第202話 チベットへ

「この車はどうだ?」

豪華なオフロード車が白洛因の前にあり、ランドローバーの特別仕様車だ。

「なんでこんな高い車を?」

「金は?」
顧海は車のドアに寄りかかりながら、なんてことの無い顔に笑顔が隠されている。
「買い替えた。」

白洛因は目を細めた。
「買った?お前の金で?」

お前は俺に持ってた金、全部渡さなかったか?
なんでそれなのに金を持ってるんだ?
馬鹿じゃないのか!

「赤いダイヤのネックレスを覚えてるか?それを俺がどうしたのか知らないのか?」
白洛因は顧海が泥棒になったんだと理解した。

「北京にいた時それを買いたいと連絡があったんだ。2日後にまた連絡が来て、オフロード車も欲しかったし、あれが手元にあっても無駄だろ?金はただの金だろ!」

白洛因は額に汗を浮かべた。

「でも不動産証がないだろ。」

「車を借りるのには金がかかるだろ?買ってもいいが、大学入試まで時間がない。走り回ってる暇ないだろ!」

白洛因は皮肉を込めて笑った。
「ここにいるのに入試受けるのか?」

「今までなにをしてたんだ?あと3ヶ月しかないんだぞ!ほらほらほら、早く車に乗れ。急がないと暗くなる。」

白洛因は動かず、穏やかな顔で顧海を見つめた。

顧海の口がぴくぴくと動き、体が硬直したが、すぐに動き出した。ポケットに手を入れると、カードを取り出して、それをしぶしぶ白洛因に渡した。

「ネックレスの残りの金はまだここにある。」

白洛因の口角が上がった。
「行こう!」

2人は新車に乗って、新しい地へと向かった。


青島からチベットへは、四川チベット道、青島チベット道の2つがあったが、2人は四川チベット道を選ばず、景色が綺麗な青島チベット道を選んだ。トランクには、顧海が調べた資料があり、情報をまとめている。白洛因はそれを確認する担当で、緊急事態の為の対策も準備されていた。


3日後、2人は成都に着いた。幸せが溢れるこの街に目を輝かせて、白洛因は2日間、ここに滞在することを提案した。空は晴れ渡り、2人の目の前には煙のような雪山が現れ始めて、眠っていた神経が突然目覚めた。白洛因は景色を見て、目に喜びを浮かばせながら、顧海の手を取って言った。
「見ろ、チベットカモシカだ!」

顧海が運転速度を緩めて外を見ると、赤茶色のチベットカモシカはそう遠くない場所にいた。強く真っ直ぐな胴体が、高山の広大さとその雰囲気を表している。飛ぶように北へ走る姿は、生き生きとした色彩だった。

「呼吸は大丈夫か?」

顧海が聞くと、白洛因は自分の胸に手を当てて見たが、突然興奮しただけで、特に問題はない。

顧海は車を停めて、白洛因に経口液のペットボトルを渡した。

この経口液は高山病を事前に防ぐためのもので、既に2人は飲んでいる。白洛因はその匂いが本当に嫌いなので、毎回飲む前に歯を磨きたかった。しかし、今日は違う。顧海が強制的に飲ませる前に、白洛因が自分から素直に飲んだ。おそらく美しい景色を見て興奮していたので、そんな些細なことは無視できたのだろう。

「体調が悪いなら言えよ。」
顧海が言うと、白洛因が頷いた。
「大丈夫だから心配するな。早く行こう。」



正午、2人はようやくラサに着いた。

白洛因は興奮してドアを開けて車から降りようとすると、ちゃんと準備をしてから外に出ろ、と顧海に掴まれた。日焼け止め、サングラス、帽子……他にも色々。白洛因は顧海が心配しすぎて騒いでいると思っていたが、数歩進んであまりの日差しの強さに、顧海の言っていることが正しいと気づいた。

チベットに着いてから休む予定だったが、2人は待ちきれず、急いで食べて、大昭寺へ行き、太陽の下で午後を過ごした。門の近くで崇拝しに来る信者立ちを見守っていた。祝福を祈る純粋な瞳、厳格な表情、それらを見た白洛因は、信仰を持たないことは恐ろしいと感じずには居られなかった。

「俺も信仰しないと。」
顧海が突然そう言ったので、白洛因は彼に顔を向けた。
「来世のことを信仰してる人たちだぞ。どうしてお前が?」

「来世じゃなくて、今、この人生でお前と一緒にいたいんだ。」

白洛因の瞳には、隠しきれていない笑顔が浮かんでいた。
「俺がお前を救う仏になってやるよ!」

「ハハハ……」

大昭寺から、2人は地元の有名なチベット料理店へ行った。純粋なビール、独特なバターティー、そして手掴みの羊肉……残念ながらこの味にまだ2人は慣れていなかった為、店を出たあと、お腹がいっぱいにならない、と言いラーメン屋を見つけてラーメンを2杯食べた。


ホテルに着いた時には外は真っ暗だった。チベットでは昼と夜で大きな気温差があり、車を降りると、白洛因は寒いと呟いた。顧海は白洛因の肩を抱いて、2人は並んでホテルへ歩いた。

風呂に入っていると、顧海と白洛因は悲しいことを発見した。日焼け対策はしていたが、肌を太陽に晒しすぎていて、首の後ろは日焼けで皮が剥けていた。しかしそんなことよりも、鏡で自分の顔を見た時、サングラスで隠された所だけが白く残ってしまっている方が悲しかった。

顧海が白洛因に軟膏を塗っている時、心が痛んだ。
「うわ、もう柔らかい肉が見えてる。痛いか?」

「ちょっとだけ。」
白洛因はため息をついた。

その後、白洛因が顧海に軟膏を塗っていると、顧海には明らかな日焼けの跡が無くほんの少ししか赤くなっていなかったため、白洛因はまた、ため息をついた。
「前の綺麗だったお前の肌に、いつになったら治るんだ?」

顧海の目が輝いた。
「俺の肌は綺麗か?」

白洛因は恥ずかしがって言わなかったが、顧海の手は少し荒れているが、肌は未だすべすべとしている。特に太ももはかなり質感が良く、白洛因がベッドへの誘いに乗ってしまう原因はこれにある。

「綺麗だよ。」

これを聞いて顧海は驚いた。
「それだけか?」

「なんで他にも言わなきゃならないんだ?」
白洛因は気にせずに言った。

「なんで教えてくれないんだ?俺はいつもお前のことを褒めるだろ。足が長くて綺麗だ、尻は丸くて大きい、その口は小さくて可愛い……お前が俺の事を褒めたことは?どんなにお前の機嫌がいい時に聞いたって巨根しかないだろ。」

「お前!!」

白洛因は顧海をベッドに押し倒した。


寝る前、白洛因は顧海が布を切っているのを眺めていた。ハサミで真ん中に穴を開けて、それを顔に合わせ、サイズが合わないと切って、切れ味の悪いハサミを交換していた。

「なにしてるんだ?」
白洛因は理解が出来なくて、遂に顧海に聞くと、顧海は目線をそのままにして言った。
「マスク作ってる。」

「マスク?」
白洛因はそれを聞いて更に疑問に思った。
「マスクを作ってどうするんだ?」

「明日出かける時に顔を隠すんだ。」

白洛因は顧海の考えに乗り、目の周りだけが出ているマスクを着けて、顧海の考えを褒めたくなった。

「お前も作るか?」
顧海が元気に聞くと、白洛因は首を横に振った。
「自分用にしろ。明日それを着けてる時は近づくなよ。お互い知らない人のことにするから。」

「これの良さがわからないのか?」

白洛因は鼻を鳴らした。
「良さが分かったとしても、もうお前を好きではいられないだろうな?」

顧海は急いでその布と糸を片付けていると、うんざりした顔の白洛因に蹴られた。白洛因はシーツを綺麗にすると、大きなベッドに横たわった。そう言えば白おじさんが自分の足を褒めてくれたことを思い出し、自分の足に酔いしれながら触れていると、また白洛因に蹴られた。

部屋の灯りが消えても、部屋は照らされて、そして部屋の中には優しい香りもしている。

顧海が灯りが差す方を向くと、白洛因の手にランプがあることが分かった。火は強く燃えているのに、ガラスでその光が静かに和らげられている。顧海がそれを見ていることに気づくと、白洛因は顔を向け、顧海に微笑んで、優しい声で言った。
「見ろ、バターランプだ!」

灯りの中に確かに存在するその笑顔を見ると、顧海の心は暖かくなった。

堪らなくなって白洛因の肩に腕を回して、白洛因の頬に擦り寄った。

白洛因はバターランプを元の位置に慎重に戻して寝ようとすると、突然顧海の手が額に触れた。

「熱がないか?」

「そうか?気づかなかった。」

白洛因がそう言うと、顧海は灯りをつけて立ち上がった。白洛因が何をすべきか尋ねても、顧海はそれが言い終わる前に部屋を出て行ってしまった。しばらくすると、医者が来て、白洛因の体温を計ると、ただの微熱だったので解熱剤を飲むように言われた。

医者がそう言ったって、顧海はまだ安心していない。なにかがあるのかもしれないと恐れて、一晩中寝ずに白洛因を眺めていた。高山で風邪をひくと、肺水腫になると噂を耳にしていたので、この状況は危険だと判断していた。

翌朝早く、白洛因の微熱は完全に治り、2人はナム湖に向けて出発した。

高原の湖は空のように最も美しい。雪山の透き通った涙のように、湖は澄んだ青。しかし湖の中は暗闇で、まるで架空の場所のようだった。湖に傍に立つと、いつもいる世界から離れたように感じて、魂までもがこの純粋な湖の水で洗われているようだった。

壮大な高原を歩くと、野兎、羊……溶ける氷の美しい音が聞こえ、今まで感じていた全ての苦しみが軽くなった。