第22話 静かな日々

顧海は墓地を出発すると、真っ直ぐ家へ帰った。

顧威霆はリビングのソファに座り、姜圆はキッチンで料理を作っている。顧海が入った途端、顧威霆の顔は変わった。彼の顔は日に焼けて、体は泥まみれで、まるで人ではないようだった。

顧威霆は彼を眺めていると、顧海は玄関で靴からスリッパに履き替えていた。

「なんで報告もせず一人で探しに行ったんだ。お前が問題を起こすせいで軍の上官も兵士もお前まで探す羽目になったんだぞ。」

顧威霆は怒るように言ったが、その声には心配が混じっていた。
なので顧海も動揺せず、振り向いて静かに顧威霆に言った。

「俺が探しに行かなきゃ見つかってなかった。因子が居たのは沼に囲まれてて、誰も助けることが出来ない。一年中霧に囲まれていて飛行機を飛ばしたって分からないんだ。それにリスクを背負おうとする兵士もいなかっただろ?しかも俺は単独行動してたんじゃなくて、因子が見つかった時にたまたま俺もいたんだ。それのどこが問題なんだ?」

顧威霆は鼻を鳴らした。
「お前はいつも合理的すぎる。」

顧海はハッキリと、冷たく顧威霆に言い放った。
「俺はあなたの息子を探してたんだ。」

姜圆は声を聞いて急いでキッチンから出ると、たまたまこの話を聞いて固まったまましばらく口を開くのを躊躇った。

「小海、先にお風呂に入ってきなさい。」

姜圆は顧海に感謝して、顧威霆が言っていたことは聞いてないふりをした。

顧威霆は姜圆の複雑そうな目を見て、顧海に小言を言うのをやめて、顎を上げ好きなことをするように指示をした。

3人でご飯を食べている時、姜圆は顧海のお皿に料理を乗せ続けた。

「小海、もっと食べなさい。息子のことを助けてくれて本当に感謝してるの。」

顧海は乗せられた料理を食べるだけで、率先して話すことは無かった。

父と息子は黙って食事をすることを選んだ。

そのままご飯を食べ進めていると、突然顧威霆が箸を置いて、顧海に尋ねた。
「婚約者の御家族にはなんて説明するんだ?」

「ちゃんと説明するよ。本当のことを伝える。」
顧海が穏やかに答えると、顧威霆は安心した。

口にご飯を運びながら姜圆が話した。
「あの子はもう26なのにしていいことと悪いことも分からないのね……もうそろそろ腹を括って欲しいんだけど、今の若い人は考え方が違うのかしら……。」

顧威霆は顧海をちらっと見てから、鈍い声で言った。
「そうだな。」

ご飯を食べ終え、顧海は荷造りをして戻ろうとしていると、出発前に姜圆に声をかけられた。

「小海、結婚式のことは相手の御家族に失礼だったわ。結局は彼女だって大きな女の子なの。向こうに何か持って言って、ちゃんと謝るのよ?家族間に溝を作らないようにね?」

顧海は頷いた。
「分かってる。」



翌朝早く、顧海は病院に向かった。

闫雅静の母の状態は悪化しており、複数の医療スタッフが24時間体制で監視していた。顧海が声をかけると医者が病室へ連れていってくれた。

闫雅静はドアの前で深刻そうな顔で立っていた。

「あの日は本当に悪い事をした。」

顧海がそう言うと、闫雅静は微笑んだ。

「いいのよ。そんなことより戻ってきて大丈夫なの?お兄さんは大丈夫?ちゃんと見つかった?」

「沼で見つかったよ。あと1日でも遅れていればどうなってたか分からないけどな。」

「良かった……」
闫雅静は安堵のため息をついた。
「仲のいい兄弟がいていいわね。私には兄妹がいないから羨ましいわ……。」

顧海の口角が何故か上がった。
「いや、俺も同じだよ。」

「え?」
闫雅静は理解できていないようだった。

兄弟じゃなくて、恋人だからな。

顧海は心の中で密かに言った。

「なんでもない。それよりもお母さんは?」

闫雅静がため息をついた。
「あんまりね……お医者様はあと数日だろうって。」

「さっきお母さんに話しかけたけど、反応が無かったよ。」

闫雅静の目が苦しみで歪み、顧海を見て絶望的な気持ちになった。

「顧海、お母さんはもうあと少ししか生きられないから結婚式は無理だわ。だから格式張ったことはやめて、明日お互いの家族だけで食事をするのはどう?なんでもいいの。それだけでもお母さんはきっと安心するわ……」

「小闫」
顧海は口調を変えた。
「お前との婚約を解消したい。」

闫雅静の顔が変わり、憂鬱な視線が顧海を刺した。
「なんで……私何かした?」

「違う。」

「なんで、じゃあなんで最初に嫌だって言ってくれなかったの?どうして今になって言うの?」

「ごめん。」
顧海が謝るのは滅多にない事だ。
「俺はお前とずっと一緒にいて嫌だったことなんて何も無い。けど恋人ができたんだ。あいつを悲しませるようなことはしたくない。」

闫雅静はこれを聞いて、今にも逃げ出したくなった。しかし今はプライドを捨ててでも、母のために戦わなければならない。

「その人には絶対に言わないって約束するわ。あなた達の関係を壊すようなことは絶対にしない!だから……」

顧海はどうしようもなく微笑んで、優しく声をかけた。

「他の人の前でなら嘘をつけるけど、あいつの前では出来ないんだ。」

闫雅静は呼吸が苦しくなったが、それでももう縋るようなことは出来なかった。

「……そうね。わかった。私の家族のことだもの。あなたに頼るのが間違ってたわ。」

顧海は黙っていたが、しばらくして言った。
「きっとお母さんは全てわかってるよ。だから最後の日ぐらい、正直にならないか?」

闫雅静は驚いた目で顧海を見た。

顧海は何も言わず、闫雅静の肩を叩いて、病院を去った。

帰り道でも、顧海の心はまだ暗いままだった。

白洛因、お前は本当に悪いやつだよ。
あのキツネと別れてなかったら、お前の腹に飛行機ぶつけてやるからな!



実際は、白洛因は顧海よりも早く狄双に電話をして真実を伝えていた。

「顧社長と私の仲が良いから?」

「そんなの気にしてないよ。それに君のせいじゃない。」

狄双は悲しみに溢れていたので理解が出来なかった。

「本当に彼とは何も無いの。あなただって副社長に指輪を渡してるのを見てたでしょう?しかも社長はあなたの兄弟なんだから、私は信じなくても彼は信じて!」

「あいつのことは信じてるよ。」
白洛因がそう言うと、狄双は焦った。

「じゃあ、なんで別れるの?」

白洛因はここ数年軍から出ていなかったので、嘘のつきかたが分からなくなっていた。隠さず言うことこそが、軍人としての誠実さだった。

「俺は顧海が好きなんだ。」



正月の初十日、2人が戻ってから3日目、顧海の休日は終わり、出勤すると狄双は顧海を見つけて辞職届を提出した。

「どうした?」

顧海が聞くと、狄双は率直に答えた。
「私から彼氏を奪った社長の元では働けません。」

これは顧海を恥ずかしがらせるために言ったのだが、彼はそれほど弱くはなかった。

「半年分の退職金を与えてやるから安心して退職しろ!」



夜になり、顧海は闫雅静から彼女の母が亡くなったと聞いた。

「悲しみすぎるなよ。」

顧海がそう言うと、闫雅静は喉をつまらせながら答えた。
「ありがとう。昨日母に本当のことを全て話したの。母は私を責めるどころか賢い子だって褒めて、今日静かに旅立ったわ……。」

電話を切ると、顧海は心の中で3分間嘆き、その後は自分を落ち着かせた。

心のままに生きれば、静かな日々が訪れるという言葉があるが、その通りだった。人は生き残ったからこそ、未来がある。



白洛因の功績を称え、上官は彼に10日間の休みを与えたので、20日間の休みが30日間の休みに増えた。白洛因は突然の長期休暇で、何をすればいいのか分からなかった。
顧海は既に会社での今年の作業計画準備で忙しく、白洛因は通りを運転していた。

一年中戦闘機に乗っているせいか、地上だと東西南北の区別がつかず、道路が複雑になったように感じた。白洛因は道路脇に車を停めて、ナビが警報を鳴らしイライラしたので消した。

どれだけ街におりてなかったっけ?
こんな通りあったか?

考えていると誰かが車のドアを叩いた。白洛因が顔を向けると、年老いたおばあさんが立っていた?

「お若い人、このおもちゃはいりませんかね。ロバを見ててください。この子は頭を振って歌うっていうのに、わずか50元ですよ。」

最初のうち、白洛因の唇は紫だったが、徐々に表情も柔らかくなると、おばあさんにお金を渡した。

「よし、それをくれ!」

手に取ると、白洛因はロバをいじりながらスイッチを押すと、ロバは頭を振って幸せそうに、狂ったように踊っていた。
白洛因はそれを見て微笑んだ。彼は気づかなかったがここを通り過ぎる歩行者は、車に座っている顔の整った軍人がロバを見て微笑むのを見て、心が温まった。

白洛因はロバが面白かったから笑ったのではなく、このロバが顧海に見えていたので笑っていた。
だから白洛因は今すぐこのロバを父親の元へと届けなければならない。