第165話 家庭内暴力

開会式後、試合開始の合図の銃声が鳴り響いた。

 

最初の競技は100m競走で、顧海は三グループ目だった。開会式後に白洛因がクラスメートと喋っているのを顧海は見ていた。白洛因は顧海の写真を撮るためにカメラを構えていて、振り返るとスポーツウェアに身を包んだ尤其が居た。

 

尤其は白洛因の隣に座っていたクラスメートに話しかけて席を代わってもらった。

 

「お前いつ出るんだ?」

 

「明日と明後日」

尤其は小さい声で答えた。

 

白洛因はカメラの画面を見ながら何気なく「ちゃんと練習したか?」と聞いた。

 

尤其は「なんもしてないも同じだよ」と真実を答えた。

 

白洛因は何かを言おうとしていたが、100m走の五グループ目が入場してきたのを見て何を言おうとしていたのか忘れてしまった。その中から顧海の姿を見つけて安心した。そしてカメラを構え、顧海が顔を上げて微笑んだ瞬間、シャッターを切った。

 

校庭では何人もの男子生徒たちが集まっている。

 

白洛因はカメラを置いて、写真を確認すると笑わずには居られなかった。

「くだらないな」

白洛因がそう言ったのを尤其は聞き逃さず、その言葉を聞いて尤其の口からはよく分からない感情が溢れ出た。顧海が入場すると、白洛因は一見いつもの顔でカメラを構えていたが、その顔はすごく笑顔だった。

 

先生はいつの間にか白洛因と尤其の前に座っていた。

 

「先生」

白洛因が呼ぶと先生は笑ってふりかえり、白洛因はその瞬間を写真に収めた。

 

競技が始まると、銃声と共に一グループ目が矢のように走り出して行った。スタンドから歓声が上がる中、白洛因は顧海の動きをひとつ余すことなく記憶するために、集中して見つめていた。

 

一グループ目が終わり、二グループ目の準備が整うと、スタンドはまた歓声に包まれた。

 

誰かが冗談を言うと、周りは口笛を吹いたりしだした。

白洛因は何を言ってるのか分からなかったが「チョコレート」とだけ言った。

 

尤其が後ろに座っている男子生徒に「なんで笑ってるんだ?」と聞くと、「先生は顧海にだけチョコレートを渡したんだ」と元気よく笑って答えた。

 

白洛因はカメラを手に取ろうと思ったが、すぐに元の場所に戻した。

 

「先生、なんで顧海にだけ物をあげたんですか?」

大胆にもある生徒が立ち上がって叫んだ。

 

今までの行いが嘘だったかの様に先生は穏やかに微笑み、そしてなにも返さなかった。少し恥ずかしがっている笑顔はまるで十七か十八そこらの女の子のようだった。

 

先生に近寄りやすいのは珍しいことで、生徒は先生と写真を撮ったりして、クラスの雰囲気は和やかだった。

白洛因は一瞬固まったが、三チーム目が登場すると、すぐにカメラを手に取った。

 

先生はみんなに向かって、「ほら、静かにして。顧海が走るわよ。」と言った。

 

位置について!と声が掛かると、一番最後に顧海はしゃがみ、そして白洛因を見てニヤリと笑った。この笑顔をみて白洛因はとても落ち着いたが、顧海を叱りたくもなった。あんなにも練習を重ねたのに、他の生徒に負けるわけがないのに、なぜ自分がこんなにも心拍数が上がっているのか、白洛因には分からなかった。

 

本当に顧海は半拍遅れて走り出した。

 

白洛因は本当に緊張したが、十mを過ぎた辺りで生徒も先生も大声で顧海を応援する声を聞いて安心した。50mを過ぎると、叫び声は歓声に変わった。

 

完走したあと、白洛因は手元のストップウォッチをチラッと見た。

 

いつもより0.5秒遅かったが、その記録でも余裕で校内最高記録を破っており、二十七組に直接二十ポイントを与えた。

 

顧海がクラスに戻ると、拍手に包まれ今すぐにでも白洛因の元へ行きたかったが、一応礼儀として先生の元へ向かった。

 

先生は顧海の手を握って「本当にすごいわ!」と褒め続けた。

 

男子生徒は羨ましそうに顧海の事を見た。

 

「写真!写真!…」

 

誰から始まったのか分からないこの声のせいで顧海と先生は写真を撮ることになった。

 

なんでこんなことしなきゃいけないんだ?


彼の後ろにはカメラマンが座っていた。

「かっこつけて!」

白洛因は顧海に言った。

 

あぁ、本当に写真を撮ることはいい事だな!

 

顧海は先生の方に手を置いて明るい笑顔をして見せた。その姿は先生と生徒には見えず、まるで恋人同士のように見えた。

 

白洛因がカメラを置くのと同時に、先生はもう一枚撮るようにお願いした。今度は先生が顧海の耳をつまんで、いたずらをするような顔を見せると、顧海も素直に従順そうな表情を見せた。

 

それは誰から見ても恋人同士のようで、白洛因は退屈で仕方がなかった。

 

午前中の競技が始まると、顧海以外にもランクインする生徒は何人もいたが、先生が顧海の時のように歓声を上げることも、写真を求める姿も、白洛因は一度も見なかった。

 

午後の競技が終わると、生徒は解散した。

 

帰りにショッピングモールを通り過ぎると、顧海は足を止め、「明日も出るのか?もうその靴ダメだから新しい靴を買おう」と白洛因に提案した。

 

「一昨日買っただろ?」

 

「買った?」

顧海は驚いた顔をして「俺見た事ない!」と言った。 

 

「当日まで使わない方がいいって言ってただろ。」

顧海を掴んで、帰るように促した。

 

顧海がひとつの店に入ると、白洛因が抵抗しなかったのをいいことに白洛因にもう一足買うように提案した。

 

「なぁ、あの黄色いのどう思う?お前に似合うと思うんだけど。」

 

白洛因は振り返ってみると、欲しかったシリーズの新しい限定モデルだったが、四万五千円もした。

 

「そんなのはダメだ!元に戻せ!」

 

白洛因は再び顧海を引っ張った。

 

顧海はロバのように動かず、急いでその靴を購入した。買うと気分が上がったたけではなく、まるで宝くじが当たったかのように興奮していた。

 

白洛因はどうすれば顧海の浪費癖を治すことが出来るのか心配になった。

 

「もうそれ要らないだろ…」

 

「いーらーなーい!」

白洛因は突然怒り出した。


「なんでお前はそうやってすぐお金を使うんだ!」

 

「何がダメなんだ?偽物を買ったわけじゃないし、衣住食や交通費にお金を使うのは間違ってるのか?お前どうせ金を持ったままにしてるんだろ。消費こそが生産を産むんだ!金を持ったままで使わないやつに金はたまらないぞ!」

 

「お前はいつも金を使う一方で、生産した所は一度も見たことねぇよ」

 

「生産してないって…?」

顧海は白洛因の耳に近づき、ふざけて言った。

 

白洛因は顧海を強く蹴った。

 

顧海が白洛因の隣に戻ってきた時、「お前、お父さんからお小遣い貰ってるのか?」と聞かずには居られなかった。

 

顧海は頷いた。

「そうじゃなきゃこうしてあげられないだろ。」

 

「じゃあ全部俺に渡せ。ちゃんと保管しといてやる。」

 

「分かった。来月からな。」

 

白洛因は目を細めて「なんで来月なんだ?今月は貰ってないのか?」と聞いた。

 

「貰った。」

顧海は自信なさげに言った。

 

白洛因は少し不安を抱えながら聞いた。

「どこにやったんだ?」

 

「…もう全部使った。」

 

「今日は何日だ!?もう全部使ったのか!?」

白洛因は激怒した。

「なんでそんなたくさんのお金を使ったんだ!!」

 

「昨日の買い物に…」

 

白洛因は眉をひそめた。

「昨日買ったのか?一日中一緒にいたけどどうやって買ったんだ?」

 

顧海の口はピクピクと動きながらも穏やかな声で言った。

 

「昨日お前が寝てる間に、お前のカートに入ってたやつ全部買ったんだ」

 

白洛因はそのアカウントにログインしていない期間のことを考えると頭が爆発した。オンラインショッピングのカートには当時気に入っていたものを保存していたが、その中身は数年間に渡り増え続けていて、その間に好きだったものが嫌いになっていた。しかし消すのも面倒で勝手に消えるのを待っていたが…

 

白洛因は顧海の首を掴んで「あんなの昔のやつだよ!」と言った。

 

「こんなにロマンチックなことしたの初めてだよ…」

顧海は恥ずかしそうに自分の顔を手で覆った。

 

白洛因が顧海をちらっと見ると悲しそうな顔をしていた。

 

 

夜、シャワーを浴びると二人は早々とベットに寝そべり、白洛因は雑誌を、顧海はスマホをじっと見ていた。白洛因がページを捲る時にちらっと顧海を見ると、誰かに電話をかけようとしている所だった。

 

「何してんだ?」

白洛因は身を乗り出した。

 

顧海は白洛因をちらっと見て「チャット」と答えた。

 

白洛因は顧海がチャットは見るだけで返信をしない事を知っていたので、なんでそんなに幸せそうな顔をしているのか疑問に思った。

 

「誰と?」何気なく白洛因は尋ねた。

 

顧海の手は一瞬止まって「校長と担任」と言った。

 

白洛因は顧海の手からスマホを奪って確認すると、顧海に投げつけた。

 

顧海は幸せそうに「あいつが持った生徒の中でお前が一番賢いってさ」と言った。

 

白洛因は顧海の言葉に耳を傾けず、スマホを手に取ると担任にフォローリクエストを送ったが返信は返ってこなかった。しかし、顧海とのチャットではオンラインになっており、再度リクエストを送ると直接拒否された。

 

白洛因は彼女が生徒にアカウントを公表しても誰も追加されたことが無いと聞いたことがあった。

 

白洛因は再び顧海のスマホを奪い、彼女のIDを確認したが、自分の知っているものとは全く違っていた。

 

顧海が休みたいといえば自習になることに納得した。

 

白洛因の目の前に突然二枚の写真が浮かび上がった。一枚は肩に手を置いてる写真。もう一枚は耳をつまんでいる写真。

 

「どうした?」

顧海は聞いた。

 

白洛因は急に振り返り顧海の顔を数秒見た後、顧海に手を伸ばした。

 

「いってぇ!」

 

顧海の耳を白洛因はベッドの端から端まで引っ張り、顧海は逃げようとしたが無駄に終わった。


白洛因は顧海の耳を引っ張ったまま部屋の外まで行き、顧海の腕が痺れるまで握りこぶしを作り顔が苦痛でしわくちゃになってやっと止まった。