「忘れるなよ。部屋に無闇に人を入れるな。ジャンクフードは買うな。風呂から上がったらドライヤーをしろ。定期的にチェックしにきてどれかが見つかったらお仕置を……」

「わかったわかった。ちゃんとやるから。」

白洛因はせっかちに顧海を外へ押し出した。

第28話 犬の餌

顧海は朝早く会社へ行き、12時に家へ戻ると白洛因はまだ眠っていた。朝に作った白洛因の為の朝食も家を出て行った時のままで、顧海はそれを捨てると弁当を作り始めた。
寝室へ行って白洛因を起こそうとしたが、あまりにもぐっすり眠っているその幼い顔を見つめていれば、顧海も隣で眠ってしまいたくなる。10分ほど見つめていたが、声をかけることすら出来なかった。

しかし会社に戻らなければならない時間になってしまい、白洛因へメモを残すと、顧海は泣く泣く玄関の鍵を閉めて部屋を出た。

顧海がちょうど去った時、顧洋が帰ってきた。しかし今夜には香港行きの飛行機に乗らなければならなかったため、顧海を一目見ようと向かったのがすれ違ってしまった。その前に顧洋は顧海を探しに会社まで行ったが、顧海は家に帰っていて、顧洋が家に着いた時には顧海は会社に戻っていた。

顧洋はどこにいるのか連絡をしようとしたが、待っていれば会えるだろうと思い連絡するのをやめた。

顧海の玄関の鍵が閉まっていたので顧洋はドアの前に立ち、入るか入らないか迷っていた。顧洋は顧海に鍵を渡されていたので、この家に入ることが出来るが、本人がいないのに家に入ったところで出来ることなど何も無い。

帰ろうとした所で、顧洋の足が止まった。

中で誰かが動いている音がする。

顧洋は鍵を開けて、部屋の中へ入った。



食べ物の香りでいっぱいの部屋の、コーヒーテーブルは貼ってあるメモを拾った。

"ご飯は保温弁当箱に入れてある。仕事が終わったら帰ってくるが、会いたくなったら会社まで来てもいいぞ。"

ー馬鹿以外にも人がいるようだな。

その通りで、彼の弟は人生の第二の春を過ごしていた。



閉まっている寝室のドアを開け、顧洋はゆっくりと足音を立てないように部屋へ入った。ベッドの中には蚕のように毛布に包まり、頭の半分だけを覗かせる誰かが一人寝ている。部屋はほのかに"あの"香りがして、それは男であれば誰だってわかってしまう。

ベッドで眠っているのが白洛因だと気づいた時、顧洋は何故か突然不快に思った。

この不快感は8年前に彼を見た時のものとは完全に異なり、その時は心の底からの拒絶だったが、今は純粋なぎこちなさから来るものだった。
顧洋は寝室のドアの前に立った時、見たくない光景が広がっているのではと躊躇したが、それでも彼の全てを見たい好奇心には勝てなかった。

白洛因は眠りから覚め、近くにはまだ顧海がいると思っていた。実際、白洛因は顧海が彼を見つめていた時も起きてはいたが、眠気に勝てず目を閉じたままにしていただけだった。

顧洋は眠る白洛因に背を向けてベッドに座って、自分でも理解できない不安を紛らわすために、静かにタバコを吸っていた。

白洛因はベッドから足を出すと、ベッドを押している顧洋の手に乗せた。顧洋が驚いて固まっている内に手の甲をつま先で抓ると、そのままねじった。顧洋は咥えていたタバコを噛んで、白洛因の足首を掴むのを耐えた。彼に足をすぐひっこめて欲しく無いのだ。

昔の顧洋であれば、誰かが煽ってきたり、もしくは彼の手に誰かの足が乗っかれば、その足が真っ直ぐなままの保証はない。しかし今日の顧洋は怒っているどころか、手の甲に出来た痣をみて口角を上げていた。

瞼の裏に、あの日ヘリコプターで迎えに行った時の白洛因の驚いた顔が映っていた。

8年が過ぎ去ったが、やはり顧洋が考えていた通り、白洛因が死ななければ顧海はおかしくなってしまう。



顧洋はキッチンに足を踏み入れると、顧海が一つ一つ白洛因のために丁寧に作った料理を全て食べた。口元を拭くと、なんてことない顔で顧海の家を後にした。



ドアが閉じた音が鳴ると、やっと白洛因が瞼を上げた。

出て行ったのか?声もかけずに?

体を起こして時計を見れば、もう昼の2時だった。あと2日で休暇は終わってしまうので、早く実家に帰り、家族と過ごさなければならない。


白洛因はシャワーを浴び終えると、嬉しそうにキッチンへ向かった。顧洋がそれを食べていた時、美味しそうな香りがしたのでてっきり顧海が一人で食べていると思っていたのだ。
鼻歌でも歌い出しそうな勢いで弁当箱を開けると、中身は空っぽだった。隣のテーブルには空の皿だけが置いてあり、スープもない。


顧海のクソ野郎!
手の甲を捻っただけなのにこんな仕打ち酷すぎるだろ!?
食べ物を残さないだなんてそんな……!!



家に帰ろうとしたが渋滞にハマってしまい、思っていたよりも時間がかかってしまったが、パトロール中の杨猛を見つけて、白洛因はクラクションを鳴らした。

パトカーを停めようだなんて度胸のあるやつはどこのどいつだ?

杨猛が車のドアから顔を出すと、"軍"の文字が入ったナンバープレートを見て体が凍った。しかしフロントガラスに映る勇ましい顔を見て、杨猛は安心して肩の力を抜いた。

白洛因は車から降りると、杨猛の車の窓に寄りかかった。

「パトロール中か?」

「携帯電話を探してるんだ!」

「警察官ってのはスマホを失くしても探してくれるのか?」

「違う!!……僕のスマホが無くなったんだ。」

「なんで失くしたんだ?」

白洛因がぎこちなく笑うのを我慢してそう言えば、杨猛はハンドルに体を預けながら話した。

「絶対に他の人には言うなよ?……泥棒を探してたんだけど罠だったんだ。それで泥棒を捕まえようとしてたら別の泥棒にスマホを奪われたんだ。絶対あいつらグルだよ……」

「………」

「そうだ、どこ行くの?」

「実家に帰るんだよ!渋滞で動けなかったから、顔を見せに来たんだ。」

それを聞くと杨猛はハンドルを叩いて笑顔を見せた。

「あっ僕もう行かないと!因子、また後でね!あんまり車停めてると罰金になっちゃうから早く動かすんだよ!絶対あの交差点に犯人はいるんだ!!」

「わかったよ、ほら行け。」

「時間があったら会おうね!」

白洛因は近くの携帯ショップへ行くと、最新機種を買って警察署へと届けた。


白洛因が顧海の家へ戻ってきた時には空は暗く、顧海は夕食を保温庫へ入れると、マンションホールまで出て白洛因を待った。

しばらくすると、白洛因が車から降りてきて、心配そうな顔で顧海に尋ねた。

「ご飯は?」

「もう作ったよ。保温庫に入れてある。」

白洛因は冷たく鼻を鳴らした。

「俺に謝らないといけないことがあるんじゃないのか?」

「どういう意味だ?俺だってお前を待って食べてないぞ!」

白洛因は未だ疑いの目で顧海を睨んでいたが、彼は何を言われているのかさっぱり分からなかった。

顧海がテーブルに料理を並べると、途端に白洛因が餌にありつけなかった狼のように食らいついた。邹叔母さんは家で食べていきなさいと言ったが、白洛因は顧海の作ったご飯が食べたかったため、外食の予定があると断っていた。しかも昼は食べれていなかったため、息付く間もなく一気にかき込んだ。

顧海は白洛因を見て目を見開き、恐る恐る尋ねた。

「午後何してたんだ?昼飯食べただろ?」

「俺が何を食べたって?一日中なんも食ってねぇよ!」

顧海は笑って冗談を言った。
「じゃあ俺が作っておいた弁当は犬にでも食わせたのか?」

白洛因はそれを聞いてさらに怒った。

「あぁそうだよ!犬に食わせてやったさ!」

その後、2人の箸が止まった。

白洛因は突然何かに気づき、顧海の手を引っ張るとそれを裏返して、何も無いのを確認するともう一方の手を引っ張ってまた裏返した。

なんでアザが無いんだ!?

顧海は不思議そうに白洛因を見た。

「コーヒーテーブルのメモ、見てなかったのか?」

「メモ?」

白洛因は立ち上がってリビングに行き、コーヒーテーブルを見るとメモが置いてある。それを手に取り文字を読んだ瞬間、白洛因の顔が変わった。


顧海はバルコニーに行き、顧洋に電話をかけた。

「今日の昼来たか?」

「あぁ。」
顧洋は軽く答えた。
「弁当、美味しかったよ。」

「……寝室に入ったのか?」

「あぁもうフライトの時間だ。じゃあな。」

顧海はスマホを握りしめながら家へと入った。


5分後、全てが明らかになると、さっきまで温かかった部屋を一気に雲が覆った。


「何回お前は俺たちを間違えれば気が済むんだ?」

顧海は白洛因を叱った。

「双子ならまだ良いにしても、同じ母親から生まれた訳でもないんだ。そんなに俺の認識がお前の中で薄いのか?」

白洛因は黙々とご飯を食べていたが、冷たい声で答えた。
「寝てたから誰が来てたのか分からなかったんだよ……。それにずっと座ってて話もしなかったし、俺も一度も目を開けなかったから……」

「言い訳はそれだけか?俺はお前が女になったって一目でお前だって分かるけどな!」

白洛因は飲み込もうとしていたものが喉に詰まり、顧海を睨みつけると地団駄を踏んだ。

「やっと安心して眠れる場所ができたって言うのにそこでも警戒しろって言うのか!?」

顧海は固まって何も話せなかった。

白洛因が立ち去ろうとすると、顧海は腕を引いて席へ戻した。

「食ってけよ。」

「もういらない!」

顧海はパンを掴んで無理やり白洛因の口に詰めた。

白洛因は今すぐ吐き出してやりたかったが、あまりにも美味しそうな香りがするものだから噛み付かずにはいられなかった。1つ目を食べ終えればもう1つ食べたくなって、違う種類のパンを手に取り口に運びながらも、文句を言うのは忘れない。

「本当に分からなかったんだ。」

顧海は白洛因の口元についていたソースを指で拭いながら、柔らかい声で話しかけた。

「なにかされるとは思わなかったのか?」

「じゃあなんであいつに鍵を渡したんだ?」

顧海は固まった。

「俺じゃねぇよ。父さんにだって渡してないんだ。」

白洛因の顔が変わり耳を塞いだ。

「あー!聞こえないなぁ!」

第27話 甘い夜

顧海は白洛因を引き寄せて、薄い唇にキスをした。激しいキスは嵐のように白洛因を襲い、呼吸すら出来なかった。ただ、ひたすらに顧海から投げ込まれる深い愛情を必死に受け止めていた。

顧海はこの時白洛因が何を考えているかは分からず、ただひたすらに愛を伝えたかった。やっと手に入れられたのだ。もう一人では無いと、俺がいると理解させたかった。

8年ぶりにお互いの心が重なった。

唇が離れると、白洛因は顧海の体に重なってその体をかじった。顧海の手は白洛因の腰を撫で、手で感触を確かめると、今すぐ甘いのか試しにかじりつきたかった。

白洛因が顧海の左胸の突起を舌の先で遊ぶと、顧海の呼吸が荒れ、白洛因の尻を掴む手が強くなった。白洛因は痛みを感じて顧海の敏感なところを噛んだ。

顧海は笑うと、白洛因のパンツの中に手を忍ばせて、腹に擦り付けられていたソレを握りこんだ。根元から先まで、ゆっくりと擦り上げると、白洛因は我慢できなくなって腰を上げてスピードを上げるようにせがんだが、顧海は簡単に満足させようとはせず、親指で先端を押さえると、掻きむしる。白洛因は体を強ばらせて足に力を入れ、顔には焦りが浮かんだ。

顧海はローションを手に取ると、見せつけるように指にかけて、白洛因のソコに指を差し入れた。白洛因の体が震え、逃げようとする背中を押さえつけた。
「っやめろ。お前が下に、なれよ。」

顧海は絶対に白洛因がそう言うと思って対策を考えていた。先延ばしにするのは失敗すると分かっていたので、指を動かすスピードを早める。顧海の手が気持ちよすぎて白洛因は抵抗ができないのを見ると、顧海は勝利を確信し、背中を焦らすように撫でた。
「次な。次は下になってやるから。今日は昔通りヤろう……」

拡張は白洛因が抵抗するよりも先に終わった。顧海は横たわっている白洛因の腰を上げて、ゆっくりと差し入れていった。

「あっ、きもちい……」

2人は抑えきれない喘ぎ声を漏らした。白洛因は巨大なモノが入ってくるのに耐えられなかったからだが、顧海はただ単純に気持ちよくて声を上げた。寒かった部屋は今となっては熱く、久しぶりに味わう快楽を五感全てで感じていた。

例え激しく貪りたくとも、顧海は白洛因に感情処理の時間を与えるために自分の欲望を抑え込んで優しくキスをした。

「痛くないか?」

「ちょっとな……」
白洛因の手が縋るように顧海の腕を掴んだ。

顧海は縋る手の強さで白洛因のことを把握した。ゆっくり押し込んでからそのまま止まり、白洛因が自分の形にゆっくりと馴染むまで待つ。

白洛因は動こうとしたが、腫れたことを思い出して馴染むまで待つことにした。いくら鍛えていたとしても、傷つくことは怖い。

白洛因がゆっくり動くことも、顧海にとっては試験のようなものだった。彼の血は全て下腹部に集まったが、それでも顧海が出来ることは白洛因の苦しさを逃すために頬を撫でることだけだ。

しばらくすると、白洛因の腰の動きが早くなり、動きもスムーズになった。

顧海は待てが出来なくなって白洛因の腰を掴むと、速度を上げて腰を振った。白洛因の喘ぎ声は顧海の腰が動く度に上がる。

「あっ!あぁ、んぁ、ああ!!」

顧海は突然起き上がり、白洛因を仰向けにすると無理やり足を開いた。白洛因の身体は昔と比べ物にならないほど柔らかくなっていて、これも顧海にとっては特別なプレゼントだった。

顧海はそのまま前から挿れると、今回は抑えず、乱暴に出し入れした。遅くしたり速くしたり、奥を突いたり浅い場所を撫でたり。それらの全てから快楽を感じた白洛因は喘ぎ声を絶え間なく上げ続け、それは静かな部屋に音楽を流すようだった。

「やめろっ、っあ、なんか来るっ」

白洛因はある場所を突かれた途端に何かが迫ってくるように感じて、スピードを落とさせるために顧海の腹を必死に押した。しかし顧海はその手を取って指を絡めた上に、スピードを上げた。白洛因の体に電流が走り、つま先は制御出来ずに痙攣したまま、痛みと喜びの悲鳴を上げた。

顧海も白洛因の悲鳴が上がる事にリズムを上げて暴走した。白洛因の体が顧海に与える刺激は想像を超えていた。前に抱いた時には無かった白洛因の強い締め付けと柔らかさは、顧海の感情をコントロール出来なくする悩みの原因にもなり、顧海は完全に狂っていた。

白洛因の頬は赤く染まり、額には汗が玉になっていて、少し目を細めたその顔はまるで毒のように顧海を魅了した。顧海は白洛因の薄い唇にキスをしたくてたまらなくなり、腫れるほどに口を重ねた。

「ベイビー……俺の因子ァ……夫に犯されるのは気持ちいいだろ?」

顧海は白洛因の耳元に息を吹きかけながら、淫らに囁いた。

白洛因のソレは硬く腫れ上がっていて、顧海と自分の腹に擦り付けられていた。顧海が手を伸ばすと、すぐに白洛因が叫んだ。

「っ触るな!」

顧海は聞く耳を持たずに手を伸ばすと、呻き声と共に中が締まった。痙攣した後、顧海の手に液体が零れた。

顧海は動きを止めて、白い液体を指に付けると、そのまま白洛因の口元に持っていったが、白洛因は顔を背けて嫌がった。

「自分のなのに嫌なのか?」

「自分のだから嫌なんだよ。」

顧海は微笑んだまま指を口に入れて、白洛因に見せつけるように舐めると、白洛因はいやらしい姿を見て顔が真っ赤になった。顧海は再び白洛因の口を塞ぐと、無理やりそれを味あわせた。

一度出したというのに白洛因のソレは全く萎えず、顧海はソレで遊ぶと白洛因を横向きにした。白洛因の柔軟性を無駄にせず、片方の脚はベッドに置いたまま、片足を高く上げさせると、後ろから差し入れた。

この角度は白洛因の性感帯を直接刺激するため、白洛因は耐えきれずに喘ぎ声を上げた。顧海は喜んで白洛因の顔を無理やり自分の方へ向かせると、喘ぎ声すらも飲み込むように口を塞いだ。

しばらく優しく動いていた顧海の腰の動きが突然激しくなり、唇が離れた途端、2人の制御出来ない声が喉を突き破り、爆発源の下腹部は無数の神経を煽るので落ち着くことなど出来なかった。

2人は汗をかいて肉体的には疲れていたが、精神的には満足していた。
顧海は白洛因にキスをしてから優しく微笑みかけた。

「気持ちよかったか?」

白洛因は恥ずかしげに微笑んだが、顧海は白洛因が軍に入隊したことを思い出して五臓六腑全てが痛んだ。

「……なぁ、仕事変えないか?」

顧海は苦しそうに白洛因を見てそう言った。

「やっとの思いで今の地位まで辿り着いたんだ。けどまだ目標まで辿り着いてない。それなのにどうやって諦めるんだ?」

「そう言うだろうと思ってたけど……」

顧海は白洛因の意見を尊重することに徹した。

「俺はお前を愛してるんだ。この間みたいな危険な任務は二度としないでくれ。」

「そんなの俺が選んでる訳じゃない。組織が俺を必要とする限り、俺は尽くすよ。」

白洛因は真面目に、そして誇りを持ちながら話し出した。

「それに危険から守ることが俺たちの仕事なのに、国を差しだして逃げろって言うのか?」

これらの言葉は顧海の胸に刺さった。顧海も白洛因を誇りに思っているからこそ、胸が痛い。

崖の端で一日中立っている恋人を見て、誰がそれを我慢できるんだ?

その上顧海にとって白洛因は生命線であるため、白洛因を失えば全ての制御を失ってしまう。

顧海の感情の入り交じった表情を見て、白洛因は声をかけずにはいられなかった。

「安心しろって!俺より長く軍に勤めてる人だって、元気に暮らしてるだろ?」

顧海はこの質問について考えたくなかった。顧海の考えすぎは病的なので、これ以上ややこしくならないためにも話を変えた。

「あと2日で軍に残るのか?」

「今日を含めたら3日だな。」

白洛因が頷いてそう言うと、顧海はため息をついた。
「お互い忙しいし、残りの日が過ぎたら会えるのはいつになんだか……」

白洛因は焦って顧海を揺すった。

「でも!でもお前は軍に自由に出入りできるだろ?お前の仕事を終わるのを待ってるから!……緊急任務が無ければだけど……」

顧海は意図的に白洛因をからかった。

「時々残業だってあるし、1時間以上かかるから往復だと2時間だろ?朝だって早いし、ゆっくり寝たいんだ。しかも、お前のところに行くのは良くても、兵士に見せつけるのはちょっとなぁ……」

白洛因の表情は暗く沈み、声も同じように暗くなった。

「……もういい。来るな。」

白洛因が少しのことでへそを曲げるのも顧海にとって大きな楽しみのひとつだった。無意識に前かがみになり、白洛因の肩に手を置くと、案の定振り払われる。

顧海はそれに慣れたように笑って見せた。

「からかってるだけだよ。俺に会いたくないのか?」

白洛因はまだ落ち着いていなかったのですぐに反論した。
「俺の体目的だろ。」

「じゃあ俺が行ったら泊めてくれるか?」

「ダメだ。」

「本当に?」

顧海の黒い目が光った。

「じゃあ今のうちに味わっとかないとな。」

そう言うと体をひっくり返して白洛因の尻に顔を埋めて噛み付いた。白洛因は暴れ回ったが、顧海が白洛因の敏感な腰に触れるとそのまま尻の隅々まで噛みつき、噛み跡はまるで絵のようだった。

白洛因も最初のうちは罵っていたが、口を開くのをやめた。顧海は舌を伸ばして閉じてしまったソコを舌でつつくと、白洛因の様子が変わった。

「やめろっ……あっ顧海……やめろって……」

顧海は白洛因の抵抗を無視して腰を持ち上げると、そのまま自分のモノを中に挿れた。



2人はその後数え切れないほど体を重ね、顧海はもう無理だとベッドで横になり目を瞑った。途端、強い力で揺すられた。目を開けると、まだ体力の有り余る白洛因が隣に座っている。

「次は俺の番だろ?」

白洛因は催促したが、顧海は驚いた顔で見つめるだけだった。

「おまっ……お前まだ体力余ってんのか?」

前までなら白洛因の方が先に根を上げて、眠っていたのに。

「当たり前だろ!」

白洛因は力いっぱい顧海の上に跨った。

「早く起きろよ。1回だけだから!な!?」

顧海は片目だけを開いて弱ったふりをした。

「もう無理だよぉ。ちょっと休ませてくれよぉ……」

白洛因は嘆いて、音を上げて顧海の尻を叩いた。

「疲れたふりすんなよ!起きて!おーきーろ!」



夜明けまで続いていた叫び声も止み、やっと家が静かになった。

顧海がトイレから戻ると、ベッドに入った。すると白洛因が擦り寄ってきた。手足は暖かいというのに、それでも顧海の温もりを求めた。

顧海は白洛因の頬を撫でながら優しく見つめた。26でも18でも、ベッドで寝ている姿は子供のままだった。

一生白洛因のそばではないと生きていけないと、顧海は確信していた。

第26話 歪な2人

顧海はドアを蹴り開けて、白洛因を壁に押し付けると唇を重ねた。白洛因は冷たい壁に体を震わせたが、体は熱かった。顧海の手が白洛因のシャツの中を暴れ回り、肌の隅々まで愛おしいと語るようなその手つきを止めることが出来なかった。

突然、変な音楽が聞こえて白洛因が体を強ばらせると、顧海がスイッチを押してその音を止めた。白洛因はどこから音が鳴っていたのかが気になって探ると、驚くことに顧海のバッグの中にあの日渡したロバのおもちゃがあった。

「なんでまた持って帰ってきてるんだ?会社に置いとくの恥ずかしいって言ってたよな?」

白洛因は故意に尋ねると、顧海は生意気に笑った。
「今になってはこいつ無しで生きらんねぇよ。」

白洛因は微笑んだ。
「そんなに気に入ったのか?」

顧海はロバの頭を撫でると、嬉しそうに話した。
「使いやすいんだよ。」

「使いやすい?」

白洛因が困惑していると、顧海は自慢げにソファに座り、ロバの頭を足の間に置いてスイッチを押すと、前後左右に揺れた。

白洛因は顧海の愚かさを前にして怒鳴った。
「こんな事に使ってたのか!?」

「大人のおもちゃとしてくれたんだろ?」

「っお前!!!」

白洛因が殴りかかろうとするのを見て、顧海は急いで立ち上がった。
「待て待て待て!!怒んなって!からかっただけだろ!………本当は息子みたいに扱って毎晩抱きしめて寝てるんだ。」

白洛因は顧海の手からロバを奪って見下ろすと、ロバの頭の毛をむしり取った。

「あぁああ!!!」

白洛因は顧海を押し倒して殴り続けたが、顧海は反撃せずに殴られていた。顧海は白洛因が手加減しているのを知っていた。
白洛因の怒りがおさまるのを見計らって抱きしめると、立ち上がって手を引いた。

「風呂に入ろう。」

白洛因の暗かった瞳に輝きが少し戻り、頷いた。



風呂にはシャワーが2つあり、1人ずつ入ることも出来たが、顧海は服を脱ぎながら声をかけた。
「前からずっと思ってたんだが、本当に軍服似合うよな……着たまま犯せたらどんだけ興奮するか……」

顧海の言葉は火遊び同様だったので、白洛因はすぐに鼻を鳴らした。
「軍服着る羽目になったのはお前のせいだけどな!」

顧海は白洛因の努力をよく知っていたため、笑わなかった。殆ど毎日会っていた8年前から、努力を重ね少佐にまで登った白洛因のことを顧海は誰よりも尊敬していた。

白洛因の手がシャツに止まると、無意識に顧海を見た。顧海は既に服を脱ぎさっており、狼のような目で白洛因を見つめている。白洛因は早く脱げと思われていると思い、シャツを脱いだが、それでも隣の男は見つめ続けていた。

白洛因が全て脱ぎ終わった時、顧海の胸は爆発するようだった。彼の期待よりも、白洛因の何も纏っていない姿は美しかったのだ。

白洛因の体は完璧だった。

筋肉のラインは滑らかで、無駄な肉は一切なく、前に見た時よりも膨らみがあった。特に尻は丸く今すぐにでもかじりつきたかった。

顧海は目を光らせながら視線を下へずらすと、心の中は舞い踊るようだった。彼はまず水温を下げると、体に浴びて興奮を抑えようとした。


白洛因が仕方なく横を見ると、長く見ていなかった巨大なモノに目を向けて絶句した。

8年間で、まだ成長したのか?

顧海の骨格は白洛因よりも大きく、彼がどれほど訓練を積んだところで顧海には追いつかないのが分かり、心の中で嫉妬した。



風呂から上がり、顧海は白洛因に寝室のソファに座ってテレビを見るように言うと、後ろに立って髪を乾かした。暖かい風と顧海の優しい手が白洛因を頬を撫でている間、白洛因はテレビを見ていたが内容は入っていなかった。

「ちゃんといつも髪乾かしてるか?」

「やってない。」
白洛因は嘘をつかなかった。
「拭いて寝れば次の日には乾いてるだろ。」

「やんないだろうとは思ってたけど、乾かして寝ないと頭痒くならないか?」

「別に。風が強い時は外に出て乾かすんだ。時々冬に帽子を忘れて外に出ると髪がアイスみたいに凍ってるんだ!凄いだろ、ははっ……」

「笑うな!」
顧海は白洛因の顔を掴んで無理やり振り向かせた。
「前までは良かったけどもう恋人なんだから見逃さねぇぞ。次からは髪乾かしてから寝ろ。ここにいる時はやってやるから、離れてる時は絶対自分で乾かせよ。」

白洛因は焦って言った。
「ドライヤー無い!」

「買ってやるから。」
顧海は声を強めた。
「それとお前ん家にあるジャンクフードも全部捨てろ!時間がある時は作って持ってってやるから、絶対に体に悪いもん食うなよ。」

白洛因は気づかれないようにため息をついた。
「何年も経つとお前は姑みたくなるのか?」

「お前のために言ってるんだ!」

白洛因が悔しそうに唸ると、顧海は白洛因の首の後ろを掴んだ。
「冗談で言ってるんじゃないんだ。ここにいる間は最低でも俺に従えよ。抜き打ち検査して危険物が見つかったら、お前のパンツを脱がして尻を叩くからな!」

まるで8年前のように白洛因は顧海の説教を左から右に受け流して聞いていなかった。

髪を乾かし終わると、顧海はぶどうの皮をむいて白洛因の口に寄せた。白洛因は嫌がったが、結局は口を開けて食べた。噛むと気絶するほど酸っぱくて、特に歯を磨いた後だったのでもっと酸っぱく感じ、白洛因は眉を歪ませた。

顧海は白洛因の表情を見て笑った。白洛因は顧海が故意にやっていたことに気づき、すぐに薄い唇で顧海の口を塞ぐと、口の中の酸っぱいぶどうを口の中に放り込んだ。

酸味が段々と薄れ、甘くなっていくと、2人は目的も忘れて激しく舌を絡ませながらベッドへ移動した。

白洛因はベッドに寄りかかり、顧海は彼の足を曲げると、舌が首を這った。長い間放置されていた体に突然未知の快楽が襲いかかり、白洛因の体の震えは顧海の舌が撫でる度に大きくなった。

「ぁっ……」

顧海は舌で白洛因の耳を撫でながら、胸の小さな突起を指先でつまんだ。白洛因は声を抑えきれず、ほんの少し見せた瞳は欲情に染まっていた。

顧海が横たわると、白洛因の脚を開かせて、彼の左胸に顔を埋めると軽く齧ってから優しく舐めた。白洛因は体を強ばらせながら2人のソレを擦り合わせると、乱れた呼吸が部屋を満たした。

顧海は今にも襲いかかりたかったがそれを耐えた。8年間思い続けていた体だからこそ、宝物のように丁寧に扱いたかった。8年間失われていた白洛因の体を、どこも残さず味わいたかった。

顧海が瞼を上げると、恐怖を瞳に混じらせながら彼を見つめる白洛因を見て、緊張をほぐそうとした。

「どうした?」

実際、顧海は分かっていた。今まで誰にも触れられていなかった体を、何年も調教し続けどこが気持ちいいのか知っている男に触られれば怖いに決まっている。
体の強ばりを解すために敏感な場所へ触れれば、すぐに体の力が抜けた。

顧海は微笑んで緊張している白洛因の顔を見てから、舌を下腹部へとずらした。舌の先は筋肉の溝をなぞりながら、腰へと辿り着く。

白洛因の腰が強く震え、2本の長い脚が顧海の肩を蹴ったが、彼の舌で刺激されてしまえば抵抗する力も失ってしまった。

顧海は顔を上げて白洛因を見ると、彼をからかうように笑った。

白洛因は顧海の下唇を噛み、顧海を押し倒しすと億劫に顧海の体に触れた。白洛因の技術は成長しておらず、唯一成長していたのは手の強さだけで触れる力が強すぎて痛かった。白洛因でなければそばにあるフルーツナイフを手に取って切りかかるところだった。

白洛因の手が小海を握った時、白洛因が変わったことに気づいた。8年前よりも、まるでそういった専門職に就いているかのように上手くなっていた。手の中のソレをちょうどいい強さで擦り、顧海が抵抗出来ないほどに感じさせている。

「気持ちいか?」

白洛因は口角を上げて微笑んだ。

顧海は白洛因の髪を手で梳きながら、吐息を漏らしながら話し出した。

「ここ数年誰かに襲われたりしたか?」

「……うん。」
白洛因は素直に認めた。
「他の人のも手伝ってた。」

顧海は白洛因の手を掴むと無理やり押し倒して、手を上げたが、白洛因は抵抗しなかった。顧海は撫でたあと、パンっ!と音が鳴り、白洛因の尻が麻痺した。

「この馬鹿!いたっ……」

顧海は態度を変えて尻を揉んだ。
「警備員に殴られても泣かなかったのに、撫でられてるだけで痛いって泣くのかぁ?」

「それとこれとは別だろ!?」

顧海はしばらく白洛因を見つめてから、耐えきれずに尋ねた。
「因子、本当のことを言ってくれよ。この8年間誰かと寝たか?」

「うん。」

顧海の目に緊張が走った。

「……誰だ?」

「お前と。」

第25話 一歩一歩

顧海はエレベーターから降りると、白洛因に向かって一歩一歩まっすぐ進んだ。

会社の前に集まっていた女性社員たちも、顧海の姿を見つけると、一瞬で家に帰るのを思い出したように四方八方へと散った。

白洛因は未だ車に寄っかかっており、その姿はかっこよくて目を細めなければ見ることが出来ない。

顧海は白洛因の前に立ち止まると、ほとんど顔がくっつくほど近かった。

「何してんだよ。」

顧海が尋ねると、白洛因は自然に彼の肩に手を置いた。
「何もしてねぇよ。ただ休んでタバコを吸ってただけ。」

「偶然だなぁ。」
顧海はわざとらしく笑って白洛因のことを見た。
「毎日毎日ここで休んでんのかよ。」

「綺麗な人がたくさんいるからな。」
白洛因はタバコに火を付けた。

顧海は白洛因の口からタバコを奪い、咥えると、白洛因の隣に並んで会社を眺めた。

「もうここに来んな。」

「公共の場所なのになんで来ちゃダメなんだ?それにお前のために来てる訳じゃない。独身だから結婚相手を探してるんだ。」

顧海の吐いた煙はまるで凍ったようだった。
結婚相手だ?
隣に俺がいるっていうのに何を言ってんだ?

「探したってお前に見合う相手はいねぇよ。全員プライドが高いし、しかも家事なんて出来ないし、それに……」

顧海はそのままどれほどここの女性社員がふさわしくないのかを語っていたが、白洛因の返事がないことに気づき振り返ると、誰のかも分からない少なく見積っても50はある名刺を見ていた。まるでドラフトのように一枚ずつ確認している。

顧海は名刺を全て奪うと、何も言わずにポケットの中へ仕舞った。

白洛因は楽しそうに笑って顧海を見た。
「顧社長、自分の社員の名刺を持ってどうするんだ?」

「うちの社員の誰が馬鹿なのかを確認するんだよ。」

白洛因は静かに煙を吐き出して、困ったような顔をした。

「うわ、なんでこんなに今日のタバコは不味いんだろ。」

顧海は白洛因を見て、楽しそうな顔を眺めた。

白洛因は車のドアを開けた。
「ほら、早く乗れ。飯。」

今日は飯も作らねぇし、家にも入れてやんねぇからな!

しかし白洛因は車に乗らず、向かいのファミレスへと歩いて行った。
「どこ行くんだ?」

「今日はここで食べる!」

白洛因の足がドアの前で止まった。

「そのカフェにお前の好きな料理はねぇぞ。」

白洛因は振り返り、口角を上げた。
「そりゃお前ん家に行けば好きな料理ばっかだけど毎回お前ん家で食べなくてもいいだろ?お前に会いに来てるんだけなんだから、たまには別のを食べよう。」

そう言うと、前を向いて行ってしまった。

顧海は歯を食いしばった。
白洛因、まだ俺に我慢をさせるのか!



白洛因が料理を注文していると、顧海が仕方なさそうに入ってきた。
「顧海は自分で作れるだろ。なのになんでここに?」

「うるせぇ!」

「すみません、お皿をもうひとつください。」

しかし、顧海は白洛因の隣には座らず、ひとつ開けて座った。

顧海、そんなに嫌なら来るなよ!俺と一緒にいなきゃいけないことないだろ!
あと2日で軍に戻らなきゃいけないって言うのに、まだそんな態度なのか?

ウェイターは白洛因の席に寄って、白洛因を見て、それから顧海を見た。
「えっと……いります?」

「あぁ、そこに置いてくれ。」

顧海とは真逆な場所に置かせて、まるでそこに誰かがいるかのようにした。

2人は別々のテーブルに座り、他には誰もおらずなにも話さなかった。顧海はここの料理が食べなれなかったが、もう置かれてしまったので仕方なしに食べた。

「ほら食え、これ美味しいぞ。」

白洛因の声が突然聞こえて、顧海は箸を止めて振り返った。

その光景を見て、顧海は穴という穴から血が吹き出しそうだった。

白洛因は1人で食べていて、反対側には誰もいないというのに反対側に置いた皿におかずを入れ続け、まるで重症の精神患者のように話しかけた。

「なんだ、魚の骨が取れないのか?いつも取れてるのに……俺がやってやるよ。美味しいか?こっちも美味しいぞ?……あーもう顎についてるじゃないか。拭いてやるよ。」

体が凍ったように周りが冷たくなり、周りの人々も可哀想な目で白洛因を見ていた。

「ねぇ、あんなにイケメンなのに精神病なのかしらね。」

「そうよ。きっと過去になにかがあったのよ。」

「その人は死にましたよって言ってあげたいわ……」

顧海は飲み込んでいなかったものが喉に詰まるほど動揺した。

すると、突然白洛因が話し出した。
「顧海、その料理美味いか?」

顧海の顔が真っ黒になるほど暗くなった。

白洛因、おじさんに言いつけてやろうか!?
俺は死んでねぇよ!!

顧海は耐えきれなくなって白洛因を車に連れて行ったが、それでもまだ見えない誰かに幸せそうに話しかけ続けた。

顧海は白洛因を後部座席に押し込むと、彼の腹を擽り続けた。

白洛因は擽りから逃げるように暴れ回って、助けを求めた。

「やめろ!ごめんって!それ以上やったら吐く!」

顧海が手を離すと、白洛因は座った。呼吸が整うと顧海を見ると、幽霊のような目で見つめられていた。

白洛因は笑わざるを得なかった。

顧海は大きな手で白洛因の頬を挟んで、口をアヒルのように尖らせた。それでも白洛因はまだ笑っていて、しわくちゃな口はニヤリと曲がり、頬は変にシワができていておかしな顔だった。

顧海は白洛因のソレに手を伸ばそうとしたが、白洛因が脚を閉じて守ってしまった。

顧海に口を塞がれた感覚がすると、突然頭を拗られ、その唇は耳に触れた。白洛因は震えて抵抗しようとしたが、顧海に脚を押さえられてしまっていて動けなかった。

やっと、8年ぶりに唇を重ねた。

勢い余って歯もぶつかってしまっていたが、それでも圧倒的な幸福感が身を包んだ。

少し目を開くと、通過していく車のライトがお互いの顔を照らしていた。柔らかな舌がお互いの唇を撫で、高まった興奮を抑えることはもう出来なかった。

白洛因の眉が少し歪んだ。
胡麻の味がする。」

顧海の舌が白洛因の口の端を舐めると、また嬉しそうに言った。
「干しエビの味だ。」

白洛因が文句を言う前に唇を塞いで、舌を絡ませると、白洛因も従って絡ませ顧海の口の中に舌を押し込んだ。2人の呼吸が荒れ、顧海は白洛因の体を手で這い始めた。白洛因は涼しくなったのを感じていると、突然熱くて大きな手が触れた。

白洛因はその手を掴んで、からかうように言った。

「社長さんは会社の前でふしだらな行為を見せつけるのかよ。」

「社長だ?もう1回社長って言ってみろ!お前の舌を噛みちぎってやる!」

「待てって、本当にここでやんのか?」

白洛因は顧海が怒っているのを見て怯んだ。

顧海の手が強く白洛因の腰を掴んだ。

「嫌なら抵抗してみろよ。」

2人は車の中で騒いだが、十分なスペースがなく、顧海は騒ぐのをやめて白洛因を抱きしめた。白洛因の肩に顎を乗せて、彼の耳に熱を吹きかけた。

「一緒に帰ろう。」

顧海が言っても、白洛因は折れなかった。
「嫌だ!」

顧海は白洛因の耳を撫でながら優しく尋ねた。
「どうして来てくれないんだよ。2日間俺の後を追ってただろ?今だってお前から誘ってきただろ?」

「あれだよ!あの、ほら、軍人は決めた人とじゃないと!」

「俺が腕を広げて待ってたって、お前は来ないのか?」

白洛因はしばらく黙っていたが、少し経つと口を開いた。
「……嫌だ。だって、お前言うことあるだろ。」

顧海の心は折れ、歯を食いしばりながら言葉を投げた。

「好きだ。」

白洛因の深刻そうだった顔が途端に明るくなった。

「早くお前ん家に飲み行こう!」

顧海は心の中で微笑んだ。
もうお前が泣こうが喚こうがベッドに連れてくからな!

第24話 夫を追いかける小白

その後、社長と隊長は家の中で追いかけっこをしたが、結果は隊長の勝利だった。顧海にとって負けることは屈辱的だった。追いかけっこで体力が尽き、まるでソファと一体化したように動けなかった。

奇襲をかけようと白洛因の股に手を伸ばしたが、もう力が出ず、倒せなかった。

白洛因は怒りを込めて顧海の上に跨り、手には鞭を持っている。
「どうした?顧社長、負けを認めるか?」

顧海は目を細めて微笑んだ。
「そうだなぁ。もっとちゃんと座ってくれれば認めてやるよ。」

白洛因が見下ろし、従って体重をかけて押さえつけたが、ただじゃれているだけになってしまった。
白洛因は優しい目をしている顧海を睨みつけたが、その目を見れば怒りが吹き飛んでしまった。

白洛因はゆっくりと上半身を下ろして、顧海の上に乗っかった。

顧海の心は溶け、その大きな手は白洛因の頭を押さえ、強く引き下げると、唇まであと少しという所で止めた。吐息だけが、白洛因の顔にぶつかった。

「8年間、お前と抱き合いたくてたまらなかった。」

「……俺も。」

強い電流が2人を通して下腹部に流れた。顧海の呼吸は重くなり、獲物を捉えた獣のような視線を白洛因にぶつけた。白洛因の背中に置かれた手がゆっくりと下がっていると、突然翻されて白洛因を押し倒した。

白洛因は怖くなって逃げようと顧海の手を叩いたが、顧海はただ微笑むだけだった。

顧海の心の中で、無数のアリが這っているようだった。

抑えきれない欲望が顧海の中で膨らんだが、8年前とは変わった白洛因の姿を見れば思いとどまる他なかった。この毒を飲んでしまえば、再び死の危険に晒されてしまうかもしれない。

「……腹減った。」

白洛因はじゃれるのを止めるようにそう言うと、顧海は深呼吸を繰り返してから答えた。

「座って待ってろ。」

前とは違って、顧海は忍耐力を鍛えていた。

白洛因は部屋の中をうろついていたが、つまらなくなってキッチンのドアの前に立つと、衝撃な姿を目にした。顧海は包丁で遊ぶように肉を切っていた。その目はさっき白洛因に向けたものと同じだったので、白洛因は悲しくなった。
俺は肉と同じなのか?

やっと、食事の準備が整った。

白洛因は料理でいっぱいになったテーブルを見て、幸せそうに冗談を言った。
「俺の好きな物ばっかじゃん!俺が来るの知ってて準備してたのか?」

顧海は冷たく鼻を鳴らした。
「誰がお前のためにだって?来なくても元々これを食べる予定だったんだ。お前を幸せにさせるためじゃねぇよ。」
そう言うと料理を全てを自分の周りに寄せた。

以外にも白洛因はそれを取り返そうとせず、残っていた野菜ばかりを口にした。

顧海は軍で美味しい料理を食べられていない白洛因のことを考えると我慢できなくなった。

「もうダメだ。可哀想に見えてきた。周りのヤツに顧社長から虐待されたとか言うなよ。」
そう言うと手元に置いていた肉料理を全てを白洛因の前に出した。

それでも、白洛因は遠くへ行ってしまった野菜を食べようとした。

顧海は暗い顔をしながら白洛因の手を叩いた。

「わざとやってんのか?」

白洛因は何も言わず顧海を睨みつけると、手元の肉料理を食べるために口を開いた。

顧海の気分は不安定で、硬い声で白洛因に話した。
「白洛因、お前悪い子になったんだな。」

白洛因は心の中で呻いた。
悪い子だって?
お前が緊張してると思ってやってやったのに?
そう思うぐらいなら変なフリをやめろよ!

「……お前に同情するよ。」

顧海がため息をつくと、白洛因は冷笑した。

「同情?俺は同情する程じゃねぇよ。」

「目の前の顔を見てもそう思ってんのか?もしお前の恋人だったら心配でたまらねぇよ。」

言外に他のやつは誘惑せずに俺だけにしろと伝えたが、伝わるわけがなかった。

白洛因はさりげなく答えた。

「お前を恋人にする気はないけどな。」

この時、顧海の今すぐその口を抑えてしまいたかったし、白洛因を犯したくてたまらないだけだった。

食べ終わると、白洛因は口を拭いて立ち上がった。「帰る。」

「え、もう帰るのか?」

顧海が縋るように尋ねても、白洛因は目を細めただけだった。

「そうだけど?」

顧海の顔が変わり、静かに心の中で会議をした。どうすれば白洛因を引き止めることが出来るのか、それからどう犯して屈服させることが出来るのか。

しかし、白洛因は顧海から引き止めさせる機会を奪った。

「自分に厳しくしなきゃいけないからここには居られないんだ。未来の恋人を安心させなきゃいけないからな。……なぁ顧海。分かるだろ?」

タバコを咥えると、軍服を羽織って出ていってしまった。



夜になり、顧海は風呂に入っていたがもう耐えきれなかった。どんな毒よりも中毒性がある白洛因のことで頭がいっぱいだった。冷たくて魅力的な瞳、2本のまっすぐな脚、ふとした時に突き出る唇、軍服に包まれた小さな尻……

顧海は8年間も溜めに溜まっていたので、想像だけでは満足出来なかった。



あいつを守るためだ。一晩ぐらいの我慢くらい容易い!

顧海はベッドヘッドに寄りかかると、タバコを吸いながら自己暗示させ落ち着かせようとした。どうしたって白洛因と繋がりたかったが、想像上の白洛因で妥協してやった。罪深い習慣を消すためにも白洛因の体に教えこんで、他の人へと逃げないようにしなければならない。

そのまま、顧海は無理やり眠りについた。


翌朝早く、顧海は"息子"を抱えて出社した。



2、3日白洛因は会社の前まで車で来て、そのまま顧海の家でご飯を食べた。顧海は毎日白洛因が来るように習慣付けさせて、時間通りに会社の前で車に寄りかかる白洛因の姿を見て自分のことを褒めた。

同時に、愛されるという喜びも味わっていた。


闫雅静は家の事を終えて出社すると、社長室に何かが置いてあるのを見つけたが、最初は誰かのいたずらだと思っていた。しかし何度行っても顧海のそばにそのロバは置いてあり、しかも愛おしそうにそれを眺めている。誰かがロバをバカにすれば、顧海は間違いなく彼女をクビにしただろう。


今日も同様に、闫雅静は出社と共に社長室へと向かった。

すると、彼が外に目を向けていることに気がついた。

闫雅静がこの光景を見るのは2度目だった。

顧海が何故そんなに外を見ているかが気になった。

「顧社長。」

闫雅静がドアをノックすると、顧海は振り返り、目の温度が急速に落ちた。
「そこにファイルを置いとけ!」

闫雅静は置くと顧海に目を向けたが、顧海はまた外を見ていた。

「何を見てるの?」

闫雅静は我慢ならなくなって聞くと、顧海は静かに微笑んで手招きし、白洛因のことを指さした。

「ずっと立ってるんだ。バカみたいだろ?」

目には隠しきれない幸せが浮かんでいた。

闫雅静は理解出来ず、驚いた顔で顧海を見た。
顧海はあんな幸せそうにお兄さんを見ていたの?
その上、彼女は白洛因はバカには見えず、彼よりも顧海の方がよっぽど愚かに見えた。

「2日間ずっと立ってるけど、誰を待ってるのかしらね。」

それを聞いた顧海は自慢げに口角を上げたが、闫雅静もわかっていてこれを言っていた。

「でも彼が来てから社員がみんな会社の前にいるのよ。昨日なんて外に出たら社員が彼の電話番号を聞いてたわ。」

顧海の目が冷たく引き締まった。

「教えてたか?」

「えぇ!」
闫雅静は嬉しそうに微笑んだ。
「その子は何度も彼と話してたわ。あんなにかっこいい人がずっと立ってるんだもの。声をかけられるに決まってるわよね。」

そう話しながら闫雅静は頬を赤く染めた。

顧海は会社の下に目を向けると、たまらなくなって立ち上がり、社長室を出て行った。