第15話 素晴らしい日

12月25日から、顧海の会社は正式に休みに入った。ゲージに入れられていた女性たちは、美しい鳥のように、星が月を抱く短い時間を楽しむ為、男の居る場所へと飛んで行った。狄双も遂に解放されたが、白洛因は未だ忙しかった。

顧海は青島へ行き、病院にいる闫雅静の母の元へと向かった。

闫雅静が顧海を母の病室へと連れて行く途中、彼女は彼を見ていた。

「顧海、おねがいがあるの。」

顧海は深い声で言った。
「忘れたのか?お前は俺を助けてくれたんだから、恩を返すのは当たり前だって言っただろ。お前に言われたことは出来ることなら断らないよ。」

闫雅静は少し笑った。
「あなたがやろうと思えば出来ることよ。」

顧海は闫雅静に前向きに言った。
「出来るんなら喜んでやるさ。」

闫雅静は深呼吸をして、顧海の深い目を見つめた。

「私と結婚して欲しいの。」

この言葉を聞いて、顧海の顔が突然歪んだ。

「もう後悔したくないの。」

顧海は驚きを浮かべながら、真剣な顔で尋ねた。
「それにしたって、どうして急に結婚を?」

闫雅静は振り返って、ガラスの奥に映る景色を静かに眺めた。

「お母さんを安心させたいだけなの。安心して、本当に結婚するわけじゃないわ。お母さんが亡くなったら、婚約は解消するから友達のままよ。」

言いながらも闫雅静は悲しかった。彼女は顧海の最初の反応を見た時点で、彼の心を理解していた。しかしまだ、顧海がそのまま一緒になろうと言ってくれることを、心のどこかで望んでいた……

顧海は何も答えず、タバコに火をつけた。

しばらく経っても返事が無いと、闫雅静は突然笑った。

「したくないなら他の人に頼むわ。母はあなたと何年も一緒に居るって知ってるから、あなたが婚約する振りをしてくれれば、母も安心すると思っただけなの。」

顧海の目が曇った。
「……少し、考えさせてくれ。」

指に挟まるタバコが短くなっていくにつれて、顧海の心も混乱していた。

「顧海、一つ聞いてもいい?」

闫雅静が突然話したので、顧海は彼女に目を向けた。

「あなた、狄双が好きなの?」

顧海は無表情で笑った。
「なんでそう思うんだ?お前はうちの会社で一番賢いと思ってたよ。」

闫雅静は突然手を伸ばして、指輪を見せた。

「あの日私に指輪を贈ったのは、誰かを嫉妬させる為でしょう?私も馬鹿じゃないの。これは私の為のものじゃないくらい分かってるわ。」

……闫雅静が間違えているのはその相手なだけだ。彼女は知らないだろうが、顧海が八年間思い続けている相手は男だ。

闫雅静は顧海が何も答えないので、尋ね続けた。

「昨日の帰り道、二人が車の中でキスしてるのを見たの。」

自分が想像するのと、他人に言われることでは、心へのダメージが全く違う。この時、顧海は自分の感情を隠すことが出来ず、特にその言葉を受け入れる瞬間が一番辛かった。

闫雅静の求めていた姿は、完全に粉々になった。

指輪を外して顧海に渡す顔は、笑顔だったが涙が今にも零れそうだった。
「言わないでも分かってるわ。あなたの心の中に誰かが居るなら、もうお願いなんてしないわ。さっき言ったことは忘れて。」

闫雅静が去ろうとすると、顧海が彼女の腕を掴んだ。

闫雅静はもう目の周りが赤くなってしまっているのが自分でも分かっていた為、恥ずかしい姿を見せないように振り返らなかった。

「手伝ってやるよ。」

顧海が軽く言うと、闫雅静は断った。
「しなくていいわ。悪い人になりたくないもの。」

顧海は無理やり闫雅静にこっちを向かせて、真面目に彼女を見ると、穏やかな口調で話した。

「手伝わせてくれよ。もう愛する人なんて居ないんだ。お前が悪い人になることも無い。」

闫雅静の目には驚きが溢れていた。

顧海は指輪を振って、その表情は複雑そうだが笑顔だった。

「この指輪は古すぎるし、他の人のロゴが入ってるからお前に相応しく無いな。婚約指輪として別の物を買おう。本当に結婚しなくても、お前を想っていることには変わりないからな。」



喜びの叫びが上がった後、研究室にいる数人のエンジニアが飛び上がって、興奮しながら抱き締めあった。

「やっと問題が解決したから、新年は家で過ごせるぞ!」

白洛因は目を細めて微笑み、みんなを落ち着かせようとした。

「今日はご馳走を食べるぞ。俺の奢りだ!」

「ハハッ……お前に殺されないようにしないとな!」

「ただそれまでは夜中まで残業だけどな。」


夜、白洛因は楽しそうに白漢旗に電話をかけた。

「父さん、今年は家に帰れるよ。」

白漢旗が話すのを待てず、白洛因は興奮してそう言った。

「そうか!もう母さんと新年の準備を進めてるんだが、お前が帰ってくるならもっとしないとな!」

「いいよそんな。何日も居られるわけじゃ無いんだ。」

「何日も居なくたって、たくさんご馳走を用意しとくからな。」

電話を切ってしばらく経つと、病院から電話がかかってきた。

「隊長、退院出来ました。」

それを聞いて白洛因の目が輝いた。
「本当か?待ってろ、直ぐに迎えに行く。」

「大丈夫ですよ。小梁が迎えに来てくれたので、もう軍の門の近くに居るんです。」

白洛因はコートを着て急いで出かると、しばらくして車がゆっくりと近づいて来た。

「外で待ってたんですか?」

白洛因は何も答えず、もう一人の兵士が刘冲を車から降ろすと、一緒に寮へ向かった。

「その状態じゃ寮だと不便だろうから一人部屋を手配する。だから安心して治療に専念しろ。新年実家に帰りたいなら上司に申請を出せば直ぐに許可が出るだろうが、遠いから出来れば控えるようにな。こっちに両親を迎える分には、軍もそれを許可するよ。」

刘冲は頷かずには居られなかった。
「幸いなことに、この怪我をしてもパイロットは続けられるそうなので、両親も喜んでます!……それにしても隊長はどうしてそんな嬉しそうなんですか?」

白洛因は唇の端を上げた。
「教えてやろうか?来年昇格するかもしれないんだ!」

そう言うと刘冲は手を叩いた。
「そしたら私の階級も上げてくださいよ!」

白洛因は刘冲の頭を強く叩いた。
「まずは怪我を治すんだな!」

刘冲は楽しげに笑った。

白洛因は刘冲がベッドで辛そうに背中を伸ばせず座っているのを見て、彼に言った。
「俺のベッドで寝てろ。あっちの寮が片付いたら送ってやるから。」

刘冲は礼儀正しいので断った。
「そんな!ダメですよ!」

白洛因は真剣な目で刘冲を見たので、刘冲は諦めてベッドに横になり、白洛因は彼に毛布をかけてやった。

プロジェクトがようやく進み、安心して実家に帰れるのに加えて刘冲も退院した……何日も心を覆っていた雲がやっと晴れたと白洛因が考えていると、突然車のクラクションが聞こえて、外に目を向けた途端、目の奥が再び曇りだした。

顧海が車から降りると、白洛因はドアに向かって真っ直ぐと進んだ。

「隊長直々にお迎えだなんて、高待遇だな!」
顧海は嬉しそうにそう言った。

「迎えに来たんじゃない。からかいに来たんだよ。」

「からかう?」
顧海の目が輝いた。
「なんだ?また金が無いのか?」

白洛因は口角を僅かに上げた。
「いや……いい。教えてやらない。」

顧海の顔が変わり、白洛因の寮までついて行くと、刘冲がベッドで寝ていたが、来客に気づいて起きようとした。しかし、白洛因に止められてしまった。

「大丈夫だ。お前の客じゃない。」

この光景を見て、顧海の気分は言うまでもなく悪くなったが、しかし考えるのをやめた。どうせ白洛因には彼女がいる。ただ心の中では文句を言っていた。
特別扱いすんなよ!
なんで兵士が白洛因のベッドの上で寝てるんだ?
俺は寮に入るのすらこいつの顔色を伺わなきゃいけないんだぞ!?

白洛因はお茶を注ぎ、顧海の前に置いた。
「どうかしたのか?」

彼は顧海がどうして自分を探してここに来たのかを話すかと思っていたが、顧海は答えることなく、ポケットから招待状を取り出した。その真っ赤な封筒を見た瞬間、白洛因の表情が固まった。

顧海は大事なことなのに、なんてことの無いような口調で言った。
「弟が明日結婚するんだ。兄さんなら来てくれるだろ?」

顧海は最後の手段としてそう言ったが、効果は抜群だったようだ。目の前の白洛因はいつもの雷のような顔もなりを潜め、激しい目で彼を挑発することも無く、ただ無表情で見つめていたが、それがいかに彼が傷ついたのかを表していた。

白洛因は目は死んだまま、口角を上げて、最後に嘘をついた。

「おめでとう。」

顧海は白洛因の傷ついた顔が見たかったのに、見ることが出来ても、達成感が全くないことに気づいた。白洛因が招待状を受け取った瞬間、とても居心地が悪かった。元々言うと決めていた台詞も、何も出てこなかった。

顧海はそのまま何も言わず、振り返って外へ出た。

刘冲は白洛因に興奮しながら尋ねた。
「隊長!顧さんは結婚するんですか!?」

白洛因は背を向けたまま頷いた。

「こんなに幸せが立て続けに起こるなんて、今日は本当に良い日ですね!」