第189話 顧洋の元へ

昨日顧威霆に酷く殴られても、白洛因は涙を流さなかったのに、白漢旗の言葉を聞いた途端、突然喉が詰まってしまった。

「父さん、俺はこの関係で父さんの心を壊したのに、なんでそんなことが言えるんだ。顧海が苦しんでるのを知ってるか?あいつの父さんはあいつをトンネルに閉じ込めて、食べ物も飲み物もなく、毛布すら持ってないんだ……」

「行きなさい。」

白漢旗は白洛因の頭を撫でた。

「言わなくても、父さんは分かってるから、お前は父さんの言葉だけに耳を傾けて、遠くへ行きなさい。いつか顧海のお父さんも理解するだろう。また来るよ。」

「なんでこんなこと思いついたんだ?」

「何日も考えてたんだ。」
白漢旗はその腕で白洛因をしっかりと抱きしめた。
「父さんはお前みたいに強くないから、耐えられないんだ。」

白洛因は白漢旗が着ていた服を見て、突然何かに気づいた。

「父さん、毎日来てたのか?」

「そうだよ。この近くにいて、探してたんだ。」

白洛因の涙が零れそうになると、白漢旗は固まった。
「こらこら、父さんはお前をからかってるんだよ。父さんがずっとここに居たら凍ってしまうだろう?すぐ家に帰ったよ。」

白洛因は白漢旗の嘘に気づいていた。
彼のことはいつだって息子が一番理解している。

しばらくして、白漢旗が口を開いた。
「大海をどうにか出して、早く二人でここを去りなさい。」

白洛因の顔は心配そうだった。
「どこかに行ったところで働けないだろう?もしあいつがまた俺たちの家に帰ったら?あいつが行かなくたって、あいつの母親が誰か分かってるだろ?」

「心配するな。」
白漢旗が白洛因の背中を撫でた。
「二人は私に何も言わずに行方不明になって、私が世界中でお前を探してることにするんだ。たまに気分が良くなったら話を聞かせに帰ってきてくれ。気分が悪ければ、来なくていい。」

白漢旗の言葉は白洛因の心配を払拭せず、罪悪感を悪化させた。

「そんなこと言ったって、あの人たちは父さんの態度を見て、父さんを共犯者として扱うよ。俺たちが行ったって父さんを困らせて、何がなんでも聞き出して俺たち二人を連れ戻すさ。」

白漢旗はいつも通りの表情を装っていた。
「連絡先は教えないから、なんの手がかりもなく私を見つけてくれ。そうすれば私の心は救われるよ。」

「そんなの底がなくなってしまう。」

「因子、父さんの話を聞きなさい。」
白漢旗が白洛因の手を取った。
「父さんを困らせるような子じゃないだろう。父さんがあと少しでも強ければ、こんなことにはならなかった。お前の母さんも大丈夫だ。あいつはいつでも好きな時に問題を抱えてた。それは私が母さんの事をよく分かってなかったから。あいつがまた来たって、私は歓迎するよ!」

白洛因は首を振った。
「そんなの無理だ。」

「父さんのことを信じてくれないのか?」
白漢旗は突然白洛因の頭を掴んで、自分を見るように強制した。
「誰がお前を産んだんだ?顧海のことは操れるのに、顧さんのことはどうにも出来ないのか?」

もし父が自分よりも遥かに強いとしても、父の心を傷つけるのを恐れて白洛因は言葉を選んだ。

「父さんのことは信じてるけど、そんなこと出来ない。」

「息子よ!」
白漢旗は白洛因の頭を軍事基地への門に向けた。
「中を見て、考えなさい。今何が一番最優先だ?大海が生きてるか死んでるかも分からないのに、まだうだうだ言うのか?」

白洛因は中を見た。
「顧海の父さんは、顧海を息子として扱わないんだ。 」

「死ぬことよりも苦しむ方が辛いんだぞ!お前が本当に連れてくつもりがないなら、なんで毎日ここで立ってるんだ?離れた
くないなら、父さんの為にも、父さんの気持ち考えられないのか?」

白洛因は何も言わず、門を見ていたが、その目は霞んでいた。

白漢旗は続けて言った。
「因子、お前はもう子供じゃないんだから、理解できるだろ。誰かに刺されるのも、ここでお前が凍るのも、見たくないんだ。」

「刺されようが、凍ろうが、俺は俺の意思でここにいる。」

「なんで私のことも考えず、そんなにわがままなんだ?」
白漢旗は心配そうな顔で叫んだ。
「お前が刺されて苦しむのを心配してるんだぞ?私は心配してるだけなんだ!顧海の次はお前がここにいて、私の心が辛いんだ!」

白洛因は一生白漢旗に会えないんだと思った。





次の日の午後、白洛因は顧洋に電話して会いたいと伝えようとしたが、顧洋は電話に出なかった。しかし白洛因は諦めず、そのまま顧洋の家へ向かい、ドアの前で待っていた。


夜の11時になると、顧洋は疲れた体を引きずって、家に帰ってきた。

ドアに立っている白洛因を見ると、顧洋の目は少し驚いていた。

「なんでいるんだ?」

「電話に出て貰えなかったので、ここで待ってました。」

顧洋の表情は無関心で、白洛因が何を求めているかについて興味が無いようだった。

「顧海と一緒に来なかったのか?」

顧洋は顧海が去ってから連絡を取っていなかった為、顧海がなぜ一緒に来なかったのか知らなかった。顧威霆も顧海がどこに行ったのか、何が起こったのか、伝えるのが面倒で顧洋には伝えていなかった。

白洛因は答えなかった。

「こんな遅い時間にここで立たれると、家に入るのも怖いな。」
顧洋は冷笑した。

白洛因は顧洋を見て、淡々と言った。
「安心してください。あなたに興味は無いです。」

顧洋の目には棘があり、白洛因は不快に感じた。

ドアを開け顧洋が入っていくと、白洛因も後ろをついて行った。

「スリッパは一足しかないぞ。」
顧洋がスリッパを履きながら言った。

白洛因は靴を靴棚に置いて、そのまま裸足で歩いた。幸い顧洋の部屋にはカーペットがあり、裸足でもそこまで寒くなかった。

顧洋は白洛因の足をちらっと見て、何も言わず寝室に真っ直ぐ向かった。彼が部屋から出てくると、新しい綿のスリッパを持っていて、白洛因の足元に投げた。

「ありがとうございます。」

「どういたしまして。お前の靴下が家のカーペットを汚すのが嫌なんだ。」

白洛因は単刀直入に言った。
「お願いしたいことがあります。」

「俺にか?」
顧洋は淡々と答えた。
「なんで俺がお前を助けるんだ?」

「あなたの弟は、あなたが困っている時助けました。彼は今困っているんです。あなたはただのんびり座ってることは出来ませんよね?」

「じゃあ俺を助けたという人は誰でも助けないといけないのか?」
顧洋はそれを承諾しなかった。

白洛因は二文字だけ返した。
「道徳」

「俺には道徳がないんだ。」

「あなたは持ってますよ。」

顧洋はありがとうと言って、バスルームに向かった。

お風呂から一時間出てこず、白洛因は深呼吸をしてドアを叩いた。
「追い出したいんですか?」

「そんなわけないだろ。」
顧洋の怠そうな声がバスルームから聞こえた。
「一緒に風呂に入ってくれたら、幸せなんだけどな。」

白洛因の胸には血が溜まり、彼の忍耐力がなければ、今頃血が出ていただろう。
同じ苗字なのに、なぜこんなにも違うんだ?
顧海にそう言われれば何も言わずに入っているし、顧海なら何も聞かずに一時間は一緒にお風呂に入れる。

出てくると、顧洋は軽く言った。
「寝るから帰れ。」

白洛因は動かず、顧洋を見つめた。
「顧海は彼のお父さんによって、トンネルに4日間閉じ込められています。もう生きてるのかすら分かりません。」

髪を梳かしている顧洋の手が止まったが、すぐに動き出した。

「そうか……。人間は三日三晩水を飲まないと死ぬって聞いたことがある。」

「あいつは死んでません。」

顧洋は櫛を置いて、振り返って白洛因を見た。
「死んでないなら、なんで俺のところに来たんだ?」

しばらくして、白洛因が口を開いた。
「本当に助ける気がないんですか?」

顧洋は白洛因のところまで歩き、少し高い彼の目は白洛因の眉を見ていた。眉の真ん中に指で皺を直そうとしたが、白洛因に避けられてしまった。

顧洋の無関心な雰囲気は無くなり、その目は燃えていた。

「明日の朝連れていくから、もう寝なさい。」

白洛因の表情は冷たく、口には矢が無数にあり、口を開ければ顧洋に向かって撃っていた。顧洋は白洛因が怒るのを待っていた。屈服するのではなく、白洛因に反抗して欲しかった。

「あの電話を聞くまで、お前に興味が無かったが、聞いてからはお前と寝たいと思ったよ。」

白洛因は顧洋の手を掴んで振ったが、顧洋はもっと強く、白洛因の手が壊れそうなほど強く握った。

「顧海よりも経験はある。」

白洛因が口を開こうとした途端、彼の目は鋭いものから穏やかに変わった。

「きっと彼を紹介すれば、二人はお似合いでしょう。」

顧洋は興味をもって白洛因を見た。
「誰だ?」

「甄大成」

顧洋は黙った。

12時になると、顧洋は同意しないなら出て行けと言って眠った。

結局、灯りを消すと、白洛因は従い、ベッドの上にのり、白洛因の体は顧洋に近づいて行った。

顧洋はやっと妥協したと分かり、動かない白洛因を見ると、彼はベッドの端で座っていた。

「ベッドの上でただ過ごすのは好きじゃないんだ。」

これを言い終えた顧洋は目を閉じたが、しばらく何の返事もなかった。毛布が捲ると、動かない影に近づいて、隣に腰を下ろした。白洛因の顔はとても青白く、その目に光はなかったが、彼の口は恐ろしいほどに笑顔だった。

「なにをしたい?」
顧洋は口を開いた。

白洛因は静かに言った。
「顧海の魂が、あなたに連絡するように俺に言ったんです。あいつは死んでないけど、きっとあなたのベッドの下で死にました。」

顧洋は雷の中に輝く金星の様に感じた。

「本当にお似合いだよ。」