第179話 現行犯逮捕

エレベーターが開いても、顧海は動かなかったが、しばらくして静かに歩き出した。


白洛因は玄関の前にしゃがみこんで、周りにはタバコの吸殻が沢山あった。エレベーターが開く音がすると、瞼を上げて、また下げた。手にはまだ吸いかけのタバコがあり一口吸うと、地面に投げ捨てた。


顧海は白洛因の前に跪いて、まるで昼間に怒り狂っていたのが嘘みたいに穏やかな顔をした。


「なんでここにいるんだ?寒いだろ?」


顧海が白洛因の手を握ると、その手は鉄のように冷たく、表情は苦しそうに見えた。


「外で待ってたのか?」


この質問には特に意味はなかった。
地面に落ちているタバコの吸殻を見ても、お前は分からないのか?


「メッセージ見たよ。」
顧海は白洛因の顎を上げた。
「あれを見て直ぐ、お前に飯を作りに戻ってきたんだ。もうなんか食べたか?」


白洛因は何も言わず、ただ顧海を見ていた。

顧海は白洛因を見て、白洛因がまだ何も食べていないと分かっていた。

「ほら、家に入ろう。なんか食べさせてやるよ。」


顧海は立ち上がって、白洛因を家に無理やり入れたかったが、引っ張らなかった。長い間凍りついていた心が、この瞬間に完全に溶けて水になった。静かな夜に、顧海を戻ってくるのを待ってここでずっとしゃがんでいた白洛因のことを考えていた。
もし俺がメッセージを見なかったら、お前は一晩中ずっとここで待ってたのか?


白洛因を抱きしめると、頭からつま先まで冷たかった。


「入れるか?」
顧海はそっと懇願した。
「今後どれだけ怒ったって、もうお前を一人にはしないよ」


白洛因の手が顧海の首に触れると、冷たさが首の動脈から心臓へと流れた。


「お前が入らなかったら、俺だけ入ったって仕方ないんだ。」

顧海は困って白洛因の髪を撫でながら、その暖かい頬を白洛因の頬に擦り寄せた。


「もう出ていかない。本当にもうしないよ。」


白洛因は今まで思っていたことを素直に顧海に伝えた。

「お前が居なかった二日間、一人で寝るのが一番辛かったんだ。隣にいるはずなのに触れることが出来なくて、その度に目が覚めて、その後は眠れないんだ。本当に怖くて……だから何も考えずに目を瞑って、元々隣には誰もいなかったって自分に嘘をつくんだ。寂しくなったら飲んで、お前の埋め合わせみたいに他の人と眠って、動揺を隠した。それが誰かなんて関係なくて、俺はお前が隣にいないと眠れないんだ。」


その言葉を聞いて、顧海は心の中で涙を流した。凄く感動して、その分凄く苦しかった。


「もっと電話するべきだったな。お前に何日も連絡してなかった。俺はいつも自分のことばっかり考えてて、お前の気持ちは無視してた。」


「まだその話してるのか?」
白洛因は顧海の耳たぶを噛んだ。
「もう終わりだ!」


「なんでだよ」
顧海は無精髭の生えている白洛因の薄い唇を撫でた。
「俺がどれだけ申し訳なく思っているのか知ってくれ。」

「もし俺がそれを知ったら?」
白洛因は顧海の優しい瞳を睨みつけた。


「お前は……お前は俺を犯し続けるだろうな……」
顧海は恥ずかしげもなく笑った。

「言ったな?次お前が怒っても、お前ができるのはズボンを脱ぐだけだ!」

顧海は喜んで頷いた。

憂鬱な廊下に暖かく柔らかな光が差し込むように、白洛因は微笑んだ。顧海はその笑顔に、白洛因の瞳に見惚れていた。それ以外は全てくすんで見えて、白洛因の瞳と、鼻と、唇……それだけをはっきりと心に刻んだ。


顧海は少し手を引いて、白洛因を壁に押さえつけた。

薄く真っ赤な唇にこれ以上ないほどの愛を注ぐように、軽いキスを何度もした。唇を開けて、歯を舐めると、突然舌先に白洛因の舌先が触れた。顧海は白洛因の髪を撫で、白洛因は顧海の頬を撫でて、長くて、深くて強いキスをした。



薄暗い廊下に、エレベーターの止まる音が鳴り響いた瞬間、二人の影は引き離された。

二人はまだ理解していなかったため、唖然としていた。

まるで時間が止まってしまった二人の間に、震える一人の男が立っていた。


顧威霆は顧海の様子を見に来ただけだったが、この光景を一生忘れることは出来ない。

二人の息子が、父親の目の前で、耐え難い行為を行っていた。

顧威霆はこのような情熱的なシーンを見に来た訳では無い。通常鼻血を出している場合、それは嫉妬や憎みから来るもので、彼も鼻血が出そうだった。

二人が未だ唖然としていると、突然ドアノブが壊れた音がした。

顧海は、顧威霆の鉄のような顔を見た。

顧威霆の目は、顧海が白洛因の口から舌を出している所を目撃したのだ。

突然、顧海は顧威霆によって白洛因から引き離され、蹴られると、顧海の体はドアに当たり、呻く暇もなく、ドアに頭を叩きつけられた。

顧海は頭に強い衝撃を受けたため、目眩がした。彼はドアノブを強く握み、地面に座らないようにした。

顧威霆の怒りはまだ治まらず、再び顧海に手をあげた。

白洛因は急いで顧海の前に飛び出した。

顧威霆の恐ろしいオーラが全身から放たれていた。

「お前のことは殴らないとでも思ってるのか?」
顧威霆は白洛因を睨みつけた。

白洛因は顧海の前から動かず、まるで特攻を決めた英雄の様な表情をしていた。

顧海がその瞬間に目を覚まし、白洛因のことを猛獣のように守った。

「こいつに指一本でも触れてみろ!」

顧威霆はショックを受けた。

「なんて言ったんだ?」

白洛因は顧海の口を塞ぎたかったが、手遅れで、伸ばした手は顧海にしっかりと握られていた。

「俺のことは好きに殺せよ!でも絶対にこいつには何もするな!こいつを殴ったら、お前のことを父親と呼ばない!」

「お前が私のことをいつ父親と呼んだんだ?」
顧威霆は顧海の首を掴んだ。
「私には息子なんていないだろ。」

「後悔したって遅い。そもそも母さんに俺を産むように言ったのは誰だよ。」

「お前……!」

顧威霆は顧海の一言によって心から血が流れていた。本当に顧海を殺してやりたかったが、顧海は顧威霆のたった一人の血が繋がっている子供であり、なによりも亡くなった妻の唯一残したもので、希望だった。

「お前の為に言ってるんだ!」

顧海は穏やかな顔をしていた。
「あなたは何も分かってない。」

顧威霆が手に持っていたコップを顧海に投げると、割れた音が白洛因の鼓膜に響いた。

「俺はこいつを愛してるんだ!」

白洛因は顧海の手を引っ張って、顧海を説得したかったが、その光景を見た顧威霆は手に持っていた軍用鞭を二人の重なっていた手に叩きつけた。熱い痛みが走ったが、白洛因は耐えて、その手を離さなかった。

「お前らは本当にいい関係だな!」

顧海の心は苦しくなって、白洛因の手を目の前に引き寄せ、その血の流れている手を見ると顧海の目も泣いているようだった。顧海は反撃しようとしたが、白洛因に止められた。

「おじさん、俺が全て悪いんです。俺が顧海をこうしたんです。」

顧海は白洛因の肩を掴んで怒鳴った。
「なんでお前が悪いんだ!」

白洛因は声量を下げた。
「安心しろ、おじさんは俺に手を上げない。」

「お前はあの人の息子であり、俺だってあの人の息子なんだ。虎だって子どもを食べることは無い。怒った所で俺には何も出来ない。」

「あいつはお前を殺さないだろうが、苦しめるだろ!」

「そうかもな。」

二人の息子が自分の前で話しているのを見て、顧威霆は我慢ならず、テーブルを殴った。

二人は黙ったが、それでも顧海は鞭に打たれた白洛因の手をさすり続けた。

顧威霆は立ち上がって二人の前に立ち、その姿をしっかりと見た。

顧海は戦闘準備の体制で顧威霆の顔を見た。

しばらくして、顧威霆が話し出した。

「お前は長い間一緒に住んでいたから、彼女と勘違いしてるんだろ?」

顧威霆は長い間陸軍に属しており、男性だけの環境についてよく理解していた。こんな並外れたことを行うことは大したことではなく、少なくとも女性を悲しませるよりはマシだ。しかし、これは偶然に起こる事が前提であり、これは異常で、倫理的でなく、非現実的である。

「違う。」
顧海は一生懸命答えた。
「元々お互いに彼女がいたけど、お互いを愛したから男女の恋愛をやめたんだ。そんな帰り道のない道を選んだ。けど後悔はしてない!」

なぜだか顧海がこの言葉を発した後、激しい嵐が来ることを知っていても、白洛因の心に躊躇いはなかった。