第184話 朗報

顧威霆が寝ようとした時、顧海は既に眠っていた。

部屋の灯りを消そうと、顧威霆の手がスイッチに触れたが、押せなかった。顧威霆は突然顧海の事をちゃんと見たくなって、寝ている顧海の近くへ寄った。幼い頃から今まで息子のことをこんなにも注意深く見たことは初めてで、顧威霆が瞬きをしている間に、いつの間にか大人になっていた。

父親の喜びである、息子の成長を全て見逃してしいた。いつ電話をかけることを覚えたのかも、歩くことが出来るようになったかも分からない。入学式にも行ったことがないし、今彼が好きな食べ物も、好きなことも分からない……

現れる度に、悪魔のような顔をしていた。

彼が軍事訓練を怠った時、学校に行きたくなかった時、一人で困っていた時、彼らのこの関係が明らかになっていた時……

まず怒鳴り、そして殴っていた。

これが父と息子の唯一のコミュニケーションだった。

彼は母親が亡くなった日でも、顧海に温かさを与えることはなく、自分自身を誤解していた。たった14歳の子供が唯一の温もりを失うことが、どれほど悲しく絶望的か。身長180cmもある息子が、クローゼットで体を丸めている姿を見て、心が傷んだ。

彼が何かを間違えたとしても、その犯人は自分である。

顧威霆が静かに顧海の顔を見ている自分の目が、どれほど穏やかだったかは分からなかった。顧海の髪になにかが付いているのに気づいて手を伸ばすと、顧海の口元に泥がついているのに気づき、何も考えずにその泥を拭った。

電気を消して、しばらく横になっていると、顧海の体が近づいてくるのが分かった。

彼は眠っていて、なににも警戒していなかった。

顧威霆は横向きに寝て、瞼を閉じると、彼よりも数倍暖かい手が、顧威霆の大きな手を包んだ。顧威霆はビックリして顧海を見たが、眠っているままで、無意識に手を暖めているようだった。

その瞬間には、心に深い感情が込められていた。





翌日の朝食時、顧威霆は孫警備兵に尋ねた。

「顧海についてどう思う。」

孫警備兵はその言葉を聞いて、粥を飲み込んでしまい、窒息する所だった。

「私に聞いたんですか?」

「他に誰がいる。」

孫警備兵は箸を置いて、ぎこちなく微笑んだ。
「私は、彼らの親として大騒ぎする必要は無いと思うのです。時々叱れば、彼らはそれをヒントにして自分のためになにが正しいのかを考えます。問題はそれが合っているかです。私の娘に例えれば、娘は中学2年生の時に少年と付き合い、別れるまで私も妻もそれを知りませんでした。今娘は元気に働いてます。」

「娘はそれを冗談のように私たちには話しました。知っていれば止めていたでしょうが、止めれば子供は付き合うことが正しいと考えるでしょう?それを真実の愛だと感じるでしょう?」

「二人も同じことで、今止めてしまえば、二人はこの関係を運命だと無意識のうちに認識します。実際に何を見たんですか?あなたは彼らが抱き合うところ、キスをするところを見たんですか?考えても見てください。私たちが若い頃には友人同士でそんなことをしてたでしょう。2、3年か経てば、新しい生活環境に身を置いて、ただの冗談だったときっと笑いますよ。」

顧威霆は考えながら、孫警備兵をじっと見ていた。

「手放すべきだと言うことか?」

「気にしないでください。」
孫警備兵は惜しみなく微笑んだ。
「話した所で聞くかどうかは彼ら次第です。」

顧威霆は冷静に鼻を鳴らした。
「心配しすぎですよ。昔サンリアンで小さな事件が起きたのを覚えてますか?ベッドを確認すると彼と店に居た男が一緒に寝ていたんです。調査後、この関係は以上だと追放されました。結末は知ってますか?2人が軍を去った後、2人とも結婚して子供も居ます。今は連絡も取り合ってないそうです。」

「貴方が言っていることは分かるが、家の息子はそんな虎ではなく、珍しい特別な品種だ。」

孫警備兵は笑った。
あなたは特別な品種を飼ってたんですか?

「彼らに特別なことは何も無いと思いますよ。あなたの息子だから、あなたは特別だと感じるんです。私だって私の子供のように思ってますから、今すぐ離れるべきだと思います。しかし問題に対して焦りすぎるのはダメです。今の彼らは熱い時期です。そんな彼らに何が出来ますか?一度国外に送られ、閉じ込められた気持ちが出てしまってますよね?彼らがお互いを思いあっていれば、あなたがどのような方法を使ったところで、彼らは二人で居れる方法を探し続けます。」

最後の一言に、顧威霆は同意した。彼らには心があり、力尽きるまでどれほど投げたところでその情熱を失うことは無い。




午前の授業が終わると、二人は顧威霆にご飯に誘われた。

「飯を食い終わったら、したいようにしなさい。」
顧威霆は深い声でそう言った。

白洛因も顧海もご飯を食べていたが、この言葉を聞いた途端に顔を上げた。

「父さん、それはどう言う意味だ?」
顧海は聞いた。

顧威霆は二人をちらりと見た。
「お前らがここにいることは迷惑なんだ。」

突然の朗報に、2人は反応出来なかった。

白洛因は顧威霆の顔を、信じられないとでも言うようにずっと見ていた。白洛因は午前授業中、また顧海を殴るんじゃないかと心配していた。そんな中状況は一変し、しかも悪い方向ではなくいい方向に転んだのだ。

顧海は箸を置いて顧威霆の額に手を当てた。

「父さん、具合が悪いのか?」

「違う!」
不機嫌に顧威霆は答えた。
「早く食べて早く出てけ!」

顧海の黒い目が光った。
「父さん、本当に大丈夫か?」

顧威霆は「黙れ」とだけ答えた。

「やめろ!」
顧海は安い芝居をうった。
「父さん、俺の言葉気にしないでくれ。父さんが俺を正しい道に連れていってくれるんだろ?もし手放して道を外したままだったらどうするんだ?」

顧威霆はお茶碗に持ったご飯を食べた。
「私が何をやったってお前は変わらないだろ。とにかく気にしてないからどっかに行きなさい。」

「寂しくならないか?」

これを聞いて、顧威霆は動かしていた箸を持つ手を止めた。

顧海は緊張したが、なぜ動かなくなったのか疑問に思った。
気が変わって俺を置いとく気になったか?
ふざけんな、言わなきゃ良かった!

顧威霆は何も言わずに顧海を見て微笑むと、何も言わずにまた食べ始めた。

白洛因はこの家にいる間に顧威霆のこんな微笑みを見たことがなかったため驚いた。

「父さん、さよなら!」

顧海は荷物を持ってドアに立ち、顧威霆に別れを告げた。

白洛因も顧威霆を見たが、顧威霆が自分のことを見ると、目を逸らした。

2人は孫警備兵に声をかけられることも無く、並んで去って行った。


孫警備兵はため息をつくことすら出来なかった。
「白洛因は本当にいい子ですね。」

顧威霆は横目で彼を見た。
「お前の娘を紹介してやれよ。」

「嫌です。」
孫警備兵は微笑みながら首を横に振った。
「見合う様な娘じゃないですから。」

顧威霆も笑うと、2人は振り返ってまた歩き出した。




帰り道、白洛因は真剣な顔をしていた。

顧海は白洛因の頭に手を置き、元気に尋ねた。
「昨日のことを考えてるのか?」

「違う。父さんのことを思い出したんだ。」

顧海は歩みを止めた。
「このまま家に帰るか?」

「帰らない。」
白洛因が突然顧海の腕を掴んだ。
「父さんに本当のことを伝えようと思う。」

その白洛因の言葉があまりに重く感じて、顧海は緊張した。

「本当に言うのか?」

「決めた時に言わないと、迷うだろ……」

顧海は額を抑えた。
「そんな事言うなよ……」