第6話 奇妙な世界

「俺が畜生だって?だったらお前はなんだ?家畜か?」
顧洋の氷のように冷たい視線が顧海を刺した。
「俺は悪いことをしたが、そしたらお前はいいことをしたのか?俺はお前の兄を傷つけたが、お前は自分の父親を傷つけただろ!お前が入院してた時、誰が一日中看病してたと思ってるんだ?感謝しようとしたことが一度でもあったか?それに……」

「話を逸らすな!」
顧海が顧洋の話を遮った。
「俺が聞いてるのは、事故の後に何が起こったのかだ。」

「事故にあってお前は記憶喪失にでもなったか?お前が意識を取り戻した時、目の前で何が起こっていたのか忘れたのか?お前の目に映ったもの以外、何を教えればいいんだ?」

「意識が戻る前の事を教えろ。」

「お前の意識が戻る前?そんなの教えて何になるんだ?病院に連れて行って、その後お前の命が助かった。それだけだ。」

「馬鹿にするのもいい加減にしろよ。」
顧海の我慢の限界が訪れた。
「お前が知ってるのは分かってるんだ。意識を失ってる間、白洛因はお前になんて言ったんだ?もう一度言う。あいつはお前になにを言ったんだ?ちゃんと教えろ。」

「なにを教える必要がある?」
顧洋は顧海を見つめた。
「8年前、お前の目で見たことがお前の中での真実だ。聞いて何になるんだ?」

「どうするつもりもない、ただ聞きたいだけだ!ただ知りたいだけだ!!」

「そうか、じゃあ教えてやる。よく聞け。」
顧海に近づいて顧洋は真実を話し出した。
「お前が事故にあった時は渋滞していて、白洛因はお前を背負って救急車まで連れて行ったんだ。俺が病院に着いた時、白洛因は病室の前にいた。医者がもう大丈夫だと伝えたら、あいつは去った。目が覚めたら俺は死んだと伝えろと言ってな。」

「そんな訳ない!」
顧海はこの真実を受け止めることが出来ない。
「お前があいつに無理やり言わせたんだろ!」

「お前が信じないだろうと思ってあいつは海外に行ったとお前に伝えたんだ。お前が一日中まるで死んでるみたいに生きてるのを見て、希望を与える為にそう言ったんだ。その後白洛因の親戚や友人に話を通して、辻褄を合わせて貰った。」

顧海は信じてはいなかったが、8年間も騙されていたのを知った。毎日地獄の様な日々を過ごし、結局はこうして他人に左右される。

「父さんは知ってるのか?」

「あの人が知ってると思うか?」
顧洋は冷笑した。
「白洛因が入隊を決めた時、あの人と約束をしたんだ。お前の人生に関与しないと。」

顧海はやっと理解した。何故8年間、顧威霆が自分を自由にさせていたのか。それは海外に白洛因を探させに行っても所詮は見つからないからだ。結局はあいつだって虐待の手助けをしていたんだ。むしろ息子が嘘に苦しむのを見て笑い、真実を告げられて苦しむのを見て笑っているのが好きなんだろう。

「小海。」
顧洋のトーンが和らいだ。
「人生は決められているんだ。お前に干渉しなくたって、遠くへ逃げたって、お前らが一緒に居る事は叶わない。短期間苦しむか、間違った道を選ぶか、どっちの方がマシか考えてみろ。」

「お前の罪を正当化するために俺のせいにするな。間違った道を選ぶのだって、苦しむのだって、それが俺の選んだ道だ!」

「誰がお前の選択を妨害した?」
顧洋は立ち上がって顧海の近くに寄り、睨みつけた。
「俺はただ真実を伝えただけだ。いつどうやって妨害した?お前の父さんだって邪魔したか?白洛因のことだって、お前が選んだんだ!お前があいつの事をよく理解してたなら、なんであいつを見つけられなかったんだ!なんで俺たちの言葉を鵜呑みしたんだ!それでも、俺がお前の人生の邪魔をしたって言うのか?」

顧海は壊れたように笑った。
「入院してた時、俺は1年で2度も障害者だと言われたんだ。お前以外、誰の言葉を信じろって言うんだ!?」

「お前が無能なせいだろ!」

「目を覚ませ!なんで1人だったのか、何故自分が無能なのか考えたことがあるか?なんで世界中は誰もと手を組んでるのにお前だけが孤立しているのか考えてみろ。お前は全く信用ならないし、信用する価値もない。だから誰もお前に真実を伝えなかったんだ!」

「俺は無能なんかじゃない!能力は成長と共に出来るんだ、生まれながらに持ってるものじゃない!」
顧海は目を赤くして顧洋を睨みつけた。
「お前は自分が強いと思ってるみたいだが、事故にあった時、なんで俺のスマホだけ使えたんだ?お前はお前自身で人生を選んだってそれでも言うのか?汚職をしたのだって正しい選択なのかよ!?」

顧洋は顧海の首を掴んだ。

「だからどうした。いつまでも優しくしてもらえると思うなよ!?」

顧海が反論する前に、ボディガードに掴まれてしまった。

「手を出すな!」
顧洋は顧海よりも先にボディガードに叫んだ。

雰囲気は最悪で、2人が黙っていると、しばらくして顧海が静かに言った。
「顧洋、俺はいつも思ってることがある。優しさは人間の基本だ。お前に優しさがあれば他の人の優しさも怖くないはずだ。けどもしお前が不幸になった場合、自分よりも不幸な人を見て安心するんだろうな!」

顧海がそう言い捨てて去った後、顧洋は強く机を殴った。
まだ自分を優しい人だと思ってるのか?
お前が誰かに優しくしたことなんてあったか?
白洛因以外にお前が優しく接した人なんているのか?



白洛因は軍に戻った後、上官からの説教を受けていた。しかもどういう訳か幹部の耳にも届いてしまい、次の日の夜9時に呼び出され、休憩無しで3時間の説教を受けた。間違いを認め、5000文字の反省文を書き、翌朝提出するようにと処分を受けた。

白洛因は午前3時まで努力したが、3000文字しか書けず、瞼は重く垂れ下がり、頭がテーブルを叩いた。白洛因は外に出て、冷たい風を浴びて目を覚まそうと決めた。

軍事施設は静寂に包まれ、いくつか灯りがついていたが、直ぐに夜と同化した。

入隊して以来、白洛因は夜更かししたことも、反省文を書くことも初めてだった。

なんで衝動的になってしまったんだ?

冷静になると、白洛因は自分のしたことに戸惑っていた。

"死んだと聞いて、俺は死よりも辛い2年間を過ごしたんだ。その後は海外に行ったと聞かされて、世界中探し回ったよ。探してるうち、何度希望を失ったか……"

白洛因は頭の中で、繰り返しこの言葉が再生された。
死よりも辛い2年間?
俺が初めて軍に来た時よりもマシな人生だろ?
毎日痛覚を麻痺させて訓練に励んだ。
目標がない人生でも死よりマシなのか?
孤独な人生でも死よりもマシなのか?

俺の人生に比べても、まだお前は死よりも辛い人生だったと言うのか?

事故から目覚めた時の感情はどうだった?
不幸で苦しんだと聞いた時の俺の感情は?
病院を半年で退院したあとも、毎年通院していた時の、誰にも言えず逃げ場のない感情は?
世界中で俺の事を探して、見つからなかった時の失望感は?

白洛因はもうこのことについて考えたくなかった。8年間、考える度に身体中の神経が絡み合い、胸が引き裂かれるように強く痛んだ。

ただ忘れたいだけなのに、どうしてそんな簡単なことも出来ないんだ?

白洛因はため息をついて、机に張り付いた。前まではいつだって頭で考えて行動していたのに、いつの間にか力でねじ伏せるようになっていた。
あんなに怠け者だったやつが、企業経営してるとはな!

奇妙な事が起こる世界だな。



「白洛因、26歳。国家一級飛行士、安全飛行時間1407時間、その間敵機25機殲滅。二等功1回、三等功1回。軍では訓練の他に飛行技術理論の研究に参加。無動力飛行理論他、軍事理論の新しい概念を提唱。武从生、36歳。国家一級飛行士……」

指導官の紹介が終わると、研究所長へと意見を求めた。

「目の前にいるこの2人が、私の推薦です。現在企画しているラジオナビゲーションプロジェクトにはどちらの方が適していますでしょうか?」

所長は眉をひそめて、真剣な表情で指導官を見た。
「お前はどっちの方が適していると考えているんだ?」

「2人にはどちらもいい点があります。経験的に言えば、当然武从生の方が優れています。しかし先駆的かつ将来を見据えた視点は、白洛因の方が優れています。私の個人的な見解から言えば、小白を推します。彼は若いですが、しかし慎重に、効率よく動きます。この分野でより多くの研究を重ねることは、彼にとってより成長する事に繋がると考えています。」

所長は頷いた。
「君の意見を尊重しよう。」

指導官は目を輝かせ、所長の手を握った。

「こいつは私たちの基地でも可能性がある奴なんです!」

所長は微笑んだ。
「彼に任せるよ。」