第181話 洗脳計画開始
殴られたあと、顧海は腫れた口で朝食を食べ、顧威霆は対面に座りその姿を見ていた。
「一生見続けるつもりか?」
顧威霆は冷静に返した。
「お前が生きている間ずっと眺め続けるつもりは無いが、私が生きているうちに、お前の自由はないと思え。」
顧海は食べるのをやめて、悲観的な表情で顧威霆を見た。
「親を正義で殺すように強制するなよ。」
顧威霆は立ち上がり、服を着て鏡の前で身を整えながら言った。
「もしお前が私を殺せたなら、私はお前を誇りに思うよ。」
「狂ってるな……」
顧海は呟いた。
顧威霆は襟を正しながら、顧海のことをちらっと見た。
「なんて言ったんだ?」
「俺は頑張るって言ったんだ!」
顧海は拳をふざけたように振った。
それから心の中で思いつくだけの悪口を言った。
顧威霆は最後に服を確認すると、靴を履いて去る前に顧海に言った。
「一週間出張に行ってくる。」
顧海の目が輝いた。
「監視役を送る。」
顧威霆は一言付け足した。
顧海の輝いていた瞳に怒りが混ざり、自信を持って反論した。
「俺は学校に行かなきゃならないだろ?こんなことのために勉強を無駄には出来ない。」
「心配するな。二人に家庭教師を雇ったからマンツーマンで授業をしてくれるさ。100%お前が集中できるようにな。」
顧海の紫色の唇がぴくぴくと動いた。
「どっかの教育機関に騙されてないか?」
「彼が私を騙せるぐらいだったら、お前のことも簡単に騙せるだろうな。」
顧海は否定的な表情をした。
顧威霆は去る前にもう一度声をかけた。
「もう我慢ならないから、一週間だけ時間を与える。一週間後にもう一度確認する。それでもまだ駄々をこねる場合はお前らに対してなんらかの対処をする。」
そう言い終わると、厳格な足音が遠ざかって行った。
顧海はすぐに立ち上がって、昨日隠していた軟膏をドアに向かった。
「顧少佐!本日よりよろしくお願いします!」
二人の男は長い銃を持ち、敬礼した。
「よろしくな。」
顧海の顔は無関心に見えた。
移動しようとすると、二つの暗い影が光り、顧海の腕を取り、無理やり引っ張った。顧海はこのような拘束になれていた為、すぐに殴り、二人で遊んでやった。
二人は顧威霆にも認められるほどの特殊部隊のエリート中のエリートだった。それぐらいでないと顧海の相手は務まらない。顧威霆は去る前に、命令に従わなければ武力行使すると言っていた。この二人も同じ脳みそを持っており、統一されたひとつの手段で顧海を抑えつけようとした。対応するのは難しかったが、安定していた。
二人はこれ以上顧海の相手をすると不利になると踏んで、手錠をかけた。
「長官の息子である価値を理解してください!」
は?馬鹿げてる……。
顧海は心の中で吐き捨てた。
結局、二人は白洛因の部屋まで顧海の護衛をした。二人は目を合わせて、顧海を助けざるを得なかったが叫んだ。
「どうして彼の部屋に行くと言わなかったんですか?」
特殊部隊の一人は胸を張って、率直に言った。
「お前が聞かなかったからだろ。」
「行け、もう二人は帰っていい。」
二人は一緒に出て行った。
「待て、先に手錠を外せ。」
白洛因は顧海が囚人のように扱われているのを見て、文句を言ってやりたかったが、二人が怪我をしているのを見れば、もう何も言えなかった。殴られているんじゃないかと一晩中震えながら心配していた出来事が、怒ってしまっていたのだ。
「寝てないのか?」
顧海は白洛因をその大きな瞳で見た。
白洛因は口を動かしたが、しばらく音にすることが出来なかった。
「そうだ。」
顧海はポケットから軟膏を取りだした。
「昨日お前に渡したかったんだが、父さんに見つかっちゃんだ。」
白洛因はそれを受け取るためにちらっと顧海を見た。
「なんのために?」
「昨日鞭で打たれただろ?」
白洛因はもうそんなこと忘れていたが、顧海が覚えていることに驚いていた。
「そんなために軟膏を持ってきたのか?」
「俺はいつも打たれてたし、蚊に刺されるようなもんだよ。」
そう言うと白洛因の手を取り、そのあざの出来た手を見た。
「くそ、俺が変わってやれたら良かったのに!」
白洛因はこの言葉を顧海から聞くと、胸に刀が刺さったような感覚になった。
「離れる前にお前に言えなかったけど、おじさんと衝突してないよな?」
「俺は間違ったことは言ってないよ」
顧海は悲しげな顔をした。
「父さんと丁寧に話して、そしてそれに同意したんだ。でも父さんは凄い不合理的に話す。」
白洛因は目を細めながら尋ねた。
「俺について聞いたりしたか?」
顧海は微笑みながら口を開いた。
「お前はよく分かってるなぁ。」
白洛因は一瞬何も言えなかった。
「そうだ、父さんが手配した部屋はどこだ?状況はどうだ?」
「ちゃんと寝たか?ベッドは広いか?毛布は暖かいか?」
「家庭教師を寄越されることは聞いたか?どんな教育体制かも分かってるか?」
顧海の口は止まらなかったが、白洛因は何も答えず、顧海を見ることも無く、ずっと憂鬱な顔で座っていた。顧海は心配になって一生懸命に話していたが、何も答えないのを見て、白洛因の感情を理解できなかった。
「なんで何も答えないんだ?」
顧海は怒りながら白洛因の頭を撫でた。
白洛因は顧海を睨みつけた。
「お前だって俺を無視するだろ!」
昨日散々二人は顧威霆に罵られたが、そんな言葉よりも白洛因のこと一言の方がよっぽど辛かった。
「やっと会って顔を見ることが出来たのに、そんな酷いこと言うなよ。」
白洛因は黙っていたが、心の中で言った。
お前ほど酷くないだろ!お前がやってきたことを見てみろ。……お前は何に恐れてるんだ?
家庭教師が来るまで、顧海は白洛因に何も言えなかった。
この家庭教師も大学院資格を持つ軍の将校であり、以前にも義務的に二人の兵士を指導していたが、この様に長官の息子を指導することは初めてだったため、少し緊張していた。
「まず自己紹介します。二十六歳男性、北漢大学卒業の張華と言います。」
二人が彼のことを見た。
「それでは、高校と同じ授業を教えていきますが、私に教えられることにも限りがあります。わからないことがあれば直ぐに言ってください。」
「あぁそれと、私のことは張先生ではなく、シャオチャンと呼んでください。みんなそう呼んでいるので。」
「では、授業を始めます。」
先生は目の前で話していたが、二人とも聞いていなかった。
顧海は白洛因がなぜ突然怒り出したのか、理解出来ていなかった。
連れてきてしまったから?
ここで不当な扱いを受けてるから?
来たのを後悔してるから?
ここから出ていきたいのか?
なんでこいつは怒り出したんだ……
白洛因は助け舟を出さなかったが、顧海のことをちらっと見ると、顧海は何を考えているのか眉をひそめていた。その顔を一度見てしまえばもう目を離すことはできなかった。まるでボロボロの子供のような姿は、見れば見るほど心配になる。
昼食は各々の部屋で食べなければならないため、食事が運ばれてきた。
午後の授業の帰り道、遂に顧海は白洛因の部屋を見つけた。どうも孫警備兵の部屋に住んでいるようだったが、それは顧海にとって好都合だった。
しかし顧海はその部屋のドアを見つめるだけで、何も出来なかった。
食事をしていると、誰かがドアをノックした。
顧海がドアを開けると、白いコートを着て、メガネをかけている、典型的な医者のような見た目をした人がいた。
「部屋を間違えてませんか?」
「あなたが顧海さんですよね?」
言うまでもなく、顧威霆が指示したらしい。
「俺はゲイだ。しかも顧海ではない。」
医者は丁寧に微笑んだ。
「あなたの性同一性障害を治しに来た、精神科医の王暁曼です。」
顧海がドアを閉めようとすると、その女医は素早く部屋に入り込んだ。
「……普段もそのように病室に入るんですか?」
顧海の表情は真っ暗である。
医者は作り笑いを見せた。
「入らないと進まないでしょう?」
「座ってください。」
顧海が顎を下げると、女医は頭を下げた。
「たまたま心に誤作動が起こっただけです。それを治す手伝いをさせてください。」
「結構です。」
顧海は眉を潜めた。
「それでは、なぜ彼は私のことを無視したのか、教えて頂けますか?」
「誰のことです?」
「あなたは精神科医でしょう?なら私が考えていることが分かるはずなのに、どうして聞くんですか?」
医者は恥ずかしがった。
「では、これから分析しますね?」
顧海は頷いた。
「彼があなたを無視した理由は、あなたが従順ではないからだと思いますよ。」
「従順じゃない?」
顧海は困惑した表情をした。
「俺のどこか従順じゃないんですか?」
「私が思うに、彼の生活環境的に、彼が命令すればほとんどの人が従います。彼の思考は直線的で、合理的でも感情的でも無いんです。理由なんて聞かずにあなたは言われたことに従わなければならないんです。そしてあなたは彼の息子として、通常ではない生活環境に……」
「誰が息子だって!?」
顧海は突然怒り出した。
「そしたらお前の家族は全員あいつの息子なのか!?」
医者の顔は青ざめ、弱い口調で話した。
「どういうことですか?」
「あなたが言ってる人と俺が言ってる人は違う!」
「私は…」
「精神科医なんてやめた方がいいですよ。」
顧海は暗い顔で手を振った。
「俺があなたを殴る前に、今すぐ出ていけ!」