第182話 ネズミ
精神科医が去った後、顧海は二人の特殊部隊員に小さな講堂へ連れられて、一人で劇を見せられていた。その内容はAVの様なもので、男性がコスプレをした沢山の巨乳で尻の大きい女性を、皇室を選択する皇太子のような劇だった。
顧海はなんとも思わず見ることが出来ていた為、顧威霆は本当に無駄なお金を使っていた。
しかし例外なく、その劇に出てくるどの女性も美しかった。その行為の数々は非常に露骨で、顧海はただ座ってみていたが、もしただの兵士であれば女性を見ただけで逃げていただろう。
顧海は終始頭を下げ、たまに上げたが、その目は閉じていた。
そんな気分でもないのに見たくもない。
劇監督は、その顧海のつまらなそうな様子を見て、舞台裏へと戻ってきた女性に一人ずつ声をかけた。
「なにをやってるんだ!こんなに多くの女が揃ってるのに、たった一人興味を持たせることも出来ないのか?もっと動いて、表情を感動的にしろ!その無気力な姿に加えて、パフォーマンスも何も無いじゃないか!彼は眠たいと言ってたぞ!」
「どれくらい動けばいいんですか?」
女優は泣いていた。
「私はバレエを踊っていて、それだって前後に動くだけの動きが大幅に変更されたんです。もうこれ以上変更があれば、それはバレエではありません!」
「うるさい!次はなんだ!?」
「女性の独唱です。」
「飛ばして次のポールダンスを前倒ししろ!」
ポールダンスが始まり、顧海は瞼を上げたが、その中で一番面白かったのは真ん中に立つポールだと思った。
その後は全てダンスと歌だった。ステージで踊り狂う沢山の女性の最前列で顧海は見ていた。瞼を持ち上げれば、目の前に白い大きな肉の塊が二つ現れて、彼は笑ってしまいたかった。
顧威霆の脳みそはどうなってるんだ?
こんな贅沢なことをしなくても、DVDを二枚置けば済む話じゃないか。
帰ってくると直ぐにシャワーを浴びてベッドに横になり、携帯をいじっていた。
幸い、顧威霆はスマホを没収しなかった。
「因子……。」
顧海の優しい声が流れた。
返事が帰ってくるまで、長い沈黙があった。
「なにしてるんだ?」
「横になってる」
白洛因の声を聞くだけで、顧海は彼がどれほど傲慢な表情をしているかわかった。
「まだ怒ってるのか?……なにに怒ってるんだ。」
「怒ってない。怒ってないから、少し話そう。」
「口でも取り替えたのか?」
顧海は笑った。
「俺に嫁って呼ばれたいか?」
白洛因は窓際に立ちながら、顧海の笑い声が夜風とともに耳に触れた。その声を聞くと、白洛因は口角が上がるのを抑えられなかった。
「怪我は治ったか?」
顧海は悲しそうに言った。
「どうすれば薬が手に入るんだ?俺が苦しんでても、誰かさんは全く気に求めないんだ……。」
白洛因は鼻を鳴らした。
「そのまま死ぬのを待ってな!」
「お前が俺を殺してくれるか?」
白洛因は言葉を失って、無理やり話題を変えた。
「今まで何してたんだ?」
顧海はさりげなく嘘をついた。
「もっと早く電話した方が良かったか?」
「分かってんじゃん。」
白洛因は遂にそれを認めた。
顧海はあまりにも幸せだった。
しばらくして、ゆっくりと話した。
「今日は父さんが手配したショーを見てたよ。」
「ショー?どんなショーだったんだ?」
「えっと……父さんは女性への関心を取り戻したいらしくて、沢山の女優を呼んだんだ。目の前に肉の塊が二つ揺れて、捻れたデカい尻はほとんど俺のモノの上に乗ってた。お前も見たかっただろうが、俺は……。」
まだ話の途中だったのに電話が切れた。
嫉妬か……。
顧海の唇が弧を描いた。
白洛因はタバコに火をつけて、窓際に立ち、眉間にシワを寄せていた。
中龍路なんて無くなればいいのに!
もしなければ、今すぐに部屋を飛び出して、あいつを犯してやる!
夜遅くになっても、顧海は眠ることが出来なかった。ドアを開けると、恐らく夜勤の兵が二人立っている。
「お兄さん、宜しければ寝てください。」
顧海は一人の男の肩を叩いた。
その男の肩がカチカチと鳴った。
「ありがとうございます。けど眠くないので大丈夫です。」
そう言うと、また違う音を鳴らしながら前を向いた。
どんだけ真面目なんだよ!
顧海はドアを殴った。
窓際に立ち、周りを見渡すと二つの部屋があったが、ドアと窓は全て同じ方角にしかなく、空軍の訓練基地しか見えなかった。この時、顧海は冷たい風の中に立つ警備員になりたかった。動けはしないが、少なくとも白洛因の窓から見えるところに立てる。
一週間も、顧海はただ座って待つ事なんて出来ない。
晩御飯を食べている時、通常通り二人の特殊部隊員が交代すると、三人の兵士が向かっているのがわかった。
「なにしてるんだ。ここは許可無く入っていい所では無いぞ。」
丸顔の一人の兵士が話した。
「顧少佐に来るように言われたのです。」
「顧少佐に?なにを頼まれたんだ?」
「顧少佐は退屈だから、三人寄越してトランプをしないかと。」
話していると、ドアが開いて、顧海の冷たい顔が出てきた。
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- 恐るべき顔が二人の特殊部隊員の前に現れた。
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「俺が呼んだんだ。」
他に言うことは無いと顧海は顎を上げて特殊部隊員に示し、三人の兵士を中に入れた。顧海が機嫌がいい時は親しみやすいが、機嫌が悪い時は心臓が止まる程怖かった。この時、彼の父親の言葉を思い出し、二人の特殊部隊員は去ることを躊躇っていたが、顧海の目を見ればそんな考えを消す他無かった。。
とにかく彼は、白洛因以外にもこの計画を台無しにしないようにと伝えていた。
「どうしたんですか?ここにトンネルでも掘るんですか?」
顧海は頷いた。
「あぁ、問題あるか?」
「いえ……掘ること自体に問題はありませんが、私たちは掘ったことがありません。あなたが指示すれば私たちは動きますが、長時間かかってしまいます。」
「どれくらいかかるんだ。」
顧海は聞いた。
三人は顔を見合わせて、その後顧海を見たが、明確な答えは出てこなかった。
「私たち三人がやれば、少なくとも一ヶ月はかかります。」
「一ヶ月?」
顧海の顔が青ざめた。
「一ヶ月後はもうここには居ない。そんなにかかるか?」
三人のうちの一人が慎重に尋ねた。
「どれぐらいで掘ればいいんですか?」
「三日だ。」
「三日!?」
三人は叫んだ。
「それでは他にも人を呼ばなければなりません。」
次の日、二人の特殊部隊員が通常通り交代すると、大きな荷物を抱えた沢山の男が向かってきた。
「止まれ!」
特殊部隊員が叫んだ。
「何をしているんだ?」
リーダーが話した。
「顧少佐が退屈だと仰って、今日はここでパーティをしようと。疲れたらここで寝てもいいからと毛布を持ってくるように言われました。」
二人の特殊部隊員は目を見合わせて、一人は固く言った。
「上官の許可は貰ったのか?夜に帰らないのは重大な規律違反だ!多くの兵が無断で出ていくなんてありえないだろ!」
「いえ、私たちはここの者ではありません。」
二人の特殊部隊員は汗をダラダラと流した。
顧少佐はどれだけ人を呼ぶんだ!
顧海はドアを開け、立っていた人を迎え入れた。
三日連続、顧海は歌ったり踊ったりし続け、その声は白洛因でもはっきりと聞こえるほどだった。
「顧少佐は一日中このようなことをしていて、疲れないのか?」
「お前も一緒に狂ってこいよ。彼が外に出てトラブルを起こして死体を探すよりかはマシだろ?」
「確かに。今日はシャベルの音がずっと聞こえるのはなんだ?」
「きっと珍しい楽器だろ。」
翌朝早くから、この集団は土を持って出て行き、その中にはシャベルもあった。
白洛因は三日間、騒音を聞き続け、何が起こっているのか顧海に聞いても、顧海は何も答えなかった。四日目になると騒音が鳴り止み、白洛因は部屋の真ん中に立ちながら、少し不安を感じていた。
そんなことを考えていたちょうどその時、突然、足の下でネズミが穴を開ける音がした。
こんな部屋にネズミが?
白洛因が疑問に思っていると、足の下から話し声が聞こえた。
ラットか?
白洛因が大きな一歩を踏み出すと、突然、足を踏んだばかりのところがひび割れた。すぐ後ろもひび割れていて、穴が空くと、底から泥だらけの手がでてきた。
母さん!
白洛因は声を上げた。
助けて、大きなネズミが出た!
白洛因は驚いて、脳が停止してしまい、まるで御伽噺の世界の中にいるようだった。
「因子!」
顧海は興奮して白洛因を抱きしめ、その身体からは泥の匂いがした。
「見たか?これが"愛の力"だ!」
しばらくして、急に白洛因は顧海を押して、怒った表情をしていた。
「馬鹿じゃないのか?もっと合理的になれよ!」
顧海は白洛因をしっかりと見て、表情を変えた。
「お前にちゃんと良識があれば、この行動が愛を減らす原因になるとは思わないのか!?喜ぶとでも思ったのか!」
きっといつか大人になってお互い冷静になる日が必ず来る。お前は賢く開放的になって、日々感情を擦り合わせながら、調和する。
俺はお前の手の傷跡を二度と騒ぐこともないし、お前が俺の言葉にビクビクすることも無い。
しかし、その日が来るとしたら、必ずなにか見落としているものがあるんじゃないか?
もし見落としていなければ、この関係をどう支えるんだ?
激しくも冷静に考えていた。
元の関係の方が、楽しかったんじゃないか?