第19話 温もり

白洛因は食べ終わると、反対側に向かって叫んだ。

「こんな危険な所に、お前の嫁も連れてきたのか?」

俺の嫁
顧海は白洛因の言う嫁が誰なのか分からなかった。

「お前の言ってる嫁って誰だ?」

顧海が叫ぶと、また白洛因が叫んで返した。

「結婚したんだろ?」

「結婚だァ?」

顧海はやっと自分が既婚者だとこの男に思われていたんだと理解し、ドキドキした。
「婚約は嘘だぞ?俺は子供の時からお前が好きだから、こんな場所まで探しに来たんだぞ!?」

白洛因の心が急に破壊した。

「嘘だったのか……?嘘の招待状を寄越したのか?」

「あぁそうだよ!お前みたいな馬鹿を騙すためのな!」

白洛因は立ち上がって反対側に怒鳴った。
「お前本当に最低だな!!」

「最低だって?……じゃあこんな状態でも来ないお前の彼女なんなんだよ?」

白洛因は顔は怒っていたか、心の中では嬉しかった。

「あの子の親がこんな場所に来るのに許可する訳無いだろ?」

「お前のことを愛するならそれぐらいの覚悟が必要だろ!?俺はお前の為に泥まみれになったのに?お前の為にこんなことを出来るのはこの世で誰だ?軍の同僚か?お前の好きな餃子を作ってやれるのは?お前がベッドで安心できるのは誰の隣だ?」

白洛因は顧海が銃のように止まることなく反対側で叫ぶのを聞いて、馬鹿にすることも出来ず止める他無かった。

「もう分かったから休め!」

顧海は従って黙った。

二人を隔たる大きな沼は、泡を吹いて周りに霧が立っていた。二人はまるで修行僧のように胡座をかいて座っている。
落ち着くと、二人は長い間お互いを見つめながら、複雑な感情がゆっくりと流れた。

先に静寂を破ったのは白洛因だった。
「どうやってここに来たんだ?」

こんな大きな沼があり、しかも外にも出られない程寒い季節だ。

顧海はこれを聞いた時、落ち着きを失って反対側に叫んだ。

「簡単だったよ!」

白洛因は微笑んだが、涙が溢れた。

ここに来ることがどういうことか分かってないのか?

何年も経って、外見も、仕事も、役職も、世の中の流れも変わった……唯一変わらないのは自分の心だけで、いつも炭火で焼いてるみたいに八年間の寒さと退屈さを温めてくれた。

白洛因は横たわって灰色の空を見ていた。空の色に反して、彼の心は明るかった。

顧海は反対側で気持ちよさそうに横になっている人を見て、それから自分の座っている場所を見た。狭すぎて、横になったら足が沼についてしまう程しかない。

「やっぱ俺そっち行く!」

海の声を聞いて、白洛因は座り、冷たい声を叩きつけた。

「動くな!!」

「だって俺の方は狭くて足も伸ばせないんだぞ!居心地が悪ぃんだよ!」

顧海が文句を言うと、白洛因が手を振った。
「戻って広くて硬い地面があるか探してこいよ……」

戻れ?
顧海の顔が暗くなった。
やっとここまで来れたのに、戻れって言うのか?

「大丈夫だ。こんな沼たくさん通って来たんだ。寝ながらでも通れる。」

そう言うと、顧海は白洛因の引き止める声を無視して、反対側へと進んだ。しかし、泥が柔らかすぎて顧海が進んだ途端、体の半分が沼に埋まった。
白洛因は顔を青くして何度も怒鳴った。
顧海の体が安定するも、沈んでしまった。少しずつ白洛因のいる方へと進むと、人生が終わるんじゃないかと思うほど時間がかかってしまう。

顧海は草を掴んで元の場所に戻ることにした。

白洛因はその姿を見て安心した。彼の背中は冷や汗で湿っていた。

「お前はそこを動くなよ!俺が行くから!」

顧海の呼吸が楽になると、リュックに入っているものを思い出し、直ぐにそれを手に取った。

白洛因は顧海が空気で膨らますクッションを持っているのを見て目を見開いた。それを膨らますと、シングルベッドと同じ大きさになる。しかし、体が沼に触れる面積が大きすぎるので、ロープを取りだし自分に巻き付けて、反対側から引っ張ってもらう事にした。

白洛因は顧海に危険を背負って欲しくなかったので、反対側に向かって叫んだ。
「クッションを渡せ!俺がそっちに行く!」

顧海が暗い顔で答えた。
「一人座ってるだけでもギリギリなのに、お前がこっちに来てどうするんだ?」

「じゃあもうロープ投げろ!」

その後、一人がクッションに横になり、一人がロープで引っ張ると、10分もかからず顧海は反対側に着いた。

8年振りに、強くお互いを抱き締めた。

何の隔たりもないほど近くにいると、冷たい言葉を言う気にもならず、顧海は白洛因の頭の後ろに手を強く押し付けて、苦しそうに話した。

「寒くないか?」

「耐えられる。それよりお腹空いた。」

白洛因の声を聞きながら、顧海は皮をむいた木を見て自分の胃がかきむしられるような気持ちだった。

「リュックには食べ物があるから食えよ。」

白洛因は顧海の肩をしっかりと掴みながら、少し低く迷った声を出した。

「本当に3日間探してたのか?3日間何も食べなかったのか?そうじゃなきゃこんなに残ってないだろ。」

「大丈夫だ。探し始めた日から飛行機でお前のことは見つけてたんだ。もっとたくさん持ってきてたし、食べたよ。そうじゃなきゃ今頃飢えて死んでるだろ?」

本当のことを言えば、顧海は3日間、水すらも飲んでいなかった。

「嘘だ!」

白洛因は顧海の体を話して、疑うように彼を見た。

「お前の腹に触れば、何日間も食べてないことぐらい分かるんだよ。」

「そんな能力持ってるのか?」

顧海は馬鹿にするように言うと、白洛因は顧海のシャツの中に手を入れた。冷たい手が顧海の肌に触れ、顧海の筋肉が瞬時に縮小した。久しぶりにこんな冷たい手が自分の肌を這ってきたが、あまり気分のいいものじゃなかった。

「3日間何も食ってないだろ!」

決めつけるようにそう白洛因が言って、手をシャツの中から出そうとすると、その手が顧海によって止められた。

「冷たすぎるから、中に入れとけ。」

白洛因はこうして優しくされるのが久々で、そのまま温もりに触れていた。

二人は木に寄っかかって座り、顧海の後ろに白洛因が座って、顧海の背中で冷たい手を温めていた。触れれば直ぐにあの恐ろしい傷跡が分かり、脊椎に手を伸ばせば、腰の傷は前よりも薄くなっていた。

「怖いか?」

そう聞かれて、白洛因は顧海の背中を頭で殴った。

「まだ俺を憎んでるか?」

顧海は故意に憎しみを声に出しながら唸ると、白洛因がため息をついた。

「本当は行きたくなかったから仕方なく家を出たんだ。誰かが俺を痛めつけようとしたのに、ベッドで意識を失いながら横になってるのはお前だった。お前の意識がなかった時、お前ほど人生で大切なものはないってやっと分かった。お前に合わせる顔が無かったから病院にも行けなかった。本当は何年も、お前に謝りたかったのに……」

背中で白洛因の息が止まりそうなのを感じていた。未だにあの時の光景が心を痛めているようだった。

顧海は白洛因のこんな声を聞くのは初めてだった。

「大丈夫だ。もう気にしてない。あの事故がどれだけお前にとって辛かったのか分かってるよ。」

「……俺の事嫌いになったか?」

白洛因が鼻をすすりながらそう聞くと、顧海は直ぐに首を横に振った。

「ないな、なるわけない。お前に会うのがどれだけ大変だったか分かってんのか?」

白洛因は突然顧海の服から手を抜くと、彼の顔に手を添えて、無理やり自分の方に向かせた。暴力的な程の魅力のある目が、顧海の心に真っ直ぐ届いた。

「じゃあ彼女と別れろ!」

顧海は目の前の整った顔を見つめながら、静かに尋ねた。

「別れろ?」

「あぁ、だって彼女のこと好きじゃないんだろ。」

顧海の心が震えた。まるで血管に無理やり注射を打たれているような気持ちだったが、まだ溢れそうにもない。冷たい目が白洛因を刺した。

「誰があいつの事が好きじゃないって言った?」

白洛因は顔を使って心を簡単に表していた。彼の傲慢な性格からして、恐らく自信があったのだろう。反論を聞けば、不幸に思うのもしょうがない。

白洛因が顧海の尾てい骨を蹴ると、顧海の下半身が痺れた。

「命令だ!従え!」

「隊長の権限を俺に使うのか?従わなきゃいけない理由を教えてくれれば、ちゃんと、真面目に考えてやるよ。」

白洛因は顧海が自分に何を言わせたいのか分かっていたので、敢えて言わなかった。

「別に従わなくてもいいけど、弟の為だ!」

「夫婦って言うのは一生を共にするんだから、結婚する前にたくさん話して、気持ちを高めていくものだろ?」

白洛因の大きな手が、顧海の首を掴んだ。
「お前、馬鹿にしてんのか?」

顧海は白洛因の額に指を突き刺した。
「その指一本でも動かしてみろよ。俺は真面目なんだ!」

「よし分かった、お前を正気に戻してやる!」

白隊長はこの新規兵であるクソ社長を一から教育しなければならない……