第173話 出発準備

「尤其、彼にご飯が出来たと伝えて」

 

白洛因は手を洗いながら尤其に尋ねた。

「お父さんは?」

 

「あぁ、父さんは今出張中なんだ。」

 

白洛因が手を拭くと、尤其は出て行った。

 

 

 

尤其のお母さんは明らかに三人分以上の量の料理をテーブルに並べていたが、そのどれもが食欲をそそった。お母さんは、白洛因が座ってお礼を言うとそっと答えた。

 

「あなたがなにを好きなのか分からなくて、たくさん作ってしまったの。嫌いな物があったらごめんなさいね?」

 

白洛因は笑って答えた。

「好き嫌いなんてありませんよ。全部食べれます。」

 

「尤其聞いた?彼、私たち家族を合わせたのと同じぐらい食欲があるだなんてすごいわね。」

 

白洛因は目を細めた。

お前に俺を褒められるか?

 

尤其が野菜を取っている白洛因を見ると、白洛因はあまり親と喋るのが得意ではないらしく、母から聞かれたことを答えるばかりで、あまり自分から口を開くことはなかった。しかし白洛因は尤其の母の事が嫌いなわけではなかった。外見は美しく、そして優しく、彼女が話す度に心が暖まる様だった。

 

白洛因は尤其のことを羨ましく思った。

 

「ほら、おばさんがご飯を取ってあげるよ」

尤其の母は身を乗り出した。

 

白洛因は自分の茶碗を手渡さず、恥ずかしそうに笑った。

「いえ、もうお腹いっぱいです」

 

「お腹いっぱい?」

お母さんは美しい目で見つめながら言った。

「何を言ってるのよ。最低五杯は食べないと。まだ三杯しか食べてないでしょう?」

そう言うと白洛因の茶碗を取り、茶碗いっぱいにご飯を盛った。

 

白洛因は実を言うとお腹いっぱいなわけではなかったが、昨日あまりちゃんと食べていなかったため、食欲がなかった。しかし、どの料理もとてもおいしく、白洛因は一生懸命になって口の中に入れて、ご飯を食べきった。

 

「ほら、もっと食べなさい」

尤其の母はまた身を乗り出した。

 

白洛因は今回ばかりは本当にお腹いっぱいだったので、勇気をだして断った。

「おばさん、もう本当に食べられないんです」

 

尤其の母はその美しい顔を悲しそうにして言った。

「美味しくないかしら…」

 

「いえ!」

白洛因はすぐに否定した。

「本当に美味しいです」

 

「でも少ししか食べてないじゃない…」

 

白洛因は苦し紛れに答えた。

「もうたくさん頂きました」

 

尤其の母はため息をついて席に座り、宙ぶらりんになっていた箸を置いた。
「もう食べたくないならしかたないわね…」

 

白洛因はため息をついて言った。

「おばさん、もう一杯盛ってもらえますか?」

 

途端に尤其の母の目は輝いて、嬉しそうに白洛因のお茶碗を手に取った。

 

お茶碗を受け取ると、白洛因は無理やり詰め込んだ。これがとても美味しいご飯だったから良かったものの、美味しくなければ最悪だっただろう。白洛因はゆっくりとご飯を食べて、二人が食べ終わるのと同時に、最後のひと口を食べた。

 

「お腹いっぱいになった?」

尤其の母が尋ねると、白洛因はすぐに頷いた。

「本当にもうお腹いっぱいです」

 

骨が折れるように立ち上がって、ようやく生き残ったとため息をついた。

 

「じゃあスイカ食べましょう」

尤其の母の微笑みを見て、白洛因はもう何も言えなかった。

 

 

 

夜になると、尤其の母はすぐに寝たが、白洛因は尤其の部屋で消化するために歩き回っていた。

 

「白湯飲むか?」

 

白洛因は首を横に振って「胃が取れる」と言った。

 

「大袈裟だろ」

 

「昔はかなり食べてたんだよ。たまたま食欲がなかっただけだ。」

白洛因は胃を擦りながら言った。

 

「顧海の事考えてたから?」

尤其の口調にはトゲがあった。

 

白洛因は歩くのをやめて、小さな声で言った。

「どうして顧海を?」

 

白洛因の言葉が信用出来ないのは分かりきっていたが、それでも聞いた時に尤其は苦しくなった。

 

「来い、助けてやるよ。」

 

尤其が白洛因を呼ぶと、白洛因は隣に座った。

 

尤其は白洛因の腹に手を伸ばして上から下へと撫でたが、脂肪なんて見つからなかった。

 

白洛因が目を閉じてゆっくり呼吸していると、突然顧海のことを思い出し。いつも白洛因が食欲がなかったり、食べすぎたりすると、顧海は同じように腹を撫でてくれて、それをされるとすぐに元気になった。

 

尤其がそのまま撫でていると、白洛因が突然手首を掴んだ。

 

「自分で出来る、顧海。」

 

尤其の表情は固まり、声を出すのにも時間がかかった。「なんて呼んだ?」

 

白洛因は恥ずかしくなって「違う…違うんだ…」と言った。

 

「それでも顧海のことを考えてないって言うのか?」
尤其の顔は青くなっていた。

 

白洛因の胃の調子は途端に良くなって、嬉しそうな顔で隅に置いてあるギターを指さして「お前のか?」と聞いた。

 

尤其は分かりやすく白洛因が話題を逸らしていることが分かって睨みつけた。

……本当に寝る気はあるのか!?

 

「弾いてもいいか?」

白洛因は生意気にも尋ね続るので、尤其は真っ黒なギターを白洛因に渡した。

 

 


夜中、尤其は起きていたが、白洛因はしばらくすると眠った。尤其はそのまま白洛因のことを見ていると、木に登るコアラのように丸まって眠っていた。まるでいつも誰かと眠っている習慣が出ているようだった。

 

顧海、戻ってくんなよ!

 

 

 

 

一週間後、顧海はやっと仕事から開放された。

 

顧洋がしなければならなかった仕事は基本的に処理されていて、あとは関連書類を纏めてアシスタントに渡すのみとなった。自分がしなければならない仕事は既に終わっており、いつやめてもいい状態だった。

 

やっと、釈放される。

 

「なぁ、散歩してきてもいいか?こっちに来てから一度も街を歩いたことがないんだ。」

 

顧洋はめったに感情を顔に出さないが、顧海を見て哀れな顔をした。

「遠くに行きすぎるなよ。誰かに付けられていると感じたらすぐに連絡しろ。」

 

「心配しすぎじゃないか?」

顧海は軽蔑した視線を送ったが、顧洋はそれを無視してカードを投げつけた。

「何か買うならこれで払え」

 

それを受け取ると顧海は口角を上げた。

「よくわかってんじゃん」 

 

「早く行って早く帰ってこい」

 

結局、顧海は夜の九時になっても帰ってこなかった。顧洋はじっと座って居られなくなって、時計を見ると、顧海が家を出てから既に十時間は経過していた。

 

ある可能性を考えて、顧洋はソファから飛び降りて靴を履き替えた。

 

しかし、靴を履き替える前に、ドアが開いた。

 

顧洋の動きは即座に固まった。

誰かが大きな箱と小さな箱を抱えて入ってきたのだ。

 

「なんでたってこれだけを買うのにこんなに時間がかかったんだ」

 

箱を置きながら顧海は答えた。

「あぁ、疲れた。」

 

「早く帰ってくるように言っただろ」

顧洋は怒って叱った。

 

「買い物には時間がかかるだろ」

 

「なんでそんな遠くまで買いに行ったんだ。遠くに行くなと言っただろ。空港自体が俺たちを監視してくるかもしれないとは考えないのか!」

 

「だからなんだ。俺はこれをプレゼントとして買ったんだ。」

 

「要らない」

顧洋の目は冷たかった。

「なんのために半年間身を隠し続けたんだ!こんなにたくさんのものを買ってきて、ここが散らかっているとは思わないのか?」

 

顧海はじっと固まって、無力な顔で顧洋を見た。


神経症が悪化してないか?家族である因子のためにお土産を買っていくことも許されないのか?俺は間違ったことはなにもしてないのになんで止めるんだ?」

 

顧洋は顧海の燃えているような目を見た。

「はっきり言ってお前と会話する気にもならない。全部捨てろ!」

 

顧海はその火を灯したままだった。

「いやだ。」

 

 

三十分近く口論していると、ついに顧洋は手を引いた。

 

「持っていきたいなら、一つか二つに絞れ。そんなに持っていくのは非現実的だ。」

 

顧海は牛のように怒った。
「いやだ。何一つ残さず全て持っていく!」

 

空気はビリビリとし、顧洋は目を赤くしながら、顧海の持っているものを奪うべく、大きく一歩踏み出した。

 

「やってみろよ!」


顧海はライオンのように吠えた。

「警察を呼ぶぞ。捕まってもいいなら俺から奪うんだな!」

 

その言葉を聞いて顧洋は絶句した。