第3話 8年ぶりの再会

杨猛と白洛因が会話を弾ませていると、杨猛に向かって1 人の警察官が近づいてきて、資料の束を投げつけてきた。
「来週の報告書だ。できるだけ早く支局に送れ。」

杨猛は怒りながらその資料を拾うと、ため息をついた。
「こんなの書かずに1日中因子と話してやる!」

「送ってってやるから。外に車を停めてある。」

「本当!?」
杨猛は途端に幸せそうになった。
軍用車両に乗るの楽しみだったんだ!」



運転中の車の中で杨猛は尋ねた。
「ねぇ、因子はどんな戦闘機でも運転できるの?」

白洛因はしばらく何も言わなかったが、静かに答えた。
「大体はな。」

「じゃあなんでヘリコプターで来なかったの?」

「あれは緊急時にしか乗れないんだ。何でもない日に使うことは出来ないし、停める場所もないだろ。それにあれはそんなに簡単じゃないんだ!」

杨猛は嫉妬するような表情をした。
「因子はかっこいいよね。」

白洛因がニヤリと笑った。
「条件を満たせば今からでもパイロットになれるが、来るか?」

杨猛は首を横に振った。
「嫌だ。」

「本当に羨ましいよ!職場だって羨ましいし。毎日パトロールして、報告書書いて、偶に緊急事態が起きて、数人送って解決するだけだもん。」

「そんなに簡単な仕事なのか?」
杨猛は目線を泳がせたあと、白洛因の方を向いた。
「でもお前の仕事に比べたら、楽な仕事だよ。」

白洛因が黙っていると、杨猛がまた尋ねた。

「因子、軍隊では何が大変?」

「お前が思ってるほど流血沙汰はないよ。最初は大変だったけど、今はもうなにも感じない。」

「でも、どうして入隊したの?しかもパイロットなんて誰でもなれるものじゃないでしょ?なりたい人だって大体なれないらしいし。それにお父さんも軍隊の人だし、求められるものも高いはず。兄弟、もし戦争が起こったら、お前を頼りにしてるよ!」

2人が話しているうちに門に着いた。白洛因は車を停めた後、杨猛の後を追って公安局へと入った。

「あっちだよ。」
杨猛は白洛因に言った。

白洛因は杨猛に従って歩いていると、そう遠くない距離にいる2人を見て驚き、突然足が凍りついたかのようにその場から動けなくなってしまった。

「副局長はいなかったの?」
闫雅静は顧海を見てそう言った。
「事前に連絡しなかったの?」

顧海は歩きながら言った。
「緊急事態があったらしく、1時間後に戻ってくるらしい。」

「ここで待ってる?」
闫雅静はしっかりと顧海について行った。

「明日また来る。」

顧海はいつも早足なので、闫雅静が隣を歩く時は急いで歩かなければならなかった。しかし、顧海が突然足を止めたので、闫雅静はふらついて顧海にぶつかってしまった。

顧海が腕を伸ばして闫雅静を支えてくれていたので、転ぶことは無かった。

「ちょっと、突然なに?」
闫雅静はしっかりと立ったあとに尋ねた。

顧海の目は真っ直ぐと白洛因の事を見つめていて、お互いの目が会った瞬間、周りの空気も止まってしまったかの様だった。しかし2メートル離れた距離をどちらも埋めようとはせず、挨拶するのすら忘れてしまっていた。

杨猛が白洛因を叩いた。
「あれ顧海じゃない?」

白洛因は夢から覚めたように顧海に目を向けると、突然さっきまでいた世界とは違う場所にいるような感覚だった。

本当に8年経ったのか?

まるで昨日まで彼と会っていた様な気がして、今日彼を見ると、まるで別人のようだった。顧海の顔はあの時よりも大人びていて魅力的で、スーツを着た姿は落ち着きを持ち安定している。いつものあの鋭い目だって知っているはずなのに、白洛因は顧海の心だけが分からなかった。

顧海の目に写った白洛因は、記憶に残るいつもの笑顔は無く、顔色の悪い我慢ならない顔だった。今だって横を見ればいる気がする姿は、実際には長い間失われていたのだと痛感する。

白洛因が先に顧海の元へと足を進めて、腕を伸ばして抱き締めた。

手を離した瞬間、顧海にからかわれた。

「海外に数年居ると、こんなにも人は変わるんだな。」

白洛因は心の痛みを隠しながら、口角を上げ続けた。

「お前は背が高くなったな。」

それを聞いて顧海は冷笑した。
「骨折して高くなったんだ。」

8年前の交通事故を思い出して、白洛因は未だ不安が残っていた。

顧海は白洛因の頬を撫でて言った。
「お前は成長したみたいだな。」

「海外が俺を成長させてくれたんだ。」

杨猛はこの会話を聞いて驚いていた。
ーこの2人は何を言ってるの?

闫雅静は白洛因を見つめながら、まるで知っている様に感じていた。そして突然思い出すと、興奮しながら顧海の腕を掴んだ。
「ねぇ!この人ってディスクトップの……」

「兄さんだよ!」
顧海は闫雅静の言葉を遮ってそう言った。

8年前に顧海に3日間お兄ちゃんと呼べとせがんでも一度だって呼んでくれなかった。しかし、今こうして顧海に"兄"と呼ばれると、白洛因の心は冷たくなった。

杨猛は闫雅静を見つめたあと、我慢できなくなって尋ねた。
「この人は?」

「そうだ、紹介するのを忘れてたな。」
顧海は闫雅静を突然引き寄せて、笑ってないような笑顔で白洛因を見た。
「俺の婚約者だ。お前の未来の妹になる。」

白洛因の心は揺れたが、しかし8年間の訓練は無駄ではない。彼の心理的持久力は戦闘機に乗るのにも必要な事なのだ。

「いいじゃないか。結婚式には招待しろよ。大切な式にお兄ちゃんを忘れるなよ?」

顧海は微笑んだ。
「他の人は忘れたってお前は忘れないよ。お前が俺たちを引き合わせてくれたんだからな!あの時あの香水が無ければ、俺は恋に落ちたことにも気づけてなかったよ。」

白洛因は平然と答えた。
「写真を撮る時は気をつけろよ。俺の妹を海に落とさないようにな。」

「安心しろよ。こいつが落ちたって俺が助けるから。」

2人はお互いの目を見つめ合いながら楽しげに話していたが、他人の目に映るほど、2人の顔は仲が良さそうには見えなかった。

杨猛はなんだか我慢できなくなって、空気を変えるために話しかけた。
「民事局に行ってきて証明書を貰ってこないとね。さっき夫婦は離婚届を貰ったんだから、2人は幸せにならないと。」

顧海は杨猛をちらりと見た。
「今は高いところで話してるんだ。お前が話したところで届かないぞ。」

杨猛は最初、理解できなかったが、顧海を見上げて、彼が自分を見下ろしているのを見て、一瞬で理解した。
ーくそっ……高い……高い……

「お前は?まだ相手がいないのか?」

顧海がそう尋ねると、白洛因は認めた。

「あぁ、そうだよ。」

「貰い手がいないのか?」

白洛因が口を開く前に、杨猛が先に話し出した。
「因子に貰い手が居ないって?因子はなぁ、一番……あ!……」

白洛因が杨猛の腕を掴み持ち上げると、杨猛はもう続きを言えなかった。

「杨子、どうしてここにいるんだ?」

杨猛の元同僚はここに転勤していて、この姿を見られる訳にはいかず、仕方なく黙った。杨猛のことを外に引っ張っていると、後ろからからかう声が聞こえた。

「何の一番だって?」

顧海が故意に尋ねると、白洛因は歩みを停めて、冷静に言った。

最高経営責任者だ!」

「嘘!」
闫雅静は叫んだ。
「その若さで外資系企業の最高経営責任者に?」

白洛因は顔に厚い皮を被って笑うと、顧海に尋ねた。
「お前は?今何やってるんだ?」

「俺は才能がないから中小企業の社長だよ。」

白洛因は顧海の謙虚な表現を見たことがなかった。まだ少し爪が甘いが、こんなにも人を敬うのが上手になったのかと、白洛因は驚いた。

その時、杨猛が遠くから叫んだ。
「因子、行かないの?早く戻らないと。」

白洛因はもう一度顧海を見た後に答えた。
「すぐ行く。」

顧海は分かったかのように頷いた。

横切った瞬間、2人の目には動揺が現れたが、それでも表情は穏やかなままだった。

白洛因は杨猛と外に出ると、タクシーを拾った。

「車で来たよね?」
杨猛は驚いたようにそう言った。
「車で帰らないの?」

「また戻る。」
白洛因が静かにそう答えると、杨猛は更に混乱した。
「どうして?」

軍用車両。」

杨猛は振り返って、歩いている顧海を見て納得して、素直に白洛因とタクシーに乗った。車に乗った後、白洛因の目は窓の外を見つめていたので、杨猛は彼の表情を見ることができなかった。

「因子。」

「なんだ?」

「入隊した事、顧海に伝えないの?」

白洛因が杨猛の方に振り返ると、その目は落ち込んでいる様だった。必死に隠そうとしても、長い間一緒にいた杨猛には分かってしまっていた。

「見つけられたくないの?」

「違う。……聞かないでくれ。話す時が来たら、教えるから。」



顧海は車に乗った後、ゆっくりと運転し始め、ハンドルを指で叩いた。運転しながらぼんやりと外を眺めたまま、何も言わなかった。

「顧社長、私のことを婚約者だって言ってたけど……何が起こってるの?なにも分からないんだけど。」

顧海の顔が突然暗くなり、突然ハンドルを殴り、車が揺れた。

闫雅静は大学在学中に偶然、顧海と再開し、今まで5年以上も顧海のそばに居たが、こんなにも感情を表に出す顧海を見たのは初めてだった。

「別に……責めているわけじゃないの……」
闫雅静は言葉を迷いながら話していた。
「冗談だってことは分かってるわ。聞いたのにも特に意味は無いの。話したくないなら聞かないわ。」

話している途中で、顧海は運転を再開し、道を急いだ。

闫雅静の心拍数は速度が上がると共に段々と速くなっていく。顧海は隣を走る車を追い越し続け、突然ブレーキを踏むのを繰り返していた。……闫雅静は説得した。
「顧社長、こんな危険な運転やめて……」

話していると、急に車の屋根を開けて、冷たい風が入ってきて、闫雅静は呼吸困難になった。

「ちょっと!……なにしてるの!?今は冬だって分かってる!?顧社長……顧海……!!」

顧海が振り返って一言だけ返した。
「ちょっと黙ってろ。」

第2話 可愛い警官

夜になると、軍事訓練に参加していたバイロットで野外キャンプが行われた。

白洛因はテントで1人寝ている。外では轟く冷たい風が吹いているというのに、白洛因のカシミヤのセーターは汗で濡れていた。脱ぐと服に雑草や棘が刺さっており、振り払ったが取れず、1本1本抜いていくしか無さそうだ。

刘冲は白洛因のテントのカーテンを開け、白洛因が上半身裸で座っているのを見ると、緊張した面持ちで声のトーンを下げた。

「隊長、怪我ですか?」

白洛因は眉を上げたあと、優しい顔をして見た。

「そうじゃない。」

刘冲はそう聞いて少し恥ずかしかった。
「あなたが脱いでいるのを見て、包帯を巻いているのかと思ったんです。」

刘冲は薄い毛布を持って白洛因のテントの中へ入った。

白洛因は刘冲が薄い毛布を持っているのを見ると、驚いた。

「夜中に攻撃があるかと思って、恐怖で眠れないのか?」

「ち、違いますよ……」
刘冲は顔を赤らめた。
「今夜は寒いですから、隊長の為に毛布を持ってきたんです。」

白洛因は口角を上げて、刘冲の首を掴んで引き寄せると、静かに尋ねた。
「賄賂か?」

刘冲は笑った。
「どうしてそんなことする必要があるんですか?同じ部隊に所属しているし、あなたはこの舞台の隊長です。明日の戦闘任務はすべて、あなたの指揮に頼っているのに、あなたを凍えさせる訳にはいかないでしょう!」

白洛因もニヤリと笑った。
「忘れてくれ。それさえあれば凍死する事もないだろう。」

「あなたが凍死する事なんてあるんですか?」

刘冲が笑顔でそう言うと、白洛因は眉を寄せた。
「なんでだ?」

「去年の春節に北東部へ行った事を覚えてますか?同じ寮で寝ている時、あなたはいつも私のベッドに入ってきたでしょう。ある夜あなたが私の腹に手を置いた時、私は次の日下痢になりましたよ。」

白洛因はわざとらしく咳をした。
「習慣なんだ。夏ならどこでも寝れる。」

刘冲は白洛因の手を掴むと、不機嫌に言った。
「こんなにも手が冷たいじゃないですか。」

「それは俺の血が冷たいからだよ。だから体温も低い。」

刘冲は頭を掻いた。
「そうですか……」

白洛因は未だに服に刺さった棘を抜き続けている。

「私にやらせてください。」

刘冲がそう言うと、白洛因はこうして細かい作業をするのが苦手だった為、素直に刘冲に服を渡した。そうして毛布を羽織ると、明日の戦闘訓練計画について考えながら横になった。


"ビービービー"
警報が鳴る。

白洛因は野生の豹の如く、すぐに起き上がって刘冲に預けていた服を取ると、素早く着て、テントの外へと出た。

「敵機だ。領内上空を飛んでいる。」

「くそっ!」
刘冲は叫んだ。
「こんな時に奇襲をかけてくるなんて、殺してやろうか?」

白洛因はすぐに中央司令部に向かうと、刘冲は自分のテントに戻り、機材を取りに行った。

2分以内に、訓練に参加していた全てのパイロットが武装を終えて集まった。現時点では敵機は領内上空に近づいており、激しい攻撃が始まった。

「二手に分かれろ!」
白洛因は的確に指示を出した。

彼はすぐに二手に分かれると、雲に隠れ、襲いかかった。
「敵機だ。」
見つけた瞬間、中距離ミサイルを2発、即座に発射した。

「バン!バン!……」

爆発音が鳴ると、2つの火の玉が空に照らされて、命中した。

突然起こった為、十分な準備が出来ていなかったが、白洛因は敵の奇襲を撃破した。しかし、被害は大きく、時間もかかりすぎてしまった。朝の4時になってやっと決着が着いた。

しかし、1時間程眠っているとまた警報が鳴った。

白洛因は起き上がったが、光が散乱していて目を細めた。

クソジジイ!わざとなんだろ?
俺がやっと寝れたことを知ってるんだろ!
お前は父親だが、苗字は白じゃないから殺してやる!



たった3日で、軍事訓練は終わった。

この訓練で秀でた功績を残した為、白洛因は上官から2日の休暇を与えられた。刘冲は白洛因をヘリコプターで家へ送った。白洛因は助手席で寄りかかりながら前を見ていたが、目に浮かぶ疲れは隠しきれていなかった。

「隊長はどうして入隊したんですか?」

そう聞いても返答が聞こえなかったので、刘冲が白洛因をちらりと見ると、白洛因は眠っていた。

キャビンの内側に寄りかかり、運転席の方向を向いている顎は綺麗な輪郭を描いている。刘冲は2年前に初めて軍に来たことを思い出していた。白洛因が指揮官として自分たちの隊長に任命され、初めて白洛因を見た時、新規兵の誰もが彼の英雄のような気質に魅了されていた。刘冲は白洛因の姿を初めて見た時の事を思い出すと、未だに胸が熱くなる。

軍に入隊して2年、やっと白洛因の近くで働けるようになると、白洛因が優れた軍人気質を持っているのに気づいた。しかし優れた飛行技術を持っているが、日常生活は壊滅的である。彼の寮の衛生評価は常に最悪で、自分の物をどこに置いたのか忘れているし、彼の部屋のドアロックは数時間で壊されるし……

しかし訓練基地や訓練場に着いた途端、彼の考えは誰よりも冷静で正しかった。

白洛因が警戒せずに眠っているのを見ると、恐怖を感じずには居られなかった。幸いにも運転しているのは刘冲だが、もし白洛因が運転していて、飛行中に眠りについてしまえば……そしてそれが空軍に取ってどれほど甚大な被害となるか!

刘冲がそう考えていると、白洛因が突然口を開いた。
「眠ってても、安全に家まで運転することぐらい出来る。」

刘冲は驚いた。
ーなんで俺が考えてることが分かったんだ?

白洛因の口が魅力的に弧を描いた。



1年ぶりに家へ帰ると、白漢旗の髪には白髪が増えていた。

「染めないのか?」
白洛因が不満げに言った。
「まだ50にもなってないのに、おじいちゃんみたいだぞ。」

それを聞いた邹叔母さんは笑った。
「私も何度も言ったんだけど、聞いてくれないのよ。白髪が増えれば、息子がもっと帰ってきてくれるからって。」

白漢旗はそれを何度も否定していたが、白洛因の心は暗いままだった。

邹叔母さんは明るい服を着ていて、マンションに引っ越してからダンス教室に通っているらしい。それに比べて白漢旗はあと3年で定年退職だが、帰ってくるとまずソファから動けなくなり、テレビを見たまま眠ってしまう事もしばしばだった。

白洛因が帰ってくるのを見つけた時も、白漢旗は前よりもしつこく小言を言った。前に来た時にはこんな事は無かったのに、白漢旗も歳を取ってしまったようだ。

午後になると、白漢旗は白洛因を連れて華源路警察署に向かった。彼の言うところの"お嬢ちゃん"である杨猛は警察官になっている。

白洛因が言ったように杨猛は軍事試験に合格せず、軍事学校に入学出来なかった。しかし杨猛の父親は諦めず、兵士がダメなら警官はどうだ?と言い、学校へも贈り物をして無理やり杨猛を警察官にさせた。それ以来杨猛は毎日残業をして、同僚にも虐められる辛い日々を送っていた。

白洛因が運転していた時、杨猛は夫婦喧嘩の仲裁に入っていた。

「警察官さん、私の為に今すぐ拳銃を持ってきて。この男には愛人がいるのよ!」

女性が泣きながらそう叫ぶと、男性は怒って反論した。

「愛人だって?その目で愛人を見たのか?」

女性は椅子から立ち上がった。
「まだ私に恥をかかせるの?あなたの通話履歴を録音してるのよ!」

「プライバシーの侵害だ!」

「恥知らずね!」

「お前の方が恥知らずだろ!!」

泣き崩れる女性が杨猛に尋ねた。
「警察官さん、あなたはどう思う?」

杨猛は2人を見たあと、帽子を正して、ハッキリと言った。

「えっと……離婚したいならここじゃなくて役所に行かないとダメですよ!」

白洛因が到着した時、男女は杨猛に跨って殴っていた。

「奥さん、強く殴りすぎです!」

「旦那さんも、見れば見るほど子供みたいですよ!」

白洛因はこれほどに役に立たない警察官を見たことがない。

彼は急いで警察署へ入ると、男性の襟を掴んで、冷静にドアの外に捨てた。女性は男性が苦しんでいるのを見て、戦おうとしたが、白洛因の冷たい目を見て、ありったけの罵詈雑言を放った後に呪われた様に去って行った。

2人が去った後、杨猛は白洛因を見て涙ぐんだ。

白洛因は苦しそうで無力な杨猛の帽子を大きな手で取ると、頭に手を乗せた。

「そんな馬鹿正直な警官がいるか!」

杨猛は歯を食いしばって言った。
「ちょっと弱い警察官がいたっていいだろ…」

そう言うと、白洛因を抱き締めて、数回背中を叩いた。

「兄弟、やっと来たな。もし後2年遅かったら、僕は灰になってたよ!」

白洛因は寒気がした。
「そんなにか?」

「そんなに?」
杨猛の顔は恐ろしい。
「とってもだよ!!!」

そう言うと、杨猛は白洛因を中に引きづって座らせ、説教を始めた。




闫雅静は資料をまとめ、顧海に渡し、顧海の許可を得たあと、振り返ってドアに向かおうとした。すると突然顧海から声をかけられた。

「公安局に行くのか?」

闫雅静は静かに頷いた。
「行くわよ。だってこの申請書は公安局の印が必要でしょう?」

「俺も一緒に行く。」

顧海がそう言うと、闫雅静は驚いた。
今日の社長はどうしたの?
もしかして遂に今日、この人の運転で……?

「先日、副局長に頼み事をされていたからその話をするんだ。」

ーあぁ、分かってましたよ。
闫雅静は密かに悲しんだ。

第1話 破壊的な人生

8年は、一瞬だった。

8年後、英語が全く話せなかった顧海は外国人のようになっていた。顧海が海外へ行った時、偶然出会った李烁はカナダへ移住していた。海外での生活について話していると、李烁はため息をついた。

「中国にいた頃が懐かしいですよ。お正月に帰れるなんて羨ましいです。卤煮火烧が恋しくて堪らないです。」

「いつでも戻れるだろ。」

顧海が言うと、李烁はまたため息をついた。

「家はもうないんです。帰ったら北の漂流者になっちゃいますよ。」

「家が無くったって家族はいるだろ。」

李烁は突然何かを思い出した。
「そうだ、白洛因さんは今どこにいるんですか?」

「知らない。」
顧海は感情を深く隠してそう言った。
「海外にでも居るんだろ。」

「連絡を取ってないんですか?」

「あぁ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ここは民間のハイテク企業で、北京の開発地区の中心に位置し、主な事業は軍事及び民間の電子産業にシステム統合サービスを提供することと、通信機器の販売である。開発地区にはこのような企業は沢山あるが、この会社には独自の管理モデルがあり、業界の注目を集めた。

この会社の社長以外、管理職から従業員まで全て女性であり、その誰もが美人だ。一般的にこの種のビジネスでは女性が上に立つことは少ないが、社長は深刻な性差別をしていて、特に男性差別をしている為、就職説明会ではあらゆる美女が集まる。

しかし、会社の選別は厳しく応募資格があるのは美女であり、理学専攻をしており、高学歴と並外れた知識を持っていなければならない。しかも独身で無ければならず、結婚するには関連会社の社員とでないといけない。その名の通り、顧客に恋をしなければならないのだ。

理学専攻を取る女性が少ない昨今でも、この会社の採用方針には理学を熱心に学び大学を卒業した北京の女性のみが選ばれる。年老いた理学専攻をした男性など眼中にないのだ。

その後に開かれる会社の年次総会では、社長はたくさんの美しい女性に囲まれ、まるで宮廷のような風景である。

これらの女性の日々の楽しみは社長についての噂を話すことである。

最近は年次雇用期間であり、議論しなければならない話題が沢山ある。


「ねぇ、聞いてる?今年の就職説明会の参加人数は去年の倍らしいわよ。まるで北影のインタビューみたいにみんな美しかったって。」

「美しいからなんなの?それだけじゃどうしようもないでしょう!先月、検査委員から紹介された子だって数日以内に辞めたじゃない。」

「彼女はただ社長に会いに来たのよ。純粋な気持ちでこの機会に玉の輿に乗ってやろうって。なのに社長は冷たく接したでしょう!」

「私たちの社長はなんなの?社員を1人でも誘ったことは?襲ったことは?」

「無いわよ。私はここに来て1年だけど言葉すら交わしてないわ。」

「社長はなにを考えてるのかしら?たくさんの美女をここに集めてるけど、誰も眼中に無いわよね。喋よ花よと扱われるのかと思ってたのに、今じゃ必死に働いてるだけ!」

「きっと運命の出会いを待ってるのよ。」

「その運命の子が可哀想ね。だって考えてもみなさいよ。社長は軍隊長の息子で、才能を持ちながら努力を惜しまず、会社まで経営してて、しかもあんなイケメンだもの!あんなにハイスペックだなんてずるいわ!こんな男と付き合っていける?あんなイケメンに一心に愛されて、耐えられる?」

「社長は一人暮らしみたいよ。しかもお母様に頼ることなく、家事もやってるんですって!」

「本当に!?そんな人って居るのね!本当に選ばれた子が可哀想だわ。」

「もう耐えられない、一夜を共にするだけでも構わないわ!」

「ちょっと……静かに、社長が来たわ。」

顧海は営業部のオフィスを無関心そうに歩いた。後ろには副社長が続き、その副社長も若くて美しい女性である。

顧海が去って間もなく、静かだったオフィスが騒ぎ出した。

「見た!?今日の社長は紫色のシャツだったわよ!」

「見たわよ!見た!!似合ってたわね!!」

「副社長が羨ましいわ。だって、社長室に自由に出入り出来るのよ?」

「彼女と比べられたいの?顧社長に高給で雇われたけど、人前で発表はしなかったじゃない。つまり……」

「やめて、言わないで。私はあとここに2年いなきゃいけないの。社長と寝れるかもしれない希望を捨てさせないで!」


闫雅静は顧海に書類を手渡した。
「サインして。」

顧海は適当にそれをめくってある程度読むと、その契約書にサインをした。

闫雅静は顧海のサインを見る度にため息をついた。
「顧社長、どうしてそんなに字が美しいの?どうやって練習したの?」

顧海はなにも話さなかった。

闫雅静はコップ1杯の水を汲んでから、顧海の目の前に座った。顧海の冷たい顔を見て静かに言った。
「顧社長、どうしてこんなに美女を集めてるんです?知ってます?彼女たちはいつだってあなたの事を話してるんです。この間エレベーターに乗った時なんて、2人の社員があなたの筋肉について語ってましたよ。"質感がいい"って。」

顧海は冷静に言った。
「次からは聞くようにするよ。教えてくれてありがとう。」

「社長……!」
闫雅静は怒ったふりをして顧海を見た。
「美女に囲まれて、そんなに嬉しいですか?」

「これは名声を確立させる為だ。」
顧海はバカにするように微笑んだ。

闫雅静は顧海の為にコップに水を汲みながら、2人は話を続けた。

「そうだ、顧社長。今日はニューハーフが来ましたよ。」

それを聞いたと途端、顧海は飲もうとして口に含んでいた水が、全て口から吹き出してしまった。

「男性の競争心もあるし、女性の心配りも忍耐力もあります。才能のある珍しい人材ですよ。」
闫雅静の表情は真剣そのものだった。

「配属させるなら営業部だな。」
顧海は軽く言った。
「しかし顧客は嫌がるだろう。」

「でも、男性じゃないんだし良いでしょう?どうしてそんなに男性を嫌がるの?彼を入れれば、あなたがゲイじゃないって事も証明されるじゃない。」

顧海は顔を上げて闫雅静をちらりと見た。その髪は美しいストレートだ。数秒後、顧海の瞳は元に戻った。

「仕事の時間だ。パソコンに入れた会議記録を資料にまとめろ。」

闫雅静はコップを置いて、顧海のパソコンをつけた。しかし、どのフォルダを開いても顧海の言っていた会議記録は見つからない。

「顧社長、無いですけど。」

顧海は目を細めた。
「俺のパソコンに入っているかもしれない。昨日の会議に持っていったから。」

「えっと……開けて大丈夫ですか?」

闫雅静は控えめに尋ねると、顧海は軽く答えた。

「どうぞ。」

電源をつけると、ディスクトップが表示された。闫雅静は目の前の写真を見ると、嬉しそうに笑った。

「顧社長、この写真を見ると、初めて会った時のことを思い出しますね。」

顧海は8年間、1度だって変えていない写真だ。

「この男の子は誰?」
何気なく闫雅静が尋ねた。

顧海がディスクトップを見ると、そこには何年も記憶の奥底に閉じ込めていた人がいた。画面の中に居るはずなのに、まるで本当に生きているかのように微笑みかけてくる。

「長い間会ってない……兄弟だよ。」

「会ってない?どうして会えてないの?」

闫雅静は顧海がこの話題について話したくないことに気づき、すぐに話題を変えた。

「これって、青島で撮ったの?」

顧海は頷いた。
「あぁ、お前と青島で会った頃のだよ。」

闫雅静はちらりと見るつもりだったが、一度見ると深く考えずには居られなかった。

「この写真、本当にいいわね。あなたが仏様のようだもの!」

「仏だって?」

「こんなハンサムな仏がいるか?」

「……社長、顧社長!顧海!!」

闫雅静が叫ぶと、ディスクトップを見つめたままだった顧海がやっと元に戻った。

「どうした?」

闫雅静は優しく微笑んで言った。
「ねぇ、聞きたいことがあるの。」

「どうぞ。」

「あの時かけた香水は、上手くいった?」

顧海は冷笑した。
「辞表を準備しろ。馬鹿な副社長はどうも辞めたいみたいだな?」

闫雅静は素直に黙って、顧海のパソコンファイルを探した。


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早朝のゴビ砂漠はとても寒い。淡いオレンジの炎が空を貫いた。

若く、ハンサムな空軍少佐は鋭い目で冷たく叫んだ。
「攻撃!」

その瞬間、数十機の戦鷹が空に向かって旅立ち、北京軍区空軍所属パイロットの長距離実弾攻撃訓練が始まったのだ。これは単なる飛行訓練ではなく、彼らの目標は何千マイルも離れた砂漠のどこかである。どこにでも潜んでいるミサイル攻撃、レーダーへの干渉、そして目標領域での空中戦。他にも様々な危険を背負いながらの攻撃訓練では、誰もが殺意を潜めていた。

少佐の乗っている単独戦闘機は、攻撃陣全体をリードし、地上ミサイルを的確に攻撃した。

「急速急降下!」

少佐の命令は、命令を待っていた空自パイロットの耳にまるで爆弾のように届いた。

その瞬間、少佐の戦闘機に続き数十機の戦闘機も、驚異的な速度で地上へと急降下した。ゴビ砂漠ラクダの棘がパイロットの前で舞い、飛んでいる塵がナイフのように翼を横切った。ロケットは標的に向かって飛んでいき、大きな音で標的を破壊すると、10メートルもの砂を舞い上げた。

訓練の最初の任務を終えると、少佐が戦闘機から出てきてマスクを外し、そのハンサムな顔を見せた。

「隊長、水をどうぞ。」

少佐が水のボトルを取ると、音を鳴らして飲み干して、ボトルを投げた。
「ありがとう。」

「隊長、勝てますか?」

白洛因の口元は珍しく、笑顔だった。

「当たり前だ!」

第208話 青春の終わり

車は急カーブして道路へとぶつかった。白洛因の心拍は飛び跳ね、加速させながら顧海を見た。
「今日はどうしたんだ?」

顧海は機械のようにぎこちなく笑った。
「少し目が覚めたよ。」

周りに車は少なく顧海は安堵のため息をついた。ブレーキが故障したとしても、強制的に減速して止めることはできる。白洛因を見ると彼もまた顧海を見ていた。その瞳には不安が映っている。

「顧海、なぜだか分からないけど、焦ってるんだ。」

顧海の緊張していた顔は徐々に柔らかくなり、ゆっくりと減速した。

「なんだ、怖がってるなら冗談でも言ってやろうか。」

「言えよ。」

白洛因が軽くそう言うと、顧海は微笑んだ。
「目を閉じろ。」

「なんでだ?」

「この冗談を聞きたければお前は目を閉じないと。」

白洛因は顧海がなにを直しているのかも知らずに、好奇心から目を閉じた。そうしてただの奇襲だろうと考えた。

「村の出生率はいつも高い……」

顧海は話しながら2番目のギアを入れ、スロットルを離してクラッチを上げると瞬時に減速した。

白洛因が目を開けようとすると、顧海が話を続けた。
「ある日、街の幹部が避妊を進めようとその村へ行った。コンドームの箱を持って、そして彼らに使い方を教えた……」

白洛因は顧海の話を聞き続け、目を開かなかった。
前に車が来たので、顧海は急いで停車した。

顧海はギアを入れる機会を待ちながら、ゆっくりとハンドルブレーキを引き上げ始め、しっかり締めたあと手を離した。

「その後、2年経ってその幹部が視察のために村へ行くと、まだ出生率が高いことが分かった。」

車が止まると、突然前方の交差点に物流配送トラックが出てきて、車の正面へと向かってきた。

「なんでか分かるか?」
顧海は額から冷たい汗が流れた。

白洛因か首を横に振った。
「なんでだ?」

「男は幹部に言った。あなたの話を聞いてから、毎日しっかりつけていたが、つけているとおしっこ出来ないから、先の方を切ったんだ。」

白洛因は大声で笑った。

同時に、目の前を人が渡ろうとして、目の前のトラックが急ブレーキを踏んだ。顧海がハンドルを切るには既に遅すぎる。

「結局、なんで目を閉じて聞かなきゃいけなかったんだ?」

白洛因が目を開けようとすると、突然何かにぶつかったような感覚がした。空が一瞬にして回転し、鼓膜が痛み、重いものが体を押して呼吸が出来ない。

目を開けると顧海の顔が目の前にあり滴る血が瞳に鮮明に写った。

白洛因の顔は一瞬で青ざめ、顧海の顔を抱えて叫んだが顧海からの反応はない。

白洛因は顧海の顔から目を逸らし、目の前の光景を見て心臓が止まった。

2つの車のフロントが曲がり、銅板が顧海の背中に刺さっている。割れたフロントガラスが顧海の肩、頭、他にも色んな場所を傷つけていた。しかし自分だけが安全で、手の甲を擦りむいただけだ。助手席は崩れているがそこまで深刻な訳では無い。顧海が自分を守っていなければ、彼はここまで傷ついていなかっただろう。

公用車で、しかも繁華街で何かが起こった。それに前のトラック運転手は避けようとはしなかった。
車から降りて背後の状況を確認すると、急いで120と携帯で打った。(日本:119)

車が爆発するのではと心配して運転手はすぐに白洛因を救出しようとしたが、彼が顧海と白洛因を救出しようとした時、顧海の背中に銅板が刺さっているのが分かった。運転手はすぐにトランクを開け道具を持ってくると、目の前の光景に驚いた。

白洛因はその手で顧海の背中に刺さっている銅板を壊していた。5本の指は血で濡れていて、2本の指の爪は剥がれている。車から出来るだけ早く顧海を救出する為に、白洛因は痛みを気にする余裕もなかった。



通行止めされている道路の真ん中で、白洛因は顧海を支えながら救急車を待っていた。顧海の背中はまだ出血していて、傷口を抑えている白洛因の手は赤く染まっている。血は指をたどって白洛因のズボンへ垂れると、白洛因の心は痛み、涙を流していた。

「顧海、顧海……」

白洛因の声が掠れる程叫んでも、顧海から反応はなかった。

隣にいる運転手は注意深く声をかけた。
「彼を地面に寝かせて。そのままじゃ危険だ。」

白洛因はその言葉を聞かずに、顧海をぐっと強く抱きしめた。その姿を見れば、誰ももう声をかけられない。

こんなにも恐怖と自分の無力さを感じる瞬間は今までなかった。見回しても、周りにいるのは奇妙な顔をしている人達だけだ。

誰か俺たちを救ってくれないか?
誰かこいつを目覚めさせてくれないか?
誰かこいつの血を止めてくれないか?
誰かこんな時間を止めてくれよ。
そうずっと、ずっと祈っていた……

「病院から連絡が来た。混んでいて救急車が立ち往生してると。」

白洛因は雷に襲われたような感覚に陥る。彼は顧海を見て心が壊された。

「どっちから来るんですか?」

「東から……えっ!なにをしてるの!?」

運転手の質問と傍観者の声は、白洛因には聞こえていなかった。東西道路は長い間閉鎖されている。彼は顧海を背負って道を急いだ。停車させられている車の右側を乱暴に走った。もうすべて、血も涙も捨てている。

顧海、大丈夫だ!
俺たちは辛い日々を生き抜いて来た。
俺たちは全てに裏切らても、辛さに耐えてた。
耐えられないことだって受け止めてきた。
目を開けて見てみろよ。幸せへの道を進んでるだろ!

大海、大海……
こんなに叫んでるのに聞いてないのか?
答えろ、答えろよ!
あの車はまだ買ってすぐだろ。
まだ見てない景色も沢山あるだろ。
旅行の心配はするな、二度と美しい景色を見逃すことはもう無い。

顧海の頭は重く白洛因の肩に垂れ、走っている間、何度も白洛因の頬に擦り付けられた。顧海の体温は呼吸数と共にゆっくりと低下して行き、白洛因は涙を流した。力を失ったはずの足はスピードアップして行く……

大海、お前の体が冷たくなったらダメだろ。
手足が冷たい俺を暖めないといけないんだろ?

白洛因の足が意識を失うと、数人の医療スタッフが駆け寄ってきて、急いで顧海を背負って救急車に乗せた。

白洛因がドアで倒れると、淡い顔の頬を大きな汗玉が流れた。医者の急いだ足音と車内の頻繁に鳴る機械音だけを聞いて、白洛因の体はどうしようも無いほど震えた……

この時、彼は突然理解した。想像上では顧海はいつだって死ぬわけがなかった。彼は勇気と大胆不敵な行動で構成されている。顧威霆の前で発言したのは、顧海の死を恐れていなかった訳ではなく顧海が死なないと思っていたからだった。

白洛因の頭の中で顧海は病気になることすらなく、いつだって健康だから思いやる必要なんてない。彼はいつも自分の面倒を見ていた。病気になった時、怪我をした時、彼は走り回っていた。夜中には手足を暖めてくれた。料理をしてくれた。洗濯も、買い物も……

いつだってめげることの無い精神を持っていて、彼は自分と一緒に遅くまで起きることはなく、働いている時間も、休む時間も自分よりも長かった……

顧海の腕に触れても彼が起きなかった時、白洛因の中にある顧海の姿は壊された。

彼は神ではなく、彼は傷つき、弱点だって晒して目を覚まさない。

白洛因は顧海の死を恐れていた。彼が生き残ることが出来るのなら、自分の人生を引き換えにするのだって怖くない。

渋滞は緩むことなく、医療スタッフが困っていると、目の前にヘリが現れた。糸で吊るされていた顧海の死を、それが奪い取った。



緊急治療室のライトはずっと強く光っている。白洛因はずっと涙を流していて、顧洋が急いで病院に着いた時、彼の目の前に立つ乾いた血のついた男はまるで生きていない様だった。


どれくらい経ったか分からなくなるほど時間が経つと医者が出てきた。
「一時的に危険な状態で無くなりましたが、集中治療室に移しました。」

白洛因の紫色の唇は動いたが、音はなにも出なかった。

振り返ると、顧洋が彼の後ろに立っていた。

「俺を殺したかったんですか?」

顧洋の声は急いでいるようでは無かったが、静かな廊下に重く響いた。

「お前は危険すぎる。お前が顧海のそばにいれば、あいつは滅ぶ。」

「いい印象を何度も与えた癖に、結局は警戒して欲しかったんですか?それか……俺の気持ちを消すために動いたんですか。良心だけではどうにもならないと、事前に防ぐ為に?」

顧洋はなにも答えなかった。

しばらくして、白洛因が口を開いた。
「あいつから姿を消す前に、こんなかっこいい髪型にしてくれてありがとうございました。」

顧洋の瞳に暗闇が押し寄せた。

白洛因が顧洋の横を歩いた時、立ち止まった。

「顧海の目が覚めて俺の事を聞いたら、死んだと答えてください。」

顧洋の心臓が痛み、振り向いて話そうとすると、廊下の暗闇へと白洛因の影が消えていた。

俺が示した良心は全て本物だった。
けれど、すまない。
最愛の弟のためなんだ。


ーーーーーーーーーーーーー

白洛因は初めてスーパーへ行き、野菜と肉を買って帰った。家へ帰るとまずシチューを作った。夜まで忙しく作っていると、最後の一品が出来た時には最初に作った料理はもう冷めていた。

白洛因は静かにテーブルの前に立ち料理を見つめた。そしてここに確かな永遠を残した。

夜中、白洛因は橋の上に立って微かに叫んだ。
「顧海、愛してる……顧海、愛してる!!!顧海、愛してる!!!……」

何度も何度も、冷たい石の上に跪くまで続けた。

顧海、俺は臆病なんだ。
1人でいるのが怖くて、旅行も怖くて、愛する人を傷つけるのが怖いんだ……
でも、お前に出会ってから、俺は強くなった。

だから、お前は俺の為に生きろ!

第207話 あなたと一緒に居たい

顧洋が去った後、顧海が寝室へ戻ると、白洛因はまだ椅子で眠っていた。髪は半分濡れていて、もう半分だけ乾いている。

顧海はドライヤーを手に取って、怒りから冷たい風で、白洛因の髪を乾かした。夏だが家のエアコンは低く設定されているので全く暑くない。だからドライヤーの冷たい風は白洛因を寒がらせたので彼はすぐに起きた。

まず鏡の前に立つと、髪型は悪くない。隣に立っているはずの美容師はもう交換されていた。

「お兄さんは?」

白洛因がそう言ったのを聞くと、顧海はドライヤーを元の場所に置いた。その目には怒りが宿っている。

「もっとあいつと一緒に居たかったか?早く帰って来た俺は邪魔者か?」

見境のない2つの質問に白洛因はまた気分が悪くなる。白洛因の脳は顧海の直感的な脳と違い、よく考えるものだったので顧海の脳がどうなっているのか理解出来なかった。

「あぁ、一泊していけば良かったのにな!」

そう言い終えると白洛因は巻き付けられていた布を取って、顧海の目の前から消える準備をしようとしたが、突然顧海に腕を掴まれそのまま強く引かれたため、ベッドサイドにあるテーブルに頭をぶつけそうになった。

次の瞬間、顧海が白洛因を虐めるようにベッドに押し付けた。

「俺を怒らせたいのか?」

「誰が怒ってるんだ?」
白洛因は顧海の服を掴んだ。
「何か間違ってるか?ただ髪を切ってもらっただけだろ?耳かきでもして貰ってたか?しかもお前の兄弟だろ!あいつがお前の兄弟じゃなかったら、あいつと話すことすらなかったよ!」

2人は睨み合いながら、重く息を吐いた。

長い間、重たい空気が流れたあと、白洛因が先に口を開いた。
「お前と喧嘩したい訳じゃない。」

そう言うと顧海のことを押した。押しても引いてくれなかったのでもう一度押すと、やっと引いた。ベッドの上に散らばった服を取り、バスルームへと向かった。顧海は1人でベッドに残り、目の前にあった白洛因の服を手に取って顔を埋めた。白洛因の香りが、ゆっくりと怒りを沈めていく。

顧海がバスルームへ向かおうとした時、怒りの原因を見つけた。白洛因のズボンがボロボロに引き裂かれていて、縫い目は大きく開かれている。その糸が、顧海の心を強く引っ張った。

顧海はズボンを脱ぎ、バスルームへ向かいドアを開けようとしたが、開かない。無理矢理蹴ってドアを開き、入浴中の白洛因の元へと歩くと、彼のズボンを白洛因へ投げつけ、部屋から出ていった。

顧海は外のコートでバスケをしていた。汗をかくと徐々に怒りも流されていく。時計を見るともう1時を過ぎていて寝る時間になっていた。

玄関まで歩くと、ドアには大きな文字で書かれた紙が貼ってあった。

"ろくでなしは入るな!"

顧海は口角を上げて、その紙を無視して部屋へ入った。

白洛因が寝ている間に顧海は風呂に入り、その後ベッドへ入った。彼がベッドに横になった瞬間、白洛因が起き上がって座った。

ライターの火はぼんやりと青く、その火が消えると白洛因の口から煙が広がった。顧海は目を細めて隣で晒された大きな背中を見て、無意識に手を伸ばした。

「教えてくれ。そのズボンはなんだ。」

白洛因は短く、3字だけ答えた。
「不知道(知らない)」

そう言ってしばらく経つと、白洛因がくしゃみをしたので、またくしゃみをする前に、顧海が白洛因を引っ張った。ベッドに戻したかったが、白洛因は動かなかった。白洛因が3回くしゃみをすると、顧海は耐えられなくなって彼の首を掴み無理矢理ベッドに戻した。

白洛因の口は「うぅ」と唸るだけで、言葉はなかった。顧海は白洛因の口に自分の口を合わせ、中で横暴に動き、彼の呼吸すら奪おうとした。彼が言おうとしていた言葉まで奪うように……それから顎、頬、鼻先、瞼、額、耳……白洛因の呼吸が元に戻るまで続けた。

顧海がキスをするのを止めると、白洛因に睨まれた。

「勉強する必要も無くなって、俺も合格したからって、最近緩みすぎだろ。俺と喧嘩するの嫌だろ?」

顧海が得意とすることは、恥知らずになることと、悪人になれる事の2つだった。

白洛因が顧海をちらっと見た。
「まず離れろ。ズボンの事、教えるから。」

顧海は言う通りにベットに横になった。

2秒後、部屋で叫び声が鳴った。

「おい!……摘むな!そこは摘む場所じゃないだろ!なんでわざわざ男をっあああ!!!」

白洛因は手を止めて、顧海の紫になって痛そうな顔を見た。

「顧洋はお前の服を着て部屋を彷徨いてたから間違えてあいつを蹴ったんだ。それから喧嘩を売ってきたから口論になって、そのまま殴り合いに。それであのズボンになった。」

顧海は緊張していた。
「あいつに何かされなかったか?」

「してない。数分間絞められただけだ。」

「あいつがそれだけで終わるわけがない……」
顧海がブツブツと言っていると、突然何かがおかしい事に気がついた。
「じゃあなんで髪を切ったんだ?」

白洛因はその言葉に戸惑いながら怒鳴った。
「分かるわけないだろ?そんなのお前の家族に聞けよ。お前の家族の脳はどうなってるんだ?全員狂ってる!」

顧海の表情は停止し、なにも言わなかった。

「俺は説明したこと、信じるよな!」

そう言うと顧海に背を向けた。

顧海は白洛因を抱きしめて、彼の首に頭を擦り寄せて、未だ固い声で言った。

「あんまりあいつを挑発するな。」

白洛因の目の前にポットがあったので、それを手に取って顧海の頭を殴りたくなった。

「俺が挑発したのか?俺がいつあいつを挑発したんだ?」

顧海はそれを聞いてないように言葉を続けた。
「あいつは俺たちほど単純じゃないんだ。お前が想像するよりも複雑に出来てる。」

「あいつが愛するものなんて知りたくもない。」

白洛因が冷たく言い捨てると、顧海は白洛因の手を取って、静かに言い聞かせた。
「あいつの事を理解して欲しいわけじゃない。思い出して欲しかったんだ。もっと警戒しなければいけない相手だと言うことを。俺とあいつは同一人物じゃないことを。」

白洛因は突然思い出して、冷たい声で言った。
「でもあいつは言ってた。あいつは下品で俺は上品だけど、本質は同じだって。ただ違う表現をしてるだけだって。」

「ばあちゃんが一緒なだけだ!」
顧海は歯をむきだしにして怒った。
「あいつが言ってるだけだ!全然違う!俺は一生懸命だけど、あいつは熱心なだけだ!前にお前に話した凧揚げのことを覚えてるか?それだけで違うことは分かるだろ。」

顧海がそう言い終えると白洛因は改めて考えたが、この話で顧洋の悪い所は見えず、顧海が愚かだということしか分からない。

「笑うな、俺は真剣なんだ!」

顧海は白洛因の顔を自分の方へと向かせると、白洛因は微笑んだ。

「そうだな、分かってる。」

顧海はしばらく白洛因を見つめていると、彼の目に奇妙な波が見えた。唇は震え、欲求不満そうな顔をしていたが歯を食いしばって耐えた。
「笑ってるのか?なぁ、笑ってるんだろ?じゃあもっと笑わせてやるよ。ほら、笑えよ……」

「ハハハッ……やめ……ハハッ……」



翌朝7時、顧海は顧洋からの電話で起こされた。

「起きたか?」

顧海はあくびをした。
「なんで起こしたんだ?訴訟は9時からだろ?」

「授業だとでも思ってるのか?チャイムと一緒に入ってみろ!」

顧海は目を擦って、せっかちに言った。
「あぁ、分かったよ。起きたよ。」

その後、電話を切ってベッドに戻っても、白洛因の目を見ることは出来なかった。無邪気な子供のような顔を見つめるのは、白洛因が起きるまで飽きなかった。

「しばらく出かける。兄さんが訴訟を起こされたから行かなきゃならない。シャワーを浴びたらお粥を作っておくから、起きたら食べろ。」

「いらない。」
白洛因は体を伸ばした。
「俺も行く。」

「なんでだ?」

顧海は服を来ながら白洛因に尋ねると、白洛因は身を起こしてベッドに座った。
「誰かにチャンスを与えたんだろ?前に先生が機会をくれたんだが、突然で話せなかったんだ。こっちが悪いんだから説明しに行く。」

顧海は頷いた。
「先生に連絡はしたか?」

「お兄さんがしてくれた。」

顧海の顔が突然変わったが、なにも言わなかった。



2人ともシャワーを浴び終えると、寝室で着替えながら、白洛因が顧海に言った。
「先に行けよ。急いでるわけじゃないから。」

「一緒に行くぞ!」

「行かない。」

「送ってやるから。兄さんにもう一度会わないと。」

「なんでだ?1人でも運転できる!しかもお兄さん言ってただろ?早く行け、しばらくは1人で運転する!」

顧海はまだ引かなかった。
「心配しないために送ってくだけだ。」

白洛因は顧海を言いくるめたかったが、急がなければならなかったので一緒に行った。



車が出発した時、顧洋から顧海に電話が来た。

「今どこだ?」

顧洋にそう聞かれると、顧海は少し焦った。
「今出た。」

「どれくらいかかる?」

「わからない。」
顧海はゆっくりとスピードを上げた。
「因子を送らなきゃいけないから、また後でな。」

酷い沈黙の後、顧洋のいつも通り冷たい声が届いた。

「あいつの車に乗ったのか?」

顧海が答えようとしていると、突然交差点から車が飛び出した。ブレーキを踏んだが反応せず、ハンドルを素早く回して、やっと危険から回避出来た。

「すぐに行く。」

顧海は電話を切って白洛因を見ると、その表情から考えてることが図り取れなかった。それから手を伸ばして髪を撫でると、優しく、安心させるように声を掛けた。
「怖いかったか?」

白洛因は深呼吸をしたあと、静かに話した。
「運転中は電話するの減らせ。」

顧海が微笑んで前へ振り返ると車がぶつかろうとしていて、ブレーキを踏んだが反応しなかった。もう一度ブレーキを踏んでも反応しない。顧海の笑顔が一瞬で消えた……

第206話 欲望

大学入試終了初日、学生は自主的に教師感謝祭を開いた。

教師と生徒の開く、初めての宴会。特に、数学教師の言葉は白洛因を感動させた。
「白洛因、授業中あなたが寝ているのを見る度、とても気分が悪かったわ。大学では授業中に寝ないで、ちゃんと夜寝なさい。」

この宴会で、白洛因は罗晓瑜を見かけた。彼女は今も美しいが、より女性的になっている。彼女はここに娘を連れてきていた。娘は彼女によく似ていて、大きな目で周りをじっとみている。生徒が抱っこするために争うほど可愛らしかった。

白洛因は罗晓瑜の前に立って、優しく微笑んだ。
「先生、あの時の俺は言い過ぎてた。気にしないでください。」

「あなたのおかげで、教師と生徒がどうあるべきなのか分かることが出来たわ。」

白洛因はポケットから四角い箱を取り出して、罗晓瑜に渡した。

「先生に。」

罗晓瑜は驚いたような顔をした。
「私に?」

「はい。中身は鏡です。機嫌が悪い時は気をつけて……鏡はあなたの機嫌を良くすることは出来ないから。」

罗晓瑜は顔を赤くしながら笑った。

教師感謝祭は食事目的もあった為、先生へのプレゼントだけではなく、クラスメイトへとプレゼントも用意していた。尤其は特にたくさん貰っていて、女子生徒が尤其に渡そうとする度に男子生徒が尤其に酒を飲ませた。だから尤其は酔いすぎてしまっている。

白洛因は顧海がトイレに行っている間に、尤其の近くに座って、バックからプレゼントを取り出した。

「お前の為になるものが薬しか思い浮かばなかったんだ。鼻炎が治る薬だって医師が言ってた。3回使って効かなきゃ全額返金だって。」

この言葉はどういうわけか尤其の目を潤ませた。尤其の目の周りは赤くなっている。

「因子、実は俺……」

白洛因はその言葉を遮った。
「いや、言うな。分かってる。」

話し終えたあと、白洛因は友達として尤其を抱き締めた。

「因子、俺もプレゼントを用意したんだ。けど人前で出すのは恥ずかしくてホテルのフロントに預けてある。もし受け取ってくれるならすぐに持ってくる。もし要らないなら捨ててくれ。お前が受け取ってくれないなら価値はないから。」

白洛因は尤其の背中を2回叩いた。

「俺が生きてきた中で、お前が1番イケメンだって言いたかったんだ。」

顧海はその時ちょうどトイレから出てきていて、これを聞いた途端、発狂してしまいそうだった。


宴会が終わる前に、顧海は孫警備兵から電話が来ていたので、急いで向かわなければならなかった。生徒たちは9時まで宴会をしていたが、次々と家へ帰って行った。白洛因は1人でフロントへ向かい、説明すると、大きな紙袋を渡された。

白洛因は袋を開けてそれを見ると目が熱くなる。尤其からのプレゼントは毛布だった。

ホテルを出て白洛因は顧海に電話したが、誰も出なかったので、一人でタクシーに乗って帰らなければならない。


家について鍵でドアを開けようとしたが、もう既に鍵が開いていた。白洛因が入ると、顧海が寝室のキャビネットの前でウロウロしていた。真剣にそのキャビネットを見ていて、白洛因が入って来たことにも気づいていない様だ。

白洛因は顧海の尻を蹴った。
「なんで電話に出なかったんだ?」

その後、誰かが振り返って冷たい顔へと変わった。

「顧洋……」
白洛因はビックリしていた。

顧洋は怒った顔をしながら白洛因を見た。
「なんで蹴ったんだ?」

白洛因は必死に自分を正当化しようとした。
「なんで顧海の服を着てるんだ?」

顧洋の傲慢な笑顔が口元に表れた。
「俺の服は汗をかくのに向いてないからな。」

白洛因はワインも飲んでしまっていたので、気分の上がり下がりが激しかった。これを聞いて不安になり、顧洋の胸元の襟を掴んだ。
「脱げ!」

「ははっ……」
顧洋は微笑んでいる。
「俺があいつの服を着るのはそんなに不愉快か?意外と短気なんだな!」

白洛因は顧洋の嘲りを無視して、無理矢理、服を脱がせようとした。2人はめちゃくちゃになりながら、顧洋は白洛因の服を脱がせようとしたが、白洛因はそれを許そうとはしなかった。白洛因の防御を崩すために、彼をベッドへと追いやった。

白洛因の手は顧洋の首元を引き裂いたので、顧洋の首元が白洛因の視界に広がった。

そういった意味は特にないので白洛因は気にも止めていないが、顧洋は違った。

「白洛因、足を動かすだけじゃダメだろ。俺を蹴った挙句に、服まで脱がすのか。どうすれば2人の関係を続けられるか分かるだろう?」

怒った白洛因は顧洋の首を締めたが、拘束することは出来なかった。

顧洋の目が明るくなる。
「白洛因、俺は顧海じゃないから尻を蹴ってはいけないんだ。分かるな?」

そう言うと白洛因のズボンを引っ張った。力強く引っ張りすぎていたので、生地が裂ける音が白洛因の耳に届いた。白洛因は真っ赤な目で吠えた。
「顧洋、なにも言わずに出て行け。」

「俺はお前を歓迎するよ。」

顧洋はまだふざけたように笑いながら白洛因のシャツを開いて、腰に触れた。

白洛因は震えるほど怒り、顧洋の腹を蹴った。

顧洋は2本の指を開いて見せつけた。
「もう2回蹴るなんてお前は情熱的だな。俺はまだ恥ずかしいよ。」

白洛因は頭を押さえつけられ、体はベッドに釘で刺されたかのように動かない。白洛因は睨みつけたが、顧洋は軽薄に微笑んだ。

「白洛因、俺と顧海は同じだ。1人は下品で、1人は上品。顧海も俺もお前に与えることが出来るが、お前はあいつに与えることは出来ない。すぐにどちらがお前にお似合いか分かるだろう。」

「俺はお前が話す言葉よりも顧海の言葉の方が好きだ。」

顧洋はその言葉に傷つくことも無く、白洛因の心を刺激し続けた。
「お前が俺の部屋で気絶した日、やることはやったからもう外で会う必要なんてない。」

白洛因は弱点を晒さなかった。
「お前は人のものだから夢中になってるだけだ。寝ていようが気絶しようが、あいつが触れるだけでなにを考えてるかわかる。」

「こういう時、あんまり喋らないようにしてるんだ。」

そう言うと、白洛因の冷たい視線に晒されながら、顧洋の唇がゆっくりと下がった。白洛因に近づいていく度、白洛因の体が硬直していく。顧洋の血が熱く流れていき、彼の薄い唇が白洛因の口角に触れると、突然固まって目が暗くなった。

「悪いけど、コントロール出来ないんだ。」

白洛因はその言葉がなにを意味しているのか理解した。

次の瞬間、顧洋は白洛因を強制的にバスルームへと連れて行き、断りなしに彼の髪を洗った。白洛因は抵抗したが、無視して泡を洗い流すと、顧洋が怒鳴った。

「本当にお前は……!」

白洛因は彼が何をしたいのかが分からなかった。

髪を洗い終わると、顧洋は白洛因を強制的に鏡の前に立たせて、頭を固定し鏡に映る彼の姿を見ると、ハサミを手に取った。

「今日はお前の髪を切る。」

白洛因の血が逆流し、なんとも言えない感情になった。

「お前らの家族はみんな狂ってる!」

顧洋は鏡を見て微笑んだ。
「みんな普通だったさ。けどお前に会ってからみんな狂った。」

「切るのか?」

ハサミが顧洋の手の中で回った。
「俺が何かをする時はそれが優れているかどうかだ。お前の見た目は優れていない。」

そう言うと、顧洋はまず白洛因の前髪を切った。白洛因は逃げ道がない上に、切らなければ顧海の悪夢をまた見ることになってしまう。

顧洋は白洛因の体に布を巻いて、真剣に切り始めた。

白洛因は突然口を開いた。
「他の人に切って貰う手間が省けた。ありがとう。」

「なんで他の人に?」
顧洋は特になんてことないように聞いた。

「資格もないし、自分で切れない。」

顧洋は鼻を鳴らした。
「お前らには本当に骨が折れるよ。」

会話している間に白洛因の輪郭部分が大まかカットされた。顧洋の巧みな技術を見て、白洛因は推測した。

顧洋はどうやってこの技術を手に入れたんだ?

白洛因は中国の学生が食器洗いで生活費を稼ぐために、海外へ行くと聞いていた。

顧洋は生活のために美容院で働いてたのか?

……そう考えているうちに、アルコールで眠くなってしまい、白洛因の頭が突然落ちた。

顧洋は白洛因の首辺りと耳の後ろの髪を切りたかったので、切った後、白洛因の頭をそっと上げると、椅子で仰向けに寝かせた。前髪を切りながら彼の眠そうな顔を見つめていると、突然手の動きが止まった。



顧海が帰ってきた時、白洛因の髪は既に洗われていて、顧洋が髪を乾かしていた。

2人の仲の良さそうな姿を見て、顧海の頭に血が上り、彼は大股で家の中を歩いた。顧洋からドライヤーを奪い、怒鳴ってやりたかったが、白洛因の寝顔を見て思いとどまった。


寝室を出たあと、顧海は顧洋の胸を強く殴った。

「なにをしてるんだ?」

顧洋は不機嫌に顧海を見た。
「なにをしてるって?お前見てただろ?顧海、お前分かってるだろ!俺たちは兄弟だ。お前が他人の前でどうなろうと構わないが、俺の目の前でそうなるな!俺はお前を殺す事が出来るんだ!」

顧海の熱くなっていた感情は徐々に冷め、ソファに座りタバコに火をつけると、煙をゆっくりと吐いた。

しばらくして、顧洋が口を開いた。
「叔父さんはまだお前を探してるか?」

「あぁ。」

「どうして?」

「分からないのか?」
顧海は嫌そうな顔をしている。
「軍に入れる為だよ。」

「あの人の人生で最も努力したのに誰も受け継がないんだ。心配にもなるだろ?」

顧海は長いため息をついたが、その表情はさっきよりもマシになった。
「そんなことよりも、何しに来た?」

「領収書だ。明日の訴訟でお前はそれを使うことになる。負けても誰かが助けてくれるさ。朝9時、法廷で会おう。」

言い終えると顧洋は自分の服に着替えて、玄関へと真っ直ぐ歩いて行った。

第205話 卒業

五月一日の休み(May day)の後、顧海と白洛因は学校へ行った。

教室はスモークと戦争の香りに包まれ、女子生徒も頭を振り切って授業を受けている。後列の生徒も正直に受けていて、いつもは寝ている生徒でさえ起きていた……顧海と白洛因がゆっくりと教室へ入ると、2人が宇宙人かのような視線を向けられた。

「えっ……移民したんじゃないのか?」
尤其は驚いた表情で白洛因に言った。

白洛因の唇がぴくぴくと動いた。
「移民?誰がそんなこと言ったんだ?」

「杨猛」

「あいつが言ったことを信じるのか?」

「じゃあ何してたんだ?」

尤其が問うと、白洛因は答えずに話題を変えた。

「そんなことより北影の面接に言ったらしいな。結果はどうだった?」

「合格」
尤其は軽くそう言った。
「次は文化試験だ。」

白洛因は幸せそうな顔をした。
「北影は清華より難しいって聞いたけど、どうやって合格したんだ?金でも積んだのか?」

「俺もなんでか分からないんだ。合格するだなんて思っても無かったし。先生が無料で授業をしてくれるって言ってるんだけど俺はその時それを見てなくって、その後合格したって連絡が来た。本当に信じらんなかったよ。それを3回見てやっとテスト勉強を始めたけど無理だと思ってた。でも結果は合格だよ。」

白洛因は尤其の明るい笑顔を見ると、彼が本当に幸せそうに見えた。

「卒業前にサインくれよ。もし火事にあったらそれを2ドルで売るから。」

尤其は笑った。
「やだよ。もし俺が有名になったって、お前と連絡を取り続けるし、接し方も変えない。」
そう言い終わるとティッシュを取って鼻をかんだ。

白洛因は心配そうな顔で尤其を見た。
「ステージに立っても歌い終わる前に鼻水垂れるんじゃないか心配だよ。」

「そんなこと言って期待してるんだろ?」

白洛因が微笑んだ。

尤其は突然何かを思い出して、白洛因の手を取って急いで言った。

「因子、文化課題手伝ってくれ!これがインタビューだったら間違いなく、俺は消される!大学入試までに助けてくれよ。」

「いいよ。」
白洛因は嬉しそうに同意した。

尤其は感謝も伝えられない間に、突然手に痛みが走った。誰かが机のネジを外して、触れている手に向かって投げつけたんだろう。尤其の手の甲には、小さな赤い巣が出来上がった。

白洛因の冷たい目が後ろを振り返った。

今回は尤其が我先にと口を開いた。
「顧海、ありがとう!殴られてからすぐに面接に行ったら鼻が腫れてて、面接の先生はあなたは不完全な美しさを持っているって言ってくれたんだ。たくさんの受験生の中から、面接官に深い印象を与えられたよ。」

顧海の口角がぴくぴくと動いた。
「そしたらもう2発殴ってやるよ。」



放課後、顧海は先生に呼ばれたので、白洛因は顧海を待って門で待っていた。顧海が来た時、白洛因は学校の外の手すりに座ってタバコを吸っていた。顧海は歩いて行って、白洛因の手に持っているタバコを奪うと、一度吸ってから白洛因に返した。

2人は自転車で通学していた。白洛因は後ろに座りながら、顧海の肩を掴んで、長い間見ていなかった道が縮んで行くような光景を見ていた。

「覚えてるか?俺たちが初めて会った時、お前は座ってた。」

白洛因はあの時の顧海の目が、何かに満足していなかったことを考えていた。
ー明らかに敵だったのに、どうしてこんな関係になったんだ?
前の関係の白洛因が今の状況を見れば、きっと自分は圧倒されるだろう。

時には、信じられないような出来事が人生の中で起こるだろう。

「いつまで一緒に自転車に乗れるだろうな。」

白洛因が聞くと、顧海が自分のことを見下ろした。
「チェーンを新しいのに変えて油をさせば、少なくとも2年は乗れるだろ。」

「誰がそんなこと言った?」
白洛因は怒った。
「同じのに乗り続けるだなんて言ってないだろ。」

「どれぐらいがいいんだ?」
顧海は幸せそうに言った。
「お前が望めば大学に行った時だって2人乗りしてやるよ。前にも言ったけど、寮には入るなよ。一緒に住むんだ。遠くだっていいだろ。大学までの時間は沢山あるんだ。俺達には時間が有り余ってる。」

顧海の妄想を聞きながら、白洛因は僅かにあと20日しかないと感じていた。



大学入試3日前、休校中。

白洛因はこの2日間を利用して、大学入試前に家族を安心させるためにも家に帰った。偶然杨猛にあって、2人はそこで話をした。

「そうだ、お前に聞いてなかった。どこに出願したんだ?」

「聞かないで。」
杨猛の顔が暗くなった。
「考えたくもないんだ。」

白洛因は杨猛をちらっと見た。
「なんで?そんなにレベルが高いのか?」

「父さんが僕に無理矢理、軍学校に行かせようとするんだ。父さんの家族の中に兵士が誰もいないから、僕になって欲しいんだって。卒業後も軍人は待遇が良いからって言うんだ。僕は父さんに反論できなくて、歯を食いしばって耐えてたら、もう承諾済みだって。」

白洛因は笑った。
「お父さんがそう思ってるのか?」

「わかんないけど、そう言ってたのは覚えてる。」
杨猛はため息をついた。
「本当に合格したらと思うと、心配で堪らないんだ。」

「大丈夫だ!」
白洛因は杨猛の頭を撫でた。
「大丈夫、きっと合格しないよ。」

2人はしばらく黙って歩いていたが、杨猛が突然口を開いた。
「因子、しばらくどこに行ってたんだ?」

白洛因はなにも答えなかった。

「因子、僕を親友だと思ってないの?」
杨猛は尋ねずには居られなかった。

白洛因の呼吸は止まったが、すぐに杨猛の肩を抱き寄せた。

「本当のことを言って、俺の親友はお前だけだよ。俺たちはいつだって親友だし、家族とすら思ってる。お前だってわかってたと思ってたし、傷つけるのが怖かったから言えなかった。」

「僕を親友として扱わなくてもいいよ。」
杨猛は笑いながら白洛因の肩を撫でた。
「僕達は兄弟なんだから。」

「……女性の軍人試験に参加すれば大丈夫だよ。」

杨猛は白洛因の背中を殴った。

胡同で2人は別れ、白洛因が言う前に杨猛は先に行ってしまった。白洛因も歩き出すと、後ろから杨猛の叫び声が聞こえた。

「因子、お前は僕のアイドルで、人生の目標だから、お前に何があったってお前の味方だよ!」

白洛因の目は潤んでいた。



顧洋は顧海の家へ向かい、ドアを開けて白洛因が居ないことを知ると、驚きの表情を見せた。

「珍しい!1人なのか?」

「あぁ。」
顧海は不機嫌に言った。
「あいつは家に帰ったよ。」

顧洋は何気なく尋ねた。
「飯は食ったか?」

「少し食べた。」

顧洋は顧海を冷たい目で見て言った。
「聞いてもいいか。」

「なに。」
顧海はタバコに火をつけた。

「お前はあいつのために住んでるのか?」

顧海は口から煙を出しながら、いじめっ子のような顔をしたが、別にいじめるつもりは無かった。
「あいつの為だけじゃなく、自分の為にもな。」

「お前は自分の人生に、自分の考えを持ってるのか?」
顧洋か尋ねると、顧海は冷笑した。
「なんで顧威霆みたいに話してるんだ?」

「俺はただ聞いてるだけだ。」
顧洋は目を細めた。
「お前がどう考えてたのか分からなかったんだ。」

「俺が考えてる事は全部あいつの事だよ。」

顧洋は笑ってるのか笑っていないのか分からない表情で言った。
「もう救いようがないな、顧村長。」

「鈍感で役に立たないよりマシだな。」
顧海はタバコの火を消した。

顧洋の顔がいつもの冷たさに戻った。
「からかうためにここに来た訳じゃない。うちに香港支部の学校がある。そこで勉強を続けて、卒業後はあっちでそのまま学べる。だから聞きたい。香港に来る気はないか?」

「ない。」
顧海はすぐに答えた。
「因子だけを北京に残す訳にはいかない。」

「学校に行く必要は無い。」
顧洋は楽観的に話した。
「お前らの関係が続くかは、一緒にいる時間に関係ないだろ。学校のルールに従えさえすれば、時間は無駄にはならない。学位が欲しいなら用意する。」

「顧洋、俺はあなたから金を貰ったとは思ってない。どれくらい借りたかは覚えてるし、それも全て返す。家族の愛情や金に縛られるのに期待しないでくれ。俺は自分で自分の人生を選ぶ。」